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● 裁判をすれば

さて、以上のことより、国沢氏が2ちゃんねるを訴えて、勝てるかどうか考察してみる。

国沢氏が2ちゃんねるを訴える場合、おおまかには以下の3点についての訴状となると考えられる。
  1. 実家の住所、自宅住所などをばらされたことによる、プライバシー侵害
  2. 日記などを転載されたことに関する、著作権侵害
  3. 事実を書かれたり、事実無根のことを書かれたり、激烈に罵倒されたことによる名誉毀損
1 プライバシー侵害:

これについては、たとえ他の媒体にて公開されている内容(実家の店名、住所、かつ自宅住所)とはいえ、国沢氏本人が積極的に知らせたくないであろう情報を、興味本位をもって2ちゃんねるに書き込んでいることは明らかであるため、権利侵害は発生するものと考えられる。この件に関しては国沢氏の主張は恐らくかなり認められることになる。

2 著作権侵害:

「批評を目的とした引用」かどうかが焦点となるが、主と従については引用(転載)された国沢氏の日記や記事各々について判断が下される。明らかに転載しているものはむろんのこと、記事への批評としながら批評の体をなしていないものも転載ととられる可能性は大いにあるため、この点ではかなりの部分で国沢氏の主張は認められると思われる。ただし、何らかの著作として益を得ている者がいないため被害額の算出が難しく、賠償金額は非常に微々たるものとなる可能性がある。

3 名誉毀損:

これも、2ちゃんねるでの書きこみには明らかな誹謗・中傷が含まれたり、批評の体をなしていても必要以上に激烈な表現が含まれるものが存在するため、社会的地位を低下させるに十分な要素を持つものがある。よって、いくつかの書きこみにおいては名誉毀損は成立する。
このように、恐らく裁判では国沢氏が「勝った」と言える判決は下るだろう。


● 裁判では勝っても

しかし仮に裁判では勝っても、国沢氏は社会的地位としてはかなりの大打撃を受けると思われる。

というのも、裁判にあたってはこれまで国沢が主張してきたこと、また曖昧にしてきたことについて改めて主張しなくてはならず、かつ判決ではそれらに対しての見解が下ることとなるのだが、それらが国沢氏の望む形のものとはなろうべくもないからである。

まず、国沢氏は、「著名人に対する読者の批判のあり方」に対して以下のような主張をしてきた。
  1. 匿名での発言は、責任を放棄しているということを踏まえた上での発言であるため、それによる「発言の自由」という権利は存在しない。よって消そうが何しようがかまわない(替え歌を転載したこともある)
  2. 評論家は自由に評論できてこそ価値がある。それゆえに評論に対する批判はすべきではない。消費者の評論家に対する否定的評価は、その書かれた記事を見ないか、購入しないことでのみ示すべき
これらについては、過去の判例を基にすれば、
  1. 匿名発言には責任逃れを意図したものがあることは否定できないが、さりとて匿名であることを理由に全ての匿名発言についてそうであると一般化することができないのは明らか。よって匿名発言には全て権利が存在しないという主張は認められない
  2. 言論には言論で対抗することが憲法にもうたわれた基本的原則である
    批判を一方的に封殺するのは、批判に対する許容性に著しく欠ける
という見解が既に出されており、国沢氏の主張が認められることはまずない、とみてよい。更には国沢氏は公に自分の意見を述べることを生業としていながら、他人(の自分へ)の意見は認めないと言っているのであるから、裁判所としてもより厳しい見解となることも予測される。

この結果、「匿名だから」ということだけをもって発言を認めなかったり、削除を繰り返したり、たとえ実名でも批判を許さなかった国沢氏の行動は、
恐らく違法とまではいかないであろうが適当性に欠けるとの判断が下されることは必至である。

● 当然出て来る2ちゃんねる側からの反論

もし国沢氏が2chを訴えた場合、2ちゃんねる側の反論として、例えば以下のような項目が出てくることとなる。
  • 国沢氏は自身の掲示板において、異論を排除し(それはIPアドレスを半永久的にはじくという行為で、先のスクランブル事件のような一時的なものではない)、しかも異論者を排除した後の掲示板で、批判者を必要以上に揶揄する参加者の発言を放置していたばかりか、率先して揶揄をしていた。そのため、その批判者は2ちゃんねるで過度の表現をするに至ったのである。これはれっきとした「不当な発言に触発された対抗弁論」であるから、2ちゃんねるでの批判は誹謗・中傷にはあたらない。
  • 更に、国沢氏は真摯な忠告すら無視し、善意の忠告者にも「どこのだれだかわからん奴の意見など聞くつもりはない」激烈な罵倒をしている。これらの、過度の誹謗を行う意思のない方を誹謗に走らせるきっかけを作ったのは国沢氏側にあるから、同上の理由によって名誉毀損は成立しない
  • 彼は、2ちゃんねるよりもれっきとしたメディアとして認識されているベストカー誌において「便所の落書き」などと2ちゃんねるを揶揄している。これは明らかに2ちゃんねるで行われている批判以上に公共に与える有効な反論であり、2ちゃんねるで批判されたからといって社会的地位が低下したとは思えない。よって、2ちゃんねるで行われている批判は名誉を毀損しているとまでは言えない
  • また国沢氏は自分のWEBページ、ならびに掲示板で「2ちゃんねるのように自分のクレーマーはごく少数で、自分を支持してくれる人が圧倒的に多い」と何度も書いている。かつ、1日のアクセス数が10,000を超えており、これらは大衆に対して自分の名誉が十分保たれていると発言しているに等しい、十分すぎるほど有効な名誉回復の反論であるし、また自身もそう認識していることを意味する。また同時に彼の社会的地位があがったという目安こそあれ、下がったという証拠は何も無く、名誉毀損とする根拠に極めて乏しい
  • 彼は「原稿量日本一」と各種メディアで宣伝し、多くの著作を持つ人物である。その著作における批評、および著作に関る日常のプライバシーや事実の公開(公道で違法運転をして記事を書いている、など)は、当然ながら公共の利益として認められるべきである
  • 彼は違法行為を正当化したり(白タク容認発言)、また教唆(ETC同時一斉強行突破)、幇助(速度違反取締りの告知のパッシング行為)したり、公権力について根拠なく批判したり(数々の警察批判…ここでは書ききれない)、公権力が違法行為をしているから自分達も許される(最高裁判事を乗せた車が速度超過しているので我々もしてもよいはずだ発言)など、反社会的言動が目立つ。これに対して多少激烈な批判を行っても、法治国家としての公共の利益に沿うものであり、名誉毀損にはあたらない
  • 国沢氏は「ジャーナリストは事実を伝えるのが仕事ではなく、思ったことを伝えるのが仕事で、それが事実かどうかについての発言責任は負わない」と称し、数々の問題発言を繰り返している(クラウンのVSCで限界を試してみろ、アーシングは問題ない、クーラントを飲んでみろ、等)。かように自分の発言の影響力を全く考えず、かつ発言に責任をとるつもりもない状態で、生命に関わるかもしれない事象において誤った放言を繰り返し、かつその件に関する批判も全く聞かないのであるから、過度の批判は、彼の問題発言を信じないようにと警告する意味での公民への警鐘ともなり得るので、過激な論調も公共の利益を考えると容認されるべきである
  • etc ・・・
と、挙げて行けばきりがない。当然のことであるが裁判においては、これらの個別の発言についても細かく検証されることになる。


● S○△事件における検証

一例をもって仮に考察してみよう。

小ページでも考察している6-6 「バイクは新車で買いましょう」の件は、2ちゃんねるでは国沢氏に対してかなり激烈かつ辛辣な批判が多く出されており、国沢氏も名誉毀損で訴えるには一見うってつけである。

この件に関する訴状は、たとえば以下のようになると思われる。

原告乙は、XX年X月にバイク店Sに行き、子息のバイクを購入し、その体験記と感想、およびバイクの不具合について日記に掲載した。 そうしたら2ちゃんねるでは、この日記の内容について現地での調査にも基づかない、憶測だけの激烈な誹謗・中傷が繰り返された(別紙X)。 WEB上の日記はいわば私人としての記録であり、かつ被告は自動車評論家であってバイク評論家ではなく、バイクに関してはプライベートの域を出ない。ゆえにこの件については被告の社会的影響度を考慮すれば、これに関する憶測(虚偽)での批判、事実の公表などはまったく不当な行為であり、原告がうけた精神的苦痛をについて対価が支払われるべきである。

しかし、訴状はこれだけでは不十分であり、国沢氏がこの件において2ちゃんねるを名誉毀損で訴えるには、2ちゃんねるでのどの発言が
  1. 虚偽の記述をされたことによる社会的地位の低下
  2. 事実を暴露されたことによる社会的地位の低下
  3. 過激な言葉で罵倒されたことによる社会的地位の低下
であるのかを示す必要があるのだ。

この件で国沢氏が批判(罵倒)されたのは、以下の点についてである。
  • 「何も整備してない不誠実な店」:古物(中古バイク)には法的整備義務はない。それに店側は「未整備であり、整備無しでは保証はできない」と通告しているので、店の義務は果たしている。それ以上の無償サービスを要求して後で批判するのは過度のクレームであり、お門違い
  • 走行距離が極めて怪しい感じ」:オフロードバイクは転倒等での破損が多く、メーターの交換は当たり前。参考程度にすべき。またバイクは乗車機会が極めて少ないことも多く、年式に比較して走行距離が少なくても不思議ではない
  • 「走行距離と店名」:2chで紹介されたバイクが、国沢氏のご子息が買ったバイクそのものかどうか?
  • 「買う時に何をチェックしたのか」:キーも回してないのではないか?
  • 「バッテリレスでした」:いつ気がついたのか?2ちゃんねるで指摘された後ではないか?
  • 「ハンドルロックにCRC」:この方法は誤りであると指摘されたが、それは本当か
  • 「お店の人がバッテリがあがってると言った」:これが真実かどうか
  • 「岐阜のショップに新車があった」:何で知ったのか?2ちゃんねるで紹介された後ではないか
  • 「何度も何度も日記を変更」:ミスを取り繕うためではないか
これらの件について、いきすぎた罵倒はともかくとして、「何が真実であったか」「何が事実と異なるのか」について、国沢氏は示す必要が生じるのである。例えば

270 名前:名無しさん@そうだドライブへ行こう 投稿日:2003/04/09(水) 00:58 ID:EirJNTYa
>>269
仮にも中古バイクのバイヤーズガイド的な本を書いたことのある奴の買い物の仕方じゃないな。
バッテリーがオシャカってねえ、 普通エンジンをかける前にメインスイッチをオンにした時点でわかるだろ。

それともエンジンすらかけずに買ったんですかね?

金を払うまでにいくつもチェックポイントや断る機会があったにもかかわらず、それを承知で買った後にあれこれ言うのはクレーマーというか無知以外の何物でもない
今回はどうしても欲しがった息子のせいにしているのが見苦しい。
(2ちゃんねるより引用)
例えばこの発言であるが、これまでの判例を考えると名誉毀損となる可能性があるのは「クレーマーというか無知以外の何者でもない」という箇所だけとなる。

もし欲深くして、この文を全て名誉毀損であるとしたい場合、「金を払うまでにちゃんとチェックをした」ので虚偽の発言をされたことによる名誉毀損か、「チェックしてなかったのでそれをばらされた(憶測でも)」ことによる名誉毀損かをも示す必要が生じる。

となれば、チェックしなかったのであれば論外であることは無論、チェックしたにせよ、買う前のチェックが杜撰であったことを自ら述べることとなり、かつて「中古バイクのバイヤーズガイド」を書いていた人物の立場が崩壊してしまうこととなる。そしてその証拠は判決文として誰もが見られ、かつ判決文は著作権法が適用されないためどこにでも転載されてしまうことにもなってしまうのである。

同様に、以下の発言でも
343 名前:名無しさん@そうだドライブへ行こう 投稿日:2003/04/09(水) 22:28 ID:EirJNTYa
で、メインスイッチを入れても電装系が何も動かないことに 国沢が気付いたのは本当はいつだったんだろうね?
最初の日記だとあくまで持ち帰った後の様に思える(というか、そうとしか読み取れない)のは他の人の指摘通り。


要は何の確認もしないで買ってしまい、バッテリーレスであることも知らずに「メインスイッチをonにしても電装系が何も動かないデナイノ。これはバッテリーがオシャカに違いない。ダマされた・・・。」

言い切ってしまったことを取り繕うのに必死ということでしょうかね(笑

で、色々考えた挙げ句に、無知な店員が何も教えてくれなかったことにすればいい。
という結論に達したんでしょうな。あくまで推測ですが(笑
反論できない店員さんも気の毒だなあ。
(2ちゃんねるより引用)
これがもし名誉毀損というのであれば、
  • キーをひねってインジケータ類が点灯しなかったことに気がついたのはいつか
を示さなければならない。加えて、下線部の2つの推測−「よく確認せず買った」「店のせいにした」−という2つの憶測が「事実の暴露による名誉毀損」なのか「虚偽の妄想による侮辱での名誉毀損」なのかも示す必要がある。

また、何度も日記を更改したことで、最終版のみ有効であると国沢氏は主張するかもしれないが、著作権法によると電子送信の場合は送信可能な状態に置かれたことをもって公開されたものとみなす、とあるため、改訂前の日記も公開されたものであり、それを引用して批評することに問題はないはずである。
● 2ちゃんねる側の反論

ところで、もし上記のように国沢氏が訴状を書いたとすれば、2ちゃんねる側の反論としてはこのようなものが出てくるであろう。
  1. 【国沢氏は大きな影響力を持っている】
    原告はかつてバイク雑誌の編集員であり、「業者もタジタジ!中古バイク購入ガイドブック」なる本も出している。いかに私的日記とはいえ、このような人物がバイクに関する記述をしている以上、公的に与える影響は一私人のそれを遥かに上回る。よって公的影響力を考慮すれば、誤りを正す意味での批判は正当である。
  2. 【バイクに関する批評のメーカーからの信頼すら得ている】
    国沢氏は、自身の特権を利用し、私人では到底借りることができない本田技研工業の本社からバイクを借りてWEB上に購入ガイドを掲載している。そのような人物が中古バイク店を批判して「バイクは新車を買おう」と発言しているのであるから、これは日記とはいえ評論活動の一環とみなされるべきである。(当該日記は雑誌「くるまにあ」にも掲載されることがあるのでなおさら)「私的日記だから」と批判から逃れられるものではない。
  3. 【この批判は公益にかなうものである】
    2ちゃんねるでの批判は、中古バイクの売買についての慣例を古物取り扱いに関する法令なども根拠として明示し、国沢氏の見解の誤りを指摘しているものがほとんどで、批判をすることによって公に情報を提供しているものである。国沢氏の見解が独善的すぎるものであるため、批判の口調が激烈になっただけで、内容は公益にかなったものである。よって、誹謗・中傷を目的とした発言ではなく、原告の主張は不当である。
  4. 【根拠希薄の批判をし、誤りと気づいたら謝罪もせず削除したからである】
    国沢氏が激烈に批判されたのは、自らがバイク店に対し営業妨害ともとられる発言をしていたにも関らず、その発言が不当であったと判断したら謝罪も訂正もせず証拠隠滅を図ったせいである。一般通念で考えてもこの行為は公に対して言論を行う姿勢とは思えず、またバイク店への批判をすること自体も、何度も論点を換えてとにかく私怨からの批判をしたかっただけであり、批判の相当性を欠くことは明確で、国沢氏に対する批判が激烈となるのは自明である。

そして裁判所は、これらに関して詳細な見解を出すことになる。あくまで個人的に考察してみる。
  1. まずこの主張が完全に否定される場合、「日記はあくまでプライベートである」か、または「国沢氏のバイク店に関する記述には社会に与える影響力はない」か、あるいはそのいずれかの見解によるものとなる。
    まず前者であるが、いかに日記とはいえ1日に1万もアクセスがあれば社会に対する影響がないとはいえず、またトラヴィックのクルコンの例でも、日記にて「何の問題もない」と書いており、これが公に影響を与えるつもりで書いたものでも公に影響を与えるものでもないという理屈は通るはずもなく、ありえないと思われる。
    仮に後者の見解とすれば、国沢氏のこれまでの経歴や地位をずたずたに打ち砕くものであって、「国沢氏がバイクの評論をしても誰にも影響がない」と裁判所が判断したことになる。とすれば、次の本田技研は何のために国沢氏にバイクを貸しているのかということになり・・・と、泥沼である。恐らく「いくばくかの影響力は存在する」との判断がされるはずである。
  2. これが持ち出されると国沢氏にとってはまずい事態となる。この主張が正しいかどうかの裏付けとして、原告または被告は資料を示して実証または反論しなくてはならくなると思われる。つまり本田技研工業に対し、「自動車評論家に対しバイクを貸し出しているのは何故か」ということの見解が求められ、かつ、その見解が公的機関で記録されてしまうのである。これは本田技研にとっては、肯定的コメントでも否定的コメントでもノーコメントでも、どれをとっても茨の道である。
    なにしろ「評論目的で貸し出した」のであれば、
    「HPでの試乗記を書くためでも広報車両を貸し出してくれる」ということを本田技研は認めたこととなり、今後他の方から同様の要求があれば、この判決を盾にされ拒否できなくなる。 「つきあいで貸し出した」のであれば、「COTY選考委員へ裏で便宜を図ってますよ」と公式に記録に残ることとなり、イメージダウンは必至。コメント無しは無しでこれまたイメージが悪い。結果として何かしら本田技研を陥れることとなる。これは今後の国沢氏の評論家としての活動に少なからぬ影響を与えるであろうことは明らかであろう。
  3. 確かに2ちゃんねるにおいて、この件に関しては「古物の場合現状渡しとして整備義務はない」という法的根拠が存在するため、その指摘自体は誹謗でも何でもない。そして「当該バイクはバッテリーレス」「キーシリンダーにCRCは危険」というのも事実または作業要領の指摘であって、誹謗を目的としたものと断ずることもできない。ただしはなから誹謗目的ともみられる発言もあることから、「その全てが誹謗ではない」との判断となると思われる。
  4. これに関しては、当該店が国沢氏を批判したわけではなく、不適当な発言に対する当事者の反論ではないので、「不適当な発言への反駁」としての批判ではないとする見解が生じる可能性もあるが、たとえそれを考慮し、かつ2ちゃんねるの批判と国沢氏が文章を修正したことについての因果関係が認められないと判断されたとしても、 自らの不適当な発言を謝罪も訂正もせずに消したという事実はあるわけで、これについても見解が下される。恐らく、「自らの発言に対する責任感に欠ける点は否定できないものの、謝罪・訂正せず過ちを修正したこと自体に違法性があるとまでは言えないうんぬん」という内容となるのではないか、と思われる。つまり最低でも「誉められた行為ではない」との判断が下るのである。裁判官によっては「およそ言論を生業とする者とは思えぬ隠蔽工作で、その行為に対する批判はされてしかるべき」との断が下る可能性が無いともいえない。
このように、国沢氏が望むであろう判決には到底及ばないであろう。

● 費用対効果

つまり、国沢氏が2ちゃんねるを訴えて得られる名誉の回復は、とてもではないがそのための裁判に要するコストを考慮すれば、まったく割に合わないものとなるのである。

たとえば「ゴーマニズム宣言訴訟」においても、原告である小林氏の主張はごく一部しか認められなかった。しかし彼は被告の著作物の販売の一時停止を目的としていたため、「これは実質勝訴」とうそぶいてしまったのだが、事実のみの記載をした客観的な新聞記事を読めば誰が勝利者かは、明らかであった。

国沢氏の場合は、小林氏ほど主張が認められないものとはならないと思われる。しかしこの訴訟の結果、その後に残るものは、金銭的なものを除けば
  • 国沢氏の論評への批判自体は認められるという司法判断
  • 言論人でありながら他人の言論を封殺した行為の記録
  • 調査不足や一方的偏見での記事を書いた事実の記録
  • 一般の読者にも牙を剥いた言論人という不名誉な称号
などだけなのである。これまでに誹謗されたことについての名誉の回復はある程度は可能であろうが、彼につけられたレッテルをはがすまでにはいたらない。いや、むしろ貼りなおすことになってしまいかねない事態となる可能性が高い。

そのマイナス面が、今後の彼の社会活動において微小なものならかまわないと思うが、果たしてそうであろうか?
むしろ国沢氏を知らない人間にも国沢氏の行為が明るみになってしまいはしまいか。例えば、匿名発言にも著作権が認められた裁判に関しても、そのBBSを運営していた方について「該当掲示板は自分に都合が悪い発言を削除するなど、トラブルが多く発生していた」などと記事で書かれてしまっていたのである。

参考:ホテルジャンキーズ掲示板で起こったこと
   平成14(ネ)2887等 著作権民事訴訟事件

● 真の名誉回復

もし国沢氏が「アホ」「バカ」「死ね」という類の発言が名誉毀損だと訴えて勝利したとしても、彼の真の名誉は回復するとは筆者には思えない。

ジャーナリストである国沢氏の、毀損された名誉を本当に回復するには、なにより国沢氏が知識と情報に裏付けられた記事を書いているのだ、ということを世間に認めてもらうこと以外にはないはずである。

しかし、その真の名誉回復のために国沢氏に要求される労力は、恐らく本業を大いに圧迫するほどの分量となることが予想される。

なにしろ、彼の情報ソースは不明であり、かつ曖昧なものが多い。 チャイルドシートパンチやETCのスリップストリーム抜けについては、ごく小数の目撃を基に社会問題にまでしたてているが、これが信憑性ある記事だと判事を含めた第三者にも納得できるようにするには実際の取材地、取材方法、統計・測定値などを明確に示す必要がある。

だがそれほどまでしても、名誉を回復できるという可能性は高くはない。なぜなら、彼の批評への批判は、その多くが、国沢氏が情報ソースを(故意に)曖昧にして批判した事柄についてであり、かつその2ちゃんねるでの批判は、ソースを明示した上で反論をしているからだ。これらに対して、国沢氏が情報を示して反論したことはほとんどない。COP3の件に関してデータ示して分析したシラボン氏の追求にも、自説の根拠を示せず逃げた印象があるのだから。

更に彼は、特に警察・官僚批判については「彼等が本当のことを教えてくれるはずがない」とまで断言し、憶測で糾弾を行っている。 このような事象においては、客観的に見て何らかの批評の判断基準情報が出てくることは絶望的である。

ここから少しブラックジョークとなるが、国沢氏が確実に勝てるかもしれないのは、「2ちゃんねるでは事実の公表を行って、国沢氏が書いている記事はただの妄想である、ということを示してしまった」、ということで訴えた場合である。この場合は「客観的評価が定評」という彼の売り文句を否定し、まさに社会的名誉を毀損する行為であると認められる可能性がある。

だが、このような内容で訴えた場合、もし裁判では勝てても彼が今後世間からどのような目で見られるかは、誰の目にも明らかである。自分の記事はウソだらけですと宣伝するようなものなのだから。

やはり、国沢氏は裁判で失うものは、少なくはなさそうである。
>権利侵害とならないために
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