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 kunisawa.net及び2ちゃんねる国沢スレッド人名集
ほぼ敬称略
特定の方を除いては主に「2ちゃんねる」上の話題での人物像ですから、必ずしも現実世界の方と一致するものではありません。    
未確認情報、ガセネタらしきものも多いので、くれぐれも鵜呑みにはしないでください。

またスベやんがほのめかした内容については赤文字となっていますので、この色の内容は特に注意してください。

(2007.04.15版)
 
232@親を大切に 2ちゃんねるの国沢氏休憩所スレッド15.5(2001年6月)にて、仕事中にコーヒーを噴出してキーボードを汚してしまった不幸な人物。彼を応援するスレッドまで立つことになる。
26 2ちゃんねるのスベやん(後述)用スレッドにおいて、勤務中に時間を割いてトヨタの社外発表論文を探して、らしきものを見つけたと発言したことにより、スベやんの擁護者でかつトヨタ社員であるとウナギ399より思い込まれている人物。社内発表論文ならともかく社外発表論文などどこでも見つけられそうなものだが。
29歳会社員 2ちゃんねるの国沢氏に関するスレッドにて初期より参加している固定ハンドルの1人。そのハンドルから、「仕事しろ」「リストラされるぞ」などと非難対象になることもある。当然、年月とともにハンドルが変わってきている。黄昏会社員と自称することもある。 奥さんが美人らしい。
399 
(国スレ399、ウナギ399)
ウナギの項を参照。
847@そうだドライブへ行こう 2ちゃんねるの国沢氏スレッドPart17に登場した人物。「今日は非番」という書き込みで、その手の職業の方と判明。
901 2000年11月に行われた「国沢氏と討論する」において、2ちゃんねるを代表して国沢氏への質問を一手に引き受けてくれた伝説の英雄。「901」の由来は、その時のスレッドの書き込みの番号が901番であったことによる。スレッド収束と共に消息不明となる。
911SC-RS 筆者が国沢氏の掲示板に書きこんだ際のハンドル。後日、「そんなクルマねぇぞ、厨房」と2ちゃんねるであおられたが、これは1983年に限定20台で生産されたターマックラリー用スペシャルバージョンで、かつての箱根のポルシェ博物館にも置かれていたんですけど(筆者は昔ポルシェ狂いのミーハーであったのだ)。上記のあおりを書きこんだ人は一体誰なんでしょうね。国沢氏は「911SCさん」と不完全に呼んでくれてましたが・・・。

アイルトン・セナ エヤトン・セナとも。別称「音速の貴公子」。「史上最高のドライバー」とも言われている天才ドライバー。マクラーレン・ホンダF1に乗り、1990年、1991年と連続でチャンピオンとなり日本でのF1ブームを支えた。1994年5月、サンマリノGPにて壮絶な事故死をとげ、伝説となる。
国沢氏によれば、彼は「いいオトコだから人気があった」らしい。
アキ 畑野の項を参照。
新井敏弘 2002年よりPCWRCに参戦、2003年には同選手権で最多勝を誇る、日本を代表するラリードライバーの一人。
国沢氏は彼を「新井君」と呼んでいるが、それは単に年齢の問題であって、実力は比べるのもおこがましいと思われる。休日は子供と遊ぶのが趣味という、いいお父さん。
2005年のラリー北海道においては、国沢氏からリアルで「黄昏野郎などという奴らは・・・」という高説(愚痴)を聞かされていたらしい。お気の毒としか・・・。
アンダーテイカー野郎 スベやんが国沢氏に命名した言葉。
由来をバらすと、アンダーテイカーとはWWEのレスラーの"The UnderTaker"で、ヒール役になっている時のマイクパフォーマンスにおけるセリフは「You will Respect me!」なのである。
飯田裕子 自動車生活ライター。「巨乳」らしい。八方美人的に仕事を漁っていたり、態度が高慢な面もあるらしく、2chで批判されることもある。国沢氏は彼女にアプローチしようとしたが相手にされず、そのため実弟のレーサー飯田氏に対して風当たりが強い、と2ちゃんねるに書き込まれたことがある(真偽は当然不明)。
2004年にめでたく結婚。同業者のほとんどがお祝いパーティーにかけつけたが、そこに国沢氏の姿はなかったという。
いけだ kunisawa.net元常連。のぐち氏が台頭してきた頃にあわせて姿を消していく。一時期、2ちゃんねるでかなり叩かれたが、叩かれた原因の大半は恐らくこの書き込みが元であろう(過去ログより引用)ちょっと理解しがたい思考なのだが・・・。
> 私がなんでいつもいつも警察を非難するかというと、
> 一般に職場環境と労災の発生率はおおむね比例していると考えるのが普通で、
> 昨今の治安の悪化を考えれば殉職者が1桁増えていてもおかしくない
> 職場環境であるにもかかわらず殉職者はほぼ横ばいで、
> このへんをつらつらと考えると日夜努力しているというには程遠いと
> 考えるのが順当だからです。
市原君 BC編集部員。MJブロンディ氏から譲り受けた348に乗る。かつてMJ氏のコラムにて、MJ氏の「国沢さんに、『金髪にするなんて肛門見せて歩いてるようなもんだ』と言われてしまったぞ」との発言に「自分なら、肛門を見せるよりクソ出してるところを見られる方が恥ずかしいですね」と発言する
これは暗に、あからさまに掲示板や自己の発言をとりつくろっている過程を見られ、笑われている某氏を揶揄したものではないか、と話題となった。
一文字鉄矢 kunisawa.net元常連。2001年頃までは活発に書き込んでいたが、次第に姿を見せなくなる。放言多し。掲示板システムの特徴を活かした大文字や色飾り、顔文字を多用し、レガ氏から「うざい」と言われたことがある。
(゚Д゚)y─┛~~ 一服(イップク、イプークとも)と読む。2chの国沢氏スレッドの避難所の管理人。
オフラインミーティングを主催するなど、名無しさんの交流にも積極的な「親分肌」の人物。怒らせると恐いとのもっぱらの噂。ただし、どう恐いかは不明である。
「煽り叩きは2ちゃんの華」とは持論であり、挑発的発言を故意にすることがある。ただしそれは人を選んではいるようだが…。当然、アンチも多い。しばらくの間入院のため姿を消した期間があったが、復活後の2007年4月、2ちゃんねる上でスベやんと軽い衝突の後避難所を閉鎖、かつmixiを退会したため、スベやんと絶縁したのではないかと噂されている。
岩貞るみ子
(岩貞るみこ、とも)
自動車ジャーナリスト・エッセイスト。元本田技研広報部勤務。
kunisawa.netに登場直後は、2ちゃんねるでは「何故彼女は国沢氏なんかとつるむのか」と疑問視する声が多かったが、日記で綴られる日々の行動(他人にゴチになっているような内容が多い)や、なにより「宗ちゃん死ぬ前に退社しよう」発言と「左足切断してよかったね」発言のせいで、2chでは時として国沢氏以上に叩かれることになってしまった。後見人ともいえる方々が他界&引退していく中、これからが彼女の正念場であるが、日記からは努力している様がまったくみられない。
コネを使って強引に出したといわれる唯一の著作「思いっきり!イタリア遊学」(1998年4月初版)は2,000部しか売れなかったらしい(うち500部は自分で買ったという)。いまも初版が手に入る。
2005年にはなぜか全くジャンル外である、尾びれを失ったイルカの本(題:「もういちど宙へ」)を書くことになったが、これもそのイルカの人工尾びれを製作したブリヂストン絡みのコネではないかと2ちゃんねるでは噂されている。
しかし、正直彼女はもう話題にもならないほど「どうでもいい」存在に近づいているように個人的には感じる。
ヒソーリと結婚しているらしいとの噂だが、世間一般で言うところの良妻ではなさそうだ。
業界での評価は極めて低く、「ゴチのない発表会・試乗会には現われない」というあさましさ全開の徹底振りであるらしい。
隠居 小生(槍騎士)の2ch内での別名。2chへの書きこみを休止し、小ページ内で雑感を書くに留める、という宣言をした中で「隠居として眺めてはいます」と書いたことが元となっている。実際以降2ちゃんねるにはまったく書き込んでいないし、基本的に2ちゃんねるには不干渉の立場をとらせてもらっている。ちなみに小生の学生時代のあだ名の1つに「じーさん」というものがあったことはあまり知られていない。
Wiki凸小僧  Wikipediaにて国沢氏の項目を編集している人物。Wikipediaの用途としてそれはどうかという意見も散見される。後述の「トワイライト」氏ではないかと疑われているが、そう言っている人物は1名だけかもしれない。
鵜飼の鵜 (又は ρ゚∋゚)ρ)  2004年より2ちゃんねるの国沢氏スレッドに登場しはじめた固定ハンドル。通称「マンボの旦那」。2005年より2ちゃんねるでの発言は激減している。
ウナギ 国スレ399、ウナギ399とも。2005年5月、ハイブリッドシステムについてスベやんに対し「回生失効などというハイブリッド用語はない」など猛然と抗議した人物。
(そもそもハイブリッド用語って何?という疑問はあるがこの際置いておこう)
ただし「自分が信用(納得)できると判断した情報しか適用しない」「自分の提示したルールでしか議論しない」「自分のために資料を出せ」等々、傲慢な態度かつ身勝手な論理で読者の多くから大いに反感を買い、 さらには文章の一部を悪意に解釈するようなことも日常茶飯事であったために、 2ちゃんねる車板はもちろん、最悪板からも追い出され、避難所にて話題を続けるもほとんど意味のない貶しあいとなってしまい、話題は自然消滅する。 議論以前に他人とのコミュニケーション能力に問題があると思われるかのようだが、 逆にわざとそうしてコテハンや読者を小馬鹿にし、煽っていたのであろう。

彼の究極の目的は「スベやんとその取り巻きがハイブリッドに対し謝罪すること」で「それが達成されるまで永遠に続ける」つもりだったらしいが、本人以外は誰もその目的が達成されるとは思っていなかったと思われる。なによりそのやり方に対しては批判意見ばかりであり、擁護者も限りなくゼロであった。
あまりにインパクトのあるキャラであったため、以後国沢氏スレッドで身勝手な解釈をしたり、単語の一部だけ切り出して批判する(ように見える)人物に対しては「ウナギ」と揶揄されることとなった。しかしその何割かは本当に本人かもしれない。
ADLS 2ちゃんねる国沢スレッドのコテハンの1人。ADSLをADLSと誤記したことにより、以後、その誤記をコテハンにすると宣言する。しかし以後ほとんど登場しない。
遠藤千恵 モータースポーツジャーナリスト遠藤智氏の細君。元本田技研勤務。
岩貞氏と「宗ちゃん死んだら社葬が大変だからそれまでに退社しよう」と語り合っていたという人物。内心、過去の汚点をばらされていい迷惑なのではないかと。
岡田克彦 通称「オカヤン」。2ちゃんねるのクラシック板で有名な人物。自称作曲家。自己顕示欲と自信が非常に強く、妄想僻と虚言僻もあるかのような発言もするようである。助言してくれる方をも排除するのは国沢氏とまったく同じ。 2ちゃんねるを目の敵にしており、荒らし行為もしているらしい。2ちゃんねる以外の方のページも攻撃し、いくつものプロバイダからアカウントを剥奪されたようだ。 「岡田氏を西の横綱とするなら、国沢氏は東の横綱」とも言われているが、ことNetでのキれっぷりは西の圧勝であるが、裏の噂の黒さでは東の圧勝である。どっちにもなりたくもないが。
小沢コージ 自称、エンターテイメント系自動車ジャーナリスト。かなりふざけた記事を書くが、それが故意であることを半ば公言しているため、過激なまでの批判は多くないようである。が、篠塚建次郎氏を「砂漠バカ」と呼ぶなど、問題がある発言もあるようだ。
2ちゃんねるでは、「小沢氏でもこれだけ書けるが国沢氏はそれ以下である」というように、評論家のボーダーライン(最低ライン?)的指標として国沢氏の話題に出てくることが多い。
だが同じ若手でも、河口まなぶ氏のように独立したスレッドが立つほどの話題性はない。
おじいちゃん 2ちゃんねるの国沢氏関連スレッドで何の修飾も無くこの用語が出た場合、国沢氏の細君の父親、つまり国沢氏の義父にあたる人物を指すことが多い。
国沢氏のご子息は「俺のじいちゃん怒らせると怖いんだぞ」「俺のじいちゃんに頼めばおまえの親父の会社なんか簡単に潰せるぞ」などとうそぶいていたそうな。スベやんによると何やらゴニョゴニョな団体を主宰しているらしい。
真偽はどうあれ孫がマジでそんなこと言いふらしてるとしたらおじいちゃんすっげー迷惑だと思うが、さすがにこれはウソと思われる。だって「おれのじーちゃんに頼めば…」なんていう小学生級のメンタリティの大学生なんて信じられんもん。
Opti1号 kunisawa.net元常連。kunisawa.netジュニアの部の掲示板を主宰していた。前述の掲示板が荒らされて閉鎖後はkunisawa.netにも顔を見せていない。
オリビエ・ブーレイ 三菱自動車乗用車デザイン本部長。「2代目レガシィ」をデザインし、「マイバッハ」のデザインを手がけた後、三菱に移籍。2003年の国沢氏のメーカー叩き対象の筆頭。国沢氏は最近の三菱車のフロントフェイスを「日本人の好みにあわぬブーレー顔」と、徹底してこき下ろした。
2004年に三菱を去ることになるが、その時も国沢氏は彼を猛烈に批判した。

粕谷俊二 ル・マンでクラス優勝もしたことがあるレーサー。BCでの国沢氏との対談において、国沢氏に「粕谷君、車の評価が分かってるね〜」と言われた。しかし逆に、レガシィの評価が低いことを国沢氏に「粕谷君、評価厳しくない?レガシィはもっといいよ」といわれたが「国沢さんのクルマの評価は(所詮)セカンドレンジだからですよ。僕はもっと上のレベルの話をしています」と痛快に述べた。対する国沢氏は「ボクは一般人レベルの話をしてるから。レーサー並みの評価は読者の参考にならないと思う」という意の苦しい弁明をした。以後、BCで国沢氏と対談したことはない。なんでだろ〜♪。
片山右京 レーサー。奥さんが女癖の悪い某ヒョウンカに食われたことがあるらしい。(信憑性がアヤシイのはもちろんのこと、某ヒョウンカや奥さんが結婚前のことかどうかすら分からず。いや結婚後なら大問題ですが・・・)(休憩所スレ32.5 #555)
勝股優 ベストカー編集長。かつての国沢氏の上司でもある。ラリーに目覚めた国沢氏をさらに焚き付ける、よけいなことするな的オヤジ。連帯責任をとる覚悟はあるのだろうか。
カニ沢 2ちゃんねる内での国沢氏の蔑称。食卓に蟹料理が並んだ時に国沢氏が変身する形態。蟹を食べる時には黙々としゃぶりつく人も多いのだが、普段口数が多い国沢氏だけにその変貌ぶりは本当に別人のようなのであろう。
なおこのカニ沢の名称と由来は、国沢氏ご自身が公表したものであるため、彼の蔑称とは言いづらい面もあるのだが。
他の彼の蔑称は「カニ」「ダニ沢」「国シ尺」「クンニ沢」「クニー」「ダニー」「赤ら顔のおっさん」「デブ」など、ちょっと度を超したものもある。
かばお kunisawa.net元常連。2001年当時、大学生。就職活動中に、志望会社(本田技研)から渡された質問をkunisawa.netの掲示板で「参考までに聞かせて」と行い、2ちゃんねるはおろかkunisawa.netの常連からも「そんな他力本願な姿勢でどうするんだ」とたしなめられた。就職活動のその後の結果は不明。kunisawa.netからも消える。
(株)バンドワゴン 呉工業のHPの作成・運営を行っている会社。トワイライト氏の指摘に対し「個人情報を出せ。国沢氏から答えさせる」と現在の個人情報管理のトレンドとまったく逆行する対応をとった。
更にお詫び・訂正の告知等もせずにこっそり内容を修正するなど、webの運営能力には極めて大きな疑問符がつくことは否めない。コンテンツ作成能力と保守・運営能力は比例しないということか。
GARYU kunisawa.net常連。一時期、掲示板のサポートを担当(現在は不明)。2002年頃より姿を見せなくなる。発言自体は常識的かつ礼をわきまえたものが多いのだが。
カルロス・ゴーン 別名「コストカッター」。日産再建のためルノーから送られてきた社長。その手腕をいかんなく発揮し、見事に日産を計画の前倒しで再建させる。 国沢氏は2001年頃まで彼を「日産を植民地化する刺客」「クルマを知らぬ経営畑の男」などといった過激に非難し続けたが、ゴーン氏自身はGT-Rを自分で運転したりするクルマ好きである。2002年半ばより批判対象がエクロート氏とブーレイ氏に移ったため、2003年になり、国沢氏は彼への非難はほとんどしなくなった。
2004年にはむしろ国沢氏はゴーン氏にスリスリしている感があったのだが、2005年よりまたゴーン氏に対し辛辣となった。何が彼をそうさせるのかは知らないが忙しいことである。
河口まなぶ 若手の自動車ジャーナリスト。国沢氏同様、雑誌社のバイトあがり。
提灯自体はそつなくこなしているが、金に目がくらみ(?)怪しげなケミカルの広告に出てしまい、将来があやぶまれている。本人は2ちゃんねるの国沢氏スレッドを見て、自分はああなってはいけないと思っているらしいのだが。
バイト時代からの知人に会った時に「自分はもうレベルがあがったんだ」といったような意のことを言ってしまい、密かに笑われているらしい。


最近では2chではこのようなアスキーアートまで書かれてしまっている。


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     /ヽ、--、 r-/|ヽ \─/      
    / > ヽ▼●▼<\  ||ー、
   / ヽ、 \ i |。| |/  ヽ(ニ、`ヽ
  .l   ヽ   l |。| | r-、y`ニ  ノ \

管理人 kunisawa.netの掲示板や、岩貞掲示板を管理する人物または集団。その正体は九分九厘、及川氏ではないかと見られている。両人は技術的なことはほとんど全て管理人に任せきりで、彼がいなくなれば実質kunisawa.netは立ち行かなくなることは必至。
だが、自前のサーバも立てられず、信頼性のあるレンタルサーバも探せず、CGIも組めず、ただレンタル掲示板を探して転々とするだけであるから、InternetやTCP/IP等に関する知識は毛も生えない素人レベルと思われる。「黄昏専用掲示板」では、その本性を露にした。
2003年秋に国沢氏が弟子をつけて以来、管理はそちらに移行したらしく、ほとんど出没しなくなった。
ギコ猫 2ちゃんねるのマスコット的存在のアスキーアートの1つ。

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            ∧∧   (,,゚Д゚)    ∧∧
      ∧∧   (,,゚Д゚)  ⊂  つ    (  ,,)
〜′ ̄ ̄(,,゚Д゚)   / つつ  〜  |    /  |
  UU ̄U U   〜(__)   し`J  〜(__)

2001年に伏木氏の掲示板において、このハンドル名で掲示板参加者を見下した発言をした人物のIPアドレスが、後日、国沢氏が使用していたIPアドレスと一致していたことが判明する。このことにより、「国沢氏は同業の方の掲示板を2ちゃんねらーを装って荒らした」として2ちゃんねるで大騒ぎとなった。
このため、国沢氏のダークな側面の別称として使われることがある。
キョロチュウ kunisawa.net初期よりの常連。元ウンチク親方。某玩具メーカー勤務。確かに話題は豊富であったが、やや鼻につく表現も多かったために2ちゃんねるでの非難対象となったこともある。2003年になってからkunisawa.netにも岩貞掲示板にもほとんど姿を見せなくなった。スノッブのような、プチハイソを気取っているかのような感じにも見えるのだが、果たして実態はどうなのか。
斬込隊員 2ちゃんねる国沢スレッドのコテハンの1人。
金○郎 某誌編集部員。2004年ラリージャパンにて、酒に酔った国沢氏に胸倉を掴まれて「貴様、スベやん知ってるだろう、言え!」と脅されたらしい。本人は否定しているよう・・・だ?
国沢幸生 国沢氏のご令嬢。名付け親は徳大寺氏らしい。NHK教育の「10代しゃべり場」に出演していた。2ちゃんねるの車板では国沢氏の家族に関する話題は自粛する方向だが、NHK板ではかなりエグい話題もされていた。また自身の掲示板が荒らされることもあった。
彼女かご子息が喘息気味であったことが国沢氏のディーゼル嫌いにつながったようである。
国沢氏とともに何度か誌面にも登場し、試乗会にも同席することがあったが、 その行為については「メシ食わせに(娘を)連れて来てるのか」と広報の評判は芳しくなかったようである。
ただし、彼女の書く文章は他人の模倣がちらつくものの国沢氏や岩貞氏よりもマシであり、考え方自体も「わりとマトモ」のようで、2chでは「国沢家の唯一の良心」といった扱いをうけることもある。
比較的端正な顔立ちをしているため、彼女の密かなファンは多いようである。
しかし2006年4月、前年にほんの数日の就職活動によって富士重工に入社し、親父のコネ説が浮上。「やはり親父と同類だ」と落胆した黄昏野郎は少なくないようである。2007年よりまたも欧州滞在予定とのこと。
国沢光宏 自動車評論家。小ページ作成のきっかけとなった人物。詳細は小ページを参照のこと。根は決して悪い人物ではないと思うのだが、「オレがオレが」という意識が他人とのコミュニケーションを阻害するまでに大きく、かつ先行しすぎているのが最大の問題か。
2005年からはスベやんにより背後に巨大な圧力組織が存在しているらしきことが2ちゃんねるに書きこまれている。当然真偽は不明であるが、この名誉棄損著しいデマを国沢氏が自身のページで否定したことはない。否定するのもバカバカしいだけかもしれないが。
確かに、設定が斜め上すぎてちょっと信用しがたいものはある。だってそういう組織って大バカじゃつとまらないよねえ ・・・ん?
国沢悠来
国沢氏のご子息。2ちゃんねるでの最初の登場は、彼自身の掲示板(ただし作成はgood氏)が2ちゃんねるで晒され、荒らされたことに始まる。
国沢氏の日記では、親より安い肉を食わされたり、保証期限切れの改造ブーツをあてがわれたり、ネタに対し特大のシャリの鮨を食わされそうになったりであったため、当初2ちゃんねるでは彼に同情する声が強かった。(実際には国沢氏は家族に対してはいい父親の役割を果たしていると思われるが)
しかし、2004年からkunisawa.netに掲載された免許取得日記の文章で、父親の影響(性格の遺伝?)らしきものを強く受けていることが判明して以来、同情する声は激減する。
大学においても「俺んちにはフェラーリがある」などと言いふらし、講義中もよく寝ているくせに「学生時代は勉強するより遊んだ方が人間の幅が広がる」と公言しているそうで、もはや何をかいわんやである。講義中に携帯電話を使って何かを必死で入力していた(そんな長文入力をするような相手もいないのに)との目撃証言もあり。(これらは全て2ちゃんねるに書きこまれた内容)
案の上、2004年前期の試験(教養過程?)はいくつか落としているそうである。
2004年春より2ちゃんねるに「国沢野郎」が出没しはじめたが、それが彼の大学進学と時をほぼ同じくしていることから、国沢野郎の筆頭はこの人物ではないかと疑惑をもたれている。
2005年にはスベやんにより「(彼は)刃物を持ち歩いている」「女性関係でこじれたときもナイフを見せて脅した」等、信じがたい行動をしているとの内容が2ちゃんねるに書き込まれ、2ちゃんねるでの彼の評価は父親よりも更に低くなってしまった。
もし本当なら洒落になってないほど危ない人物であるのだが、さすがにこれはウソであろう(と信じたいが)。
以後2ちゃんねるでは「包茎」「童貞」「モテない奴」などと酷い言われようで、2006年にAKのラリー活動についてタイに行った際には「タイで筆おろししてきたのか」などこれまた酷い言われようとなってしまった。でもまあこっちはまだありえるかもしれないわな:-p (ウソウソ)
国沢XX
(名前不明)
国沢氏の細君。日記にもほとんど登場しない。現在の国沢氏が住む練馬の家は、細君の親戚の持つ土地に建てたといわれる。ご令嬢の日記で「(両親は)喧嘩が絶えない」と書かれたことがあるが、どこの家庭でもそりゃ似たようなもので…(苦笑)
新婚のドライブ先でいきなり中古車を購入された(kunisawa.netの趣味を参照)ので、国沢氏の悪癖についてはもうあきらめているのかもしれない。
どうやら身体はあまり丈夫ではないらしい。
kunisawa.netに掲載された2005年のRJの写真ではじめて素顔が紹介された?。
国沢野郎
2004年春頃より、2chに現れて国沢氏を批判している人達(主に固定ハンドル)を挑発したり馬鹿にしたり、国沢氏を擁護したりして去って行く発言主につけられたニックネーム。
その特徴は発言に根拠が薄いこと、誤字脱字が多いことなどである。特に平日日中の誤字は携帯からのものと思わしき特徴がある。
誰がこのようなことをしているかは、本人説、息子説、某編集部員説、劇団員説などがある。
名称はもちろん、国沢氏が多用する「黄昏野郎」に対する形でつけたもの。
国沢擁護派 2003年に「国沢氏を擁護してみる」として2chの国沢氏のスレッドにおいて批判者とのディベートをしようとした人物。だが所詮は付け焼き刃の擁護(真に擁護しようとしていない)であったがためか、揚げ足取り的な論争になってしまい、批判を浴びていつのまにか現れなくなった。
good 「ポリッシュファクトリー」代表 及川氏のハンドル。kunisawa.netの立ちあげ期から助力している。本業についての評判は悪くない。弟子1号がWEBの管理を行うようになってからほとんど姿を見せていない。書く文章は意識してかどうか分からないが、薄っぺらく稚拙である。
熊倉重春 元CG編集長。自動車評論家。BCの対談において(アコードの評価が低かったことにおいて)国沢氏から妙に突っかかれたことがある。以後、BCでの彼の記事を見る機会は減ってはいないが、対談の企画において国沢氏と同席することはない。
同対談における「国沢、たまにはいいこと言うな」は名言。やっぱり「たま」なんかい。
呉工業株式会社 国沢氏を広告に起用している会社。WEBページにてコメントやコラムを書いている。CMでは有名で結構大きな会社のように感じるが、実際は実は輸入・卸が主業務の、資本金2,000万円、従業員60名程度の会社である。関連会社に製造を担当するクレハイテックケミカルズ(株)があるが、何を製作しているかは不明。
HPでの国沢氏のコラムの内容は色々と問題があるものが多いのだが、批判は意に介していないのか、または契約期間があるのか、まだ国沢氏を宣伝塔から降ろす気はないようである。
黒尾寛 ◆FASCII.V.k 2002年12月のkunisawa.netでの掲示板でのパレスチナ論争において国沢氏と対峙した人物。国沢氏から「あなたみたいな人間がいるから問題がなくならないんだ」と言われる。この一件後はkunisawa.netにも2chにも現れていない。
黒沢琢弥 レーサー。黒澤元治氏の実子。フレッシュマン時代、国沢氏を毛嫌いしていたらしい。
kei-chin日産党 kunisawa.net元常連。ハンドルの通り日産党。日産に対する風当たりが強い国沢氏に丁重に反論したが、「こいつは2ちゃんねるで国沢氏を批判している奴だ」との怪情報を信じた?国沢氏またはサポートチームから掲示板から締め出され、「過去を清算しないと書き込みを認めない」との返事をもらう。無実?の被害者の1名。
劇団員 正式な劇団名は不明。2004年初夏頃、「2chの国沢スレッドはよく釣れる」という話となって、故意に煽った文章を2chに書き込んで、反応を面白がっていた、といわれる。
2ちゃんねる内では「三流役者」と呼ばれることもある。
甲田英司 別名「ヒルズの虎」。株式会社ロイズ代表取締役。若くして身一つで成功し、 「成り上がれ」などの著書がある。   
Webで「甲田英司の為せば成る」という番組を放映しており、2006年、そこに畑野氏とマサユキ氏が 「若くして海外ラリーに挑戦する大学生」として紹介された。 はっきり言ってこれはスポンサー集めのためであったが、その出来は惨憺たるものであったらしく(原因は出演者たる畑野氏と マサユキ氏にあり)、 彼のページには後日番組への批判文が連なることとなり、顔に泥を塗られた格好となってしまったようだ。
交通タイムス社 国沢氏が寄稿している雑誌が多い出版会社。国沢氏をCOTY選考委員に推薦している編集部もここである。雑誌名は、CARトップ、ワゴニスト、アクティブビークル(av)、ミニバンFREX、af、yvなど。まあこう言っては何だが保管しておく価値があるような雑誌は作っていないようだ。
国土交通技官 その名の通り国土交通技官。2chにて国沢氏の道路行政について自身の立場から批判する。そのため、国沢野郎から攻撃されることもままある。
こさとう kunisawa.net常連。フォードRS200に乗る。かつてはKAZを「谷田部の最高速チャレンジと同レベル」「300km/hで走る曲がる止まるができないと」等と言い切ったことで2ちゃんねるでの評価は劣悪であった。2003年になっては、のぐち氏に対抗していたり、国沢氏の意見とは必ずしも同一線上にない発言が散見され、「実は草ではないか?」という疑惑も生じている。2004年はめっきり出現回数が減った。
個体1号 2ちゃんねる最悪板の、主に国沢氏関連の話題をするコテハン批判を行うスレッドに生息するコテハン。ハンドルに深い意味はなく単なる識別目的であるという。その発言には聞くべきところも多いのだが、そもそもの議論の始めにおいて、馴れ合うのは嫌いだ等の理由で情報入手を固辞した(MLやmixiへの参加を辞退)ため、複数の人物の反感を買ってしまう。 それが尾をひきずってか、「叩くのは好きだが叩かれるのは嫌なのか」などと叩き対象となってしまうこともあった。もっともコテハンになったらなにかと叩かれやすいのは2ちゃんねるの特徴でもあるのだが・・・。
次第にコテハン叩き表現の書き込みがエスカレートしていくかのような最悪板においても中立性・客観性を強く意識して書き込んでいるように見える数少ない?コテハン。そういう意味において「馴れ合いは嫌だ」という上の主張は裏付けられたことになる・・・のかな?。ただし(このハンドルでの)書き込み頻度は激減している。
ゴルゴレモンティー kunisawa.netの元常連。2001年当時、高校生。誤字(シェア→シャア)の指摘に「そんな分かりきった誤字の指摘に礼を言う必要などない」と逆ギレした国沢氏をたしなめたことがある。以後、ほとんど姿を見せなくなった。
KONNO kunisawa.net元マナー親方。某零細?健康食品販売会社社長。Niftyの自動車フォーラムではよく知られた議論屋らしい。相手が格下と判断すると皮肉たっぷりの長文で対応し、相手が同等か、自分が劣勢となると更に文章が長く詭弁めいてくるのが特徴。マナー親方の就任にあたっては、kunisawa.netの常連の中からも疑問視する声が出たようである。2002年中盤よりkunisawa.netには姿を見せていない。
ゴンベ ヤマハ発動機社内より、ザイテック記事の間違いを指摘した同社社員が使っていたハンドル。彼がその後どうなったかは不明であるが、国沢氏より上司に抗議されてけん責処分となったとの噂も…。

さえ。。 kunisawa.netの2001年頃よりの常連。「sae..」と名乗った時期も。そのハンドルからネカマとも揶揄されることもある。長文が好きだが内容がそれに伴わないことが多い。警察・行政にやたら敵愾心を持つ。
2004年初頭、国沢氏の意見と反対の意見を掲示板に投稿したせいで?kunisawa.netへの投稿が一切反映されなくなり、問い合わせをしても答えてもらえず、立腹して2ちゃんねるでの国沢氏の言動を批判する急進派としての立場に変わる。暴走気味のレスを返すことがあったり、kunisawa.netに出入りしていた影響もあってか、アンチも多いようである。
西郷 2000年8月の「ある島」事件において、国沢氏を批判した人物が使っていたハンドル。kunisawa.netのA級戦犯の1人。ただ、どうやら社会的地位はありそうな人らしく、国沢氏は手が出せないようである。ながらく消息不明であったが2005年初頭よりぽつぽつと2ちゃんねるに姿を現す?。
佐藤琢磨 日本人F1ドライバー。2004年アメリカGPでは3位に入賞する。国沢氏は以前佐藤琢磨選手に対し、「嫌いになりたくないからインタビューしない」などよく分からないことを言っていた。実態は、その場は英語でしか質問を受けてくれなかったので、質問できなかったためといわれている。
CM曲を実際にホンダに問い合わせた奴(CM曲を(以下省略)で可) kunisawa.net元常連。2001年当時、高校生。ジュニア掲示板で「Nシステムは違法と思う」と発言したことに対し、国沢氏が彼の意見が正しいというニュアンスの発言をしたことにより大揉めとなった。この騒動より後、シラボン氏の掲示板で散見されたが、kunisawa.netには姿を現さなくなった。
J FOX 番頭の項を参照。
SiS 一部でスベやんではないかと疑われている人物のハンドル。この疑惑が生じてからしばらくして SiSというハンドルの書き込みが某掲示板から消えたために更に疑惑が濃くなっているらしい。 撮影会に参加していたという記述があったことからスベやんも撮影会ヲタクにされてしまうこととなる。
しげの秀一 バイク漫画「バリバリ伝説」執筆時、国沢氏とも親交があったと思われる超有名漫画家。 しかし両人とも今は車に関係した話題を扱うにも関らず、しげの氏の漫画「頭文字D」の解説本の監修は何故か清水草一氏が行っている。
一説には「しげの氏は国沢氏を毛嫌いしている」ともいわれ、かつてバリ伝でスタッフの一員として書かれていた国沢氏の名前が、改訂版では消えているという。
清水和夫 自動車評論家。レーサー。KAZを「この教授は300km/hが分かってない」と批判する。それに触発されて国沢氏も批判した、とも。安全に対しての実際の取り組みは国沢氏よりも上だが、愛犬を座席に乗せたりしているため「安全を語る資格なし」とも批判されている。「レーサーはスポンサーのことをよく言うのはあたりまえ」と公言し、スバル車をあからさまに誉めている。まあ潔いともいえるが(苦笑)
清水草一 自称自動車ライター。別名MJブロンディ。記事の内容自体が突出して素晴らしいというわけではないが、その言い回しや割り切り、基本や地道な活動などによって2ちゃんねる内での評価は低くはない。
国沢氏に対しては、「センスがない」と言ったりして小ぜりあいを起こしているが、清水氏は国沢氏のことを単なるネタの1つとしか思っていないようである(これはあくまで筆者の主観にすぎないが)。

2005年5月よりWEBページの掲示板を閉鎖している。
清水浩 慶応大学教授。電気自動車の研究25年の、その道での第一人者。1991年にはIZAで176km/hの速度記録を作る。2001年、KAZで311km/hを達成。2004年はエリーカで400km/hの速度記録を目指す。(現在の電気自動車の世界記録は完璧なレコードブレーカーが持つ398km/hくらい?)
発表直後で300km/hが目標のKAZを国沢氏は「達成しないとインチキ」「電気自動車はコミューターが正しい方向」などと、清水氏の経歴をまったく知らないことモロバレの誹謗。2ちゃんねるを見た一人がこのことを氏に伝えると、、「非常に感情が高ぶっている。しかしこのような状態で意見をぶつけ合ってもいい結果は生まれない。このような方のアレルギーをとるのも私の仕事」と感動的回答をし、後日、見事に目標を達成し311km/hを出す。国沢氏のコメントは当然なし。
国沢氏に対しては「いっぺん乗りにきてください」と呼びかけているそうだが、返事はないようだ。
シモーヌ・ベックマン
在豪ラリードライバー/コ・ドライバー。2005年のAPRC第1戦、ラリー・オブ・キャンベラと第2戦のロトルアにて国沢氏のコ・ドライバーを務める。実績は1線級・・・とまではいかないようだ。どうやら酒豪らしい。
当初、外国人のコドライバーということで2ちゃんねるでは注目されたが、雑誌にて彼女は日本語が堪能であることが判明し、苦笑を誘った。

2005年のRJでは、Nativeな英語圏の方に暗く深刻な表情で話す姿が目撃されているらしい。
シラボン kunisawa.net元常連。学習塾講師。一本芯のある方で、黄昏野郎に荒らされたkunisawa.net常連の高校生の掲示板にて「俺が相手してやる」と、シラボン氏の掲示板を作成、厄介ごとをひきうける。
そこまでkunisawa.netのために尽くしながら、京都議定書の件で国沢氏を質問で追い詰めてしまったため、国沢氏より「あなたは私の友達ではない。金にならない回答などできない。質問は編集部にしろ。金になる質問なら紙面で答えてやる」と実質上の絶縁状を叩きつけられる。
以後kunisawa.netには現れず、自身の掲示板にもほとんど顔を出さない。
kunisawa.net元常連。「しん」と名乗った時期も。固定ハンドルで2ちゃんねるでアンチ国沢氏と対話をした珍しい(失礼)人物。国沢氏の批判に正対しない対応に落胆してkunisawa.netを去っていった…ようである。
白P 2ちゃんねる車板のコテハンの1人。
鈴木俊治 カートップ編集長。名古屋駅で寝ていた路上生活者の方のナニが見えていたことを、国沢氏と一緒にバカ笑いしたことがあるようだ。2003年にはメーカーからのゴルフ接待?に国沢氏を連れ回す。恐らく国沢氏がヘタクソであったからであろう。
STEVE kunisawa.net掲示板の常連。かなり長く生息している。
すぷろ kunisawa.net元常連。「シェアがシャアになってる」と指摘した人物。やまむら氏のkunisawa.net離脱と同時期、kunisawa.netの常連の掲示板に国沢氏への過激な三行半を書き込んでkunisawa.netを去る。
スベやん 旧ハンドル「名無しのスーベニア」。自称自動車系報道媒体の業界人。2004年はじめ頃より頻繁に2chに登場。以前より国沢氏の取材姿勢には疑念を抱いていたという。何度も自身の記事を国沢氏にパくられたことがあるらしい。
2004年初夏、自身が2chに書いた書き込みを国沢氏がそのままパクって自身の掲示板に掲載し、その後謝罪も弁明もないことから、以前の件も含め法的手段に訴える決心をする。反国沢氏の旗手的存在。
2005年には告訴すると国沢氏に宣言すると同時に、国沢氏にまつわる真偽不明な黒い噂を積極的に2ちゃんねるに流し始めている。

彼の行動とそのネタの公表を楽しんでいる者も多いが、半面、 告訴宣言以後の成果が見えないことや、ソースを出さないで国沢氏を叩き、ソースを求められると拒絶し、すぐに国沢一派だと認定しがちなそのふるまいから、 彼に対し反感を持っている人物もまた多いようで、格好の叩き対象ともなっている。    
撮影会ヲタクで鉄道ヲタクでひきこもりだとか国沢氏との絡みとは関係ないところでまでさんざんな言われようとなっているが、実際にそうかどうかまでは筆者は知らん。:-p
スベやん軍団 2004年夏に突如あらわれたコテハン。
当初、スベやんの呼びかけで、国沢氏スレッドにて「水曜日は全員名無しにしてみよう」ということを開始したが、その反対に「全員スベやんになってみよう」という遊びをやった時に出現した多数のスベやんモドキ。
「元祖スベやん」「本家スベやん」「真スベやん」「真性スベやん」「スベやん本舗」「スベやん(本物)」「宇部やん」「スベ様」「スベらかスベやん」「お肌スベスベやん」「クベやん」「フベやん」「スベにゃん」「スベたん」「スヘやん」「クレやん」「スケベやん」「subeyann」「スベったん」「スベ厨」「リアルスベやん」「スベっち」「スヴェ丸」などが出没した。
赤銅竜 kunisawa.net元トヨタ親方。ある時期よりkunisawa.netより消える。一説には彼の離脱がプチ親方制度の崩壊のきっかけだった、とも。アニメ番組を題材とした私小説(エロあり)が2ちゃんねるで紹介され批判されたこともある。
整備士 kunisawa.netの掲示板に「私は婚約者を飲酒運転の車の事故で失った。飲酒運転はやめて欲しい」と書き込んだ人物。これに対する国沢氏の反応は「飲酒運転よりシラフで起こす事故の方が数が多いんだ。そんなこと言うならクルマになど乗るな」という想像を絶するものであった。以後、彼は立派に黄昏野郎と化したらしい。
セバスチャン・ローブ WRCドライバー。14歳までは全仏10位の体操選手。その後バイクに転向し、Super1600を経てWRCドライバーに。路面を掴むことに関して天性の才能がある天才ドライバーだといわれる。2002年のWRC開幕戦モンテカルロラリーのTV放送で、「(トップを独走する)ローブのよさは何ですか?」というナレーターの問いに国沢氏は「いい男だと思う」と大半の視聴者を脱力させる解説をしてのける。

高橋国光 日本のモータースポーツ界の鉄人。「生涯一レーサー」を公言し、二輪レースから四輪レースまで常に第一線で活躍。1960年代の風貌はまるでヤンキーであるが、性格は温厚そのもの。「国さん」「クニさん」 と呼ばれ、業界からファンに至るまで親しまれている。
国沢氏を「国さん」と呼ぶと過激なまでの拒絶反応を示す人がいるのは、この方があまりにも偉大なため。ちなみに筆者は最初国沢氏を高橋氏の威光にあやかったバッタものと思ってしまったのは「筆者の小失敗」に書いた通り。他にもこう思った人、いる・・・よねえ?
○△な×◇ (一部伏字) BCを購入し、その中での国沢氏の記事の批評をWEBにて公開していた人物。2006年夏をもってその活動を中止。
表現方法に癖はあるが、その批評はしごくまっとうなものである。
まだ1行脅迫メイルは来ていないらしい(謎)。
2006年をもってそのページは役目を終えた。
takasi kunisawa.netに潜入した「草」の1人?。結局国沢氏に対抗して403となる。その後2ちゃんねるにも固定ハンドルで現れて2ちゃんねるでの暴走を諭すこともした。
高山短大
(高山短期大学)
ラリー参戦が実習科目にあるユニークな短期大学。海外での参戦実績もそれなりにあり、評価は低くはない。 2004年のラリージャパン開催の数ヶ月前、国沢氏は日記で突如「高山短大から参戦する」と書き、大いに物議をかもしだした。
オーガナイザーから国沢氏不受理の連絡があった日、なぜか大学周辺の酒屋の売り上げがあがったとの噂。
竹平素信 ほとんどBC専属に近い自動車評論家・ラリースト。見た目通りの「いいおじさん」らしい。通称「竹ちゃんマン」。国内ラリーで活躍し、モンテカルロラリーにおいてもクラス上位に入賞するなど、腕は確か。国沢氏をラリーに誘い、アルペン出場のきっかけを作るが、どうやら会う人会う人に「ラリーやらない?」というのは彼の口癖らしいとのこと…。
2004年ラリージャパンにおいて高山短大のチームに挨拶に行かない国沢氏に対して激怒し、首根っこを捕まえてひきずって行ったという噂。誌面ではそんなふうな人には見えないのだが。
館内端 自動車評論家。日本EVクラブ会長。環境問題について積極的にとりくんでいる。国沢氏は彼のことを勝手に「兄弟子」扱いしている。
黄昏公務員
2ちゃんねるコテハン。かつて小数点議論のときに「市町村の規定では〜」と指摘したところ国沢氏より「私は市町村は関係の無いところに住んでいる」との言葉をもらった。以後黄昏化が加速しコテハン化。名前のせいか叩かれやすいようだ。
田畑邦博 2004年ラリージャパンの競技委員長。国沢氏のラリージャパンエントリ不受理の連絡は、競技委員長名で高山短大に届いた。「グッジョブ!」と賞賛する声多数。
後日、国沢氏はカートップ誌上にて「首領様のような権力を持った人に拒否された」と暗に田畑氏を揶揄するイヤミを書いてしまったが、翌年のRJへの出場を目論む国沢氏は、シーズンオフに田畑氏を尋ねたらしい。そこでどのようなやりとりがあったかは不明。
2005年のラリー北海道の実行委員長も兼ねていた氏は、HQにてリエゾン区間で交通違反をしたとして揉めている競技者と警察の間に割って入り、「私の顔に免じて許してくれ」と警察に平謝りであったそうだ。そしてその後、その競技者に対する不快感を露にしていたという。その競技者とは…。
タマ(ミ゚∞゚)ちゃん 「デナイノ!」という2chでの国沢氏の亜流の話題をするスレッドにおいて、アザラシのタマちゃんのアスキーアートを用いて一言コメントを入れていた人物。最近はmixiに忙しく国沢氏に関わる暇はなさそうである。

【リアルタマちゃんの日記】
200x年 x月 x日(月)

                ,,,            
            ,. ''"´    ` ` 、         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           ;'            ':..     │ 親方
          ;'     ´       `      │ ボク、タマちゃんです。
        ./        ●     .●     ∠  どうかよろしくね。
   ヌボッ  ./          ⌒  ▼⌒':      \____________
  __  ./         彡  ∵人∵ノミ___
    ̄ ./  _         ミ   ノ"ミ ̄ ̄ ̄
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄━━ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ̄ ̄━━━ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄           ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

昼間点等派 kunisawa.net掲示板常連の1人。かなり国沢氏寄りであり、付和雷同型の発言が多い。
張富士夫 トヨタ前社長。国沢氏に「Willはカッコ悪い」と直訴されたと言われる。2003年、トヨタ本社において、「国沢を本社に出入りさせるな」と部下に指示していたことが目撃された・・・という書き込みが2ちゃんねるにされたが信憑性は誠に怪しい(が、本当だとしても気持ちは分かる)。
つか kunisawa.netのリンクページ管理者。初期からの常連。個人的には何故こんなものまで他人任せにするのか疑問であるが…。
土屋圭市 レーサー。通称「ドリキン」。ドリフトで売る人物で、中高生から走り屋青年のカリスマ。2002年のCOTYではアコードに満点投票し、ファンから大ブーイングを受け掲示板のリセットを繰り返す羽目に陥る。しかし本業のレーサーとしての腕を非難されたことはあまりない。2003年はCOTY選考委員から外された。
そしてマガジンXの2005年6月号で、利権にまみれたCOTYに喧嘩を売るが、同誌にはCOTY選考委員の国沢氏と中谷の対談が載っていたのは編集部の皮肉であろうか。
津々見友彦 自動車評論家。元いすゞワークスドライバー。まさに好々爺、お茶目で人がよすぎる性格らしい。国沢氏の発言がきっかけで掲示板を荒らされたことがある。
デミ男 別名デミちゃん。スベやんと絶縁後の(・x・)女史の恋人らしい。 あまり目だった発言などせず、本来ここに記載されることはない、特筆すべきことなどない人物のはずなのに、(・x・)女史がスベやんとの対比として?話題に出すため、「誰だそれは」と疑問を出す人が多いためとばっちりをうけてしまった??人物。 近年肥満に悩んでいるらしい…が、まあなんだ、仲がいいのはよいことだね、と(無理にまとめる奴)。
てめえら君 2002年夏頃より、2ちゃんねるの国沢氏関連のスレッドに時たま姿を見せ、国沢氏の批判者を非難して去っていく人物。その発言は低俗かつ非論理的、個人攻撃的なものが多く、議論をまともにする気はないようである。その正体は国沢氏本人とも、常連とも、good氏とも、ただの煽り目的の無関係な中坊とも言われる。2003年夏以降、登場時刻とkunisawa.netの更新時刻が極めて接近しているため、更に疑惑が広がった。
2004年には「国沢野郎」という名称に統一され、その後は「模した人」や「風味な人」となり、この呼称はあまり使われなくなった。
寺田陽次郎 (株)オートエクゼ代表。ミスター ル・マンとして知られる。2002年にXaCarの連載において、「試乗車をやたらドリフトさせて評価する評論家がいるが、そんなので車が評価できるわけがない。タイヤを丸坊主にさせることで車の何を評価できるというのだ。」等と一喝。
「これは国沢氏を批判しているのでは」と2ちゃんねるで話題になるが、別の意見も。
「いや、これは国沢氏ではないな。国沢氏にはオートエクゼチューンの車をドリフトさせる腕はないだろうから…」 
一体誰のことかは、寺田氏のみが知っているのであろう。
テリー伊藤 数々の高視聴率番組を手がけ、多くの著書を持ち、自身も多くのメディアにて活躍する非凡な人物。BCの連載で、国沢氏のファッションセンスを批判。「そのファッションセンス(世間離れしている)で庶民派を名乗って車のデザインを評価するとはお笑いです」「あなたはいわば自動車業界の土井たか子です。クルマの技術面では一目置きますが、デザインについての意見は参考にしようとは思いません」などとも書く。
なお2001年には(休憩所21.5あたり?)、有志が2ちゃんねるのログを氏に手渡し、氏は「いや〜すごいですね。私はいいオモチャを見つけた気がします」と述べたという…。2ちゃんねるでの書き込みだけに真実は不明。
清水草一氏との共著でも国沢氏をけなしたが、これに対し国沢氏は日記にてテリー氏の批判を行う。やはり、内心穏やかならなかったらしい。
電極スパーク kunisawa.net掲示板の常連。本人曰く、今井美樹似の細君を持つ(ここは笑うところではないが、笑うのを止めようとは思わない)。
とにかく何かにつけ話題に首をつっこみ、その都度、知識・理解不足を2chはおろかkunisawa.netの掲示板の常連からも指摘されてしまう。しかし本人はまったく懲りていないようだ。
徳大寺有恒 それまでの「誉める」評論に対し「貶す」評論を開拓した自動車評論家。国沢氏は一時期、徳大寺氏のカバン持ちをしていた時期があるようで、その時に彼のスタイルのごく表面だけを真似ることを覚えてしまったのだろうか?
国沢氏の子供の名付け親とも言われる。海外で助手席でウトウトしていたら、国沢氏の(故意の)乱暴な運転(250km/hまで急加速したらしい)で叩き起こされたことがある。現在の国沢氏に対してどう思っているかは不明。「国沢さんてどんな人です?」という質問に、深いため息をついただけで答えなかったこともあるらしい。
本人はダンディ気取りにも見えるが、体型と声質が真にそうなることを阻害している。
毎年変わる評価と、過度とも見えるマツダ叩きなどによりアンチも多い。
自身がプロデュースし、満を喫して東京モーターショーにレガシィのカントリー仕様(2ちゃんねる通称「ガムテープレガシィ」)を出展したことがあり、反響によっては市販化も視野に入れていたようであるが、見事に頓挫し自身のセンスが一般人とはかけ離れていることを示してしまう。長年重度の糖尿病を患っており、一線で活躍できる期間はさほど長くないと思われる。
エッセイストの室井○月が彼の愛人だったということは半ば公然の秘密状態となっている。
読者 kunisawa.netのA級戦犯の1人。「筆者の小失敗」と同時期、kunisawa.netにて常連と対決していた人物が使用していたハンドル。元輸入車業界→国産メーカー勤務。kunisawa.netではスベやんの分身として扱われているが、筆者の知る限りにおいてはまったくの別人。
現在はどうやら国沢氏を見て「にやにや」することに徹しているらしい。
doctor2 2001年頃にkunisawa.netに潜入した「草」。kunisawa.netでの誤りを指摘したら、403となる。
トミ・マキネン 元WRCドライバー。マツダワークス、日産ワークス、アストラチームを経て1994年の1000湖にてエスコートで初優勝後、三菱ワークスに入り前人未到の(確か)4年連続ドライバーズチャンプを獲得する。国沢氏の妄想では、氏がランエボに乗っていると降臨して憑依し、RX-8に乗っているとBMWで現れて負けてくれる、実に都合のよい人物である。
2003年をもってWRCから引退。レーシングスクールを開設して後進の指導に努めている。
トヨタ自動車株式会社 いわずと知れた世界に誇る日本の自動車メーカー。国内シェアが50%近く、かつ自己資本比率も他のメーカーと比較にならないくらい高い、企業としては欠点を探す方が難しいほどの優良会社。
国沢氏はこの会社の車の批評にて何とかして食いつこう(あら探し)としているようだが、しかしそんな努力も蚊が刺したほどにも感じないかのごとく、独走を続けている。あくまで未確認かつ無責任な噂では、ザイテック事件の際に国沢氏に抗議文を出し、国沢氏からの謝罪文が掲示板に張り出されたことがあったという。
トワイライト 2004年5月、KUREのHPに掲載された国沢氏のコラムに対し疑念を持ち、KUREに問い合わせたところ「個人情報を教えろ」と言われ、かつKUREがこっそり内容を改竄したことから、ユーザーへの警告のため告発ページを作成した。強硬姿勢をとる面があり、そのため嫌っている人もいるようだ。

中嶋悟 日本人初のF1シリーズドライバー。現在は各地で講演・講習会を行っている。「車は走り始めたらすぐ素性が分かる。普通に走っただけで。その予想が飛ばしてみて外れたことはまずない。飛ばしたり攻めたりしなくては真価が分からないなんてライターはダメだね」と言ったような意のことが、試乗に同乗したXaCar編集の記により同誌に掲載された。
大型トラックの80km/h規制も「こんな規制をしても事故は絶対に減らない。安全のためには交通はいかに速度差をなくすかを考えるべきだ」と主張し、トラックは80km/hのままで乗用車は120km/hまで容認しろと主張する国沢氏とは正反対の意見となっている。
中島祥和 報知新聞出身のスポーツ評論家。同紙にて国沢氏と対談形式で車の記事を書いていたことがある。
国沢氏の細君が自転車と起こした事故について、国沢氏の情報だけを元に相手(自転車の女子高生)を批判する記事を報知新聞のWEBページに掲載するという迂闊なことをしてしまう。

しかし、この事故の現実は国沢氏が自身のページで述べ、中島氏が報知のページで書いたものとはあまりにかけ離れているとの噂。
永田
【レガ】
kunisawa.net初期よりの常連。当初はレガシィと改造ソアラに乗る青年であった。生意気っぽい発言もあったのは若さゆえのご愛嬌か。
小学生の頃から「月刊自家用車」を読んでいたと自負する、典型的な(略)。狂信的に国沢氏を信奉する姿勢と、V35スカイラインに対する嫌悪にも似た批判は記憶に残る人も多い。 国沢氏のアッシーにされたこともある。2003年初頭頃より掲示板には現れなくなり、 2005年よりkunisawa.netの記者「永田」としてCARMODEなどに登場しているが、批判・忠告者への態度などはレガ時代と変わっていない。
業界では「ミニ国沢のようだ」と見られており「あの若さでアレはヤバい」との声も出ているらしい。2006年には中華サイト写真パクリ疑惑事件で一気に注目を浴びることになる。
Nankei 2001年のkunisawa.net韓国試乗旅行に同行した人物。2002年の沖縄行でダイビング後数時間で飛行機に搭乗し、「死ぬぞ」と2ちゃんねるで心配される。やまむら氏は彼と親しいと思っているが、国沢氏は「そりゃ妄想では?」と否定している。真実は彼に聞かねばわからない、のであろう。とても言わ(え)ないと思うが。
2004年よりkunisawa.netを手伝うため月に数度上京しており、「弟子2号」との別名あり。
新美
【ニーミ、2-3とも】
2005年春より、山崎氏が抜けた後釜として国沢氏の弟子となった人物。大学生。 まだ単独で取材らしい取材には出してもらえていないようで、主にCARMODEでの業界ニュースのブログを担当している。だがそのニュースの取材源はレスポンスなどの他のニュースサイトらしく(つまりパクリ)、元のニュースサイトがしている間違いをそっくりそのまま間違えていたりすることがある。しかも文章は稚拙極まるもので、2ちゃんねるでの評価は、一応独自取材をおこなっていた山崎氏よりもはるかに低い。
どうやら陰では師匠の悪口を言いまくっているようである(ただしそのソースは2ちゃんねる)。
2006年4月には、ほとんど無謀状態でタイラリーにコドライバーとして出場する。個人的には師を間違えてるとしか…。2ちゃんねるではまれに「ハゲ」と書かれることもある。
ニガータ 2ちゃんねる国沢スレッドの主要コテハンの1人。「日記/TOP保全家」を名乗ることもある。その名の通り新潟県在住。湯沢にスキーに来ては物知り顔で地元のことを書く氏を苦々しく思っているらしい。ときに口調が厳しくなったり、口が滑ったりするため叩き対象となることもあるし、おかしなことを書いて自爆することもよくある。国沢氏によるとスベやんのNet上での別人格の1つで、 アンチスベやん派にとってはスベやんの一級信者らしい。昼夜を問わず国沢氏スレッドによく書き込んでいるためもあってか格好の叩き対象となっている。巨乳アイドル画像を国スレに誤爆で貼ってしまったことにより趣味がバれ失笑を買う。
日産自動車株式会社 かつてはトヨタと日本一の座を争ったメーカーだが、1990年代半ばより業績が急激に悪化、現在はルノー傘下となる。
バブル期以前は自動車雑誌業界をかなり厚遇していたらしく、国沢氏が言うところ「お祭り好き」であったらしい。だがゴーン体制になり不要な広告・宣伝費は削減され、かつメディア戦略が(年々その影響が薄くなりつつある)自動車雑誌よりも一般誌・新聞へ傾いたことにより接待等の機会が激減。発表会も朝から実施し、食事等は軽食バーとソフトドリンクのみと極めて合理的(自動車以外の製品の記者発表はこんなもので、観光ツアー付き発表試乗会なんて方が世間的にはおかしい)になったが、一部評論家からはこれが非常に不評で、なにかといちゃもんをつけられているようだ。
が、そういういちゃもん(根拠の薄い酷評)をものともせず業績は急回復しているので、この会社からはますます自動車雑誌の影響力が疑問視されているであろうのが皮肉である。
西田 2006年頃より国沢氏スレッドに現れて怒涛のように意味不明のことを書きなぐって去っていく人物。 ほとんど単なる荒らしなので大半の方は相手にしていないが、相手をしてしまう人がいるために調子に乗ってしまっている、らしい。 ハンドルはコロコロ変えているようだ。以後「西田」はそのような行為をするハンドルを指す代名詞のような使い方となっている。
2ちゃんねるプレミア会員
(プレミア会員)
2ちゃんねるでの国沢氏の別称。「ギコ猫」騒動と、2ちゃんねるでいくつもの板(自動車、モータースポーツ、スキー、マリンスポーツ、PC、AV、経済等)で彼のスレッドが立ち、人気を博していることなどが原因で名づけられた。
|ω・) にやにや、又はにやにや仮面。2chで神出鬼没に現れてにやにやするだけで去っていく人物。2005年以降あまり登場せず。
沼尾敬廉 群馬エリアにてドライバー・コドライバーでラリーに参加している人物。2002年アルペンラリーにて国沢氏のコドライバーを務める。戦績などを考えると彼のほうが国沢氏より速いと思われる。競技にあたっては国沢氏と喧嘩もしたらしい。競技中の車載カメラの映像ではクラッシュした後、声を荒げてペースノートを荒く放り投げる姿が写っていた。このラリー後、めでたく黄昏化したとか、しないとか・・・。
のぐち 2002年後半からのkunisawa.netの主要常連の1人。副業で中古車ブローカーを営む。911のマフラーの触媒を抜いたと発言したり、速度超過を公然と認め、正当化したりと反社会的言動が多く、また思想も過激である。
チャイルドシートが3つつけられ、かつ安全な車を探している人に、国沢氏が売りに出していた中古の10年落ちのSクラスを勧めるところなどは、ちょっと普通では理解出来ない発想である。
掲示板の話題の流れを無視し、自身の日記のようなものをいきなり書いたりしてkunisawa.netの掲示板を私物化してしまうことも多い(このような話題には当然レスはつかない)。他の常連がまれに彼の過激な発言を諫めることもあるが、まったく意に介そうとしない、実に困ったちゃんであり、もはや常連もあきらめてしまっているようだ。
そのため、当然というべきか、2003年度よりの2ちゃんねるでのkunisawa.net常連たたき対象の筆頭となってしまった。

畑野賢明
【ハタノ、アキ、AK】
早稲田大学の学生。元自動車部で、国沢氏のご子息の先輩。
2006年より国沢氏が2005年にラリーに出ていた車を買い(借り?)海外のタイラリーに参戦する。
しかし結果は惨憺たるもの(SSでビッツにも負ける)で、車もボロボロになっていっている。 「シリーズ2位だ」などとうそぶいているが、確かにそうなのだが実は参加2台中ダントツの2位:-p :-p。
mixiでの戦績発表会開催のお誘いにて「みんなきてよ〜、何のためにラリーやってるのかわかんないじゃん」 と書いてしまい、底が知れてしまう。実家は自動車屋を経営しているらしい。
バッカム 国沢氏のご子息の蔑称。バカムスコ →バッカム、らしい。個人的にはちょっと度が過ぎた表現と思うが。
しかし2005年9月、CARMODEのニュースで「バッカム」名の記事が掲載される。一体何を意図してのものかはもはや筆者の理解の範疇を超えているのだが。
ハリハリ 2002年7月の「黄昏専用掲示板」において国沢氏への質問者を見下すノイズを発していただけの人物。実はそれ以前にもkunisawa.netの掲示板に登場し、やはり同じ事をしていたことはあまり知られていない。その正体は不明であるが、恐らくここを見ている読者の予想が大きく外れることはないと思われる。同じようなハンドルに「ハリケンジャー」「ボムボム」「ムボムボ」「ポムポムポヨヨン」…等多数あるらしい。
ネット上での国沢氏の強い?味方として2ちゃんねる内で話題となることがある。
葉山宏治 ミュージシャン。2001年頃、kunisawa.netの掲示板に出入りするが、しばらくして顔を出さなくなる。
番頭
【番頭宮本、宮本、J-FOX】
kunisawa.net常連。掲示板にはほとんど姿を見せない。2001年の韓国試乗旅行に同行。一時期、掲示板の管理を担当していたようである。2004年より「番頭宮本」を名乗り、kunisawa.netの実際の活動に再び姿を見せ始める。
フットワークが軽く、行動的であるが反面自己陶酔型の性格でもあるらしく、他人を見下しがちな嫌いがあるという。実際、kunisawa.netの掲示板でも国沢氏を批判する書き込みに対し辛辣なフォローを入れたことは何度もある。
2005年3月のスベやんの訴訟告知に対し、「花見に来い」という非常にきわどい誘いをし、脅迫の容疑で国沢氏とともにスベやんから告訴されるかもしれない。
国沢氏がらみのイベントには必ずといっていいほど顔を出しているようで、2005年の海外ラリー遠征にも同行する。しかし、そのためには1週間近く仕事を離れなくてはならない(準備も含めた延べ日数は更にかかる)はずだが、勤め人であれ自営であれそれはかなり辛いと思うのだが、そこまでする価値は何なのだろうか。
2007年には突然タイラリーに参戦している。しかしなぜにわざわざタイなのだろうか。
2006年のマツダフェスタでは筑波サーキット正面入口無断で来場者の写真撮影を敢行するも発覚。デジカメを取り上げられての追及で「国沢氏がスベやんに命を狙われている。警察はスベやんの圧力で動けない。だから自衛のためだ」 というわけのわからない弁解をしたといわれている。非常にウソくさいがほんまかいな。
ヒソーリ 2chの国沢氏スレッドの終盤に決まって訪れてとりとめもない話をして去っていく謎の人物。2005年春頃より姿を見せなくなった。
ふう 国沢氏のファンページ?開設者。掲示板にはあまり姿を見せない。2001年の韓国試乗旅行にも同行。他人を見下すような発言はしないが、国沢氏への忠誠心?はかなりのものと思われる。
風味な人 2ちゃんねるの国沢氏スレッドに現れて国沢氏を擁護してとにかく煽りまくる人物。この人物に間違えられて気分を著しく害してしまう人もいるようである。国沢氏とそのご子息がやっているのではないかとの疑惑がある。
福野礼一郎 自動車ライター。昔は暴走族のアンチャン的で、伝説のゲイリー・アラン・光永氏とも友人だったようである。地道で独自の道を開拓し、2ちゃんねるでも評価が高い。「くるまにあ」誌上にて国沢氏のことを「どうしようもないバカ」と述べた、らしい(未確認)
フジ 沖縄県の美ら海水族館にいる雌のイルカ。原因不明の病気により尾びれが壊死し、満足に泳ぐのもままならなくなったが、人工尾びれ製作プロジェクトがたちあがり、多くの方の努力により現在では豪快にジャンプができるまでになった。
岩貞氏はなぜかこの経緯を執筆することになったが、専門分野外(工学、生物学、飼育学)であるにも関わらず参考にした文献はたった1冊のみ。しかも過日の日記で、フジのことを

8月3日(火) 岩貞るみこ  No.2114 2004年08月03日(火) 23時45分
いま長期取材をしている担当者から電話をいただき、今後の方針&対策打ち合わせなど。
いや〜、面白い取材対象物をみつけてしまったので、ほんと、楽しいです。

と書いていたことが判明。フジの件を自分で探したわけでもなく、さらには当初は何の思い入れもなかったことが暴露されて更に2ちゃんねる読者の嫌悪感を増やす結果となる。
伏木悦郎 自動車評論家。FR、MT、セダンを理想の車として理屈っぽい文章を書くことが特徴。国沢氏とは反目しあっているようであり、何度も国沢氏を批判した(と思われる)日記を書いている。2ちゃんねるでは発言や記事が非難されることもあるが、仕事自体が批判されることはまずない。個人的には、本性は激情家ではないかと思われる節があるが、それを強烈な理性で必死にコントロールしているかのようである。とすれば理屈めいた文章も納得できるのだが。(ついでに言えば国沢氏に敵意?を抱くのも…)
「接待を受けるのも仕事のうち」と開き直る国沢氏に絶句したり、国沢氏を「おまえのそういう言動が他の同業者に迷惑をかけているのだということがわからんのか!」と叱りとばした、という噂がある。
現在は彼の更生をすっかり諦め、もはや「話題とするのも、比較対象とされるのも嫌」らしい。
2003年にCOTYの選考委員から外れてしばらくして、HPの更新も停止。アナウンスもなく実質的休止状態が続いており、掲示板の常連も去っていったようである。
富士重工業株式会社 戦前の中島製作所の流れを汲む会社。汎用小型エンジン、小型航空機、自家用自動車等を製造する。特に自動車は癖のある車で、根強いファンが多く、彼らは「スバリスト」と呼ばれる。
かつては総会屋や国会議員への利益供与、リコール隠しなどで問題になったことがある。小型航空機に関しても、航空自衛隊の中等練習機調達では、遥かに高性能で安価な海外製(ピラタスPC-7Mk.II)をさしおいて旧式の改良型T-7が落札されていたり、どうもきな臭い。
国沢氏に対しては、長野五輪で使用したレガシィの払い下げやラリー参戦の援助など、不自然なまでの肩入れを行っており、その関係が疑われている。
不肖名無し 2ちゃんねる国沢氏関連スレッドのコテハンの1人。またの名を「タコ」。オフラインミーティングには必ずといっていいほど参加する常連。
ふっさーる 2ちゃんねるの車板に古くより生息する名物コテハン。国沢氏スレッドにもまれに現れる。哲学的にも似た長文を書くことが多く、示唆に富むこともあるが、長文がウザい、くどい、ウソツキ等、2ちゃんねるの住人からよく叩かれる。本人はそれをまったく気にとめていないようだが、それもまた一部の方は気に入らないようだ。
フレディ・スペンサー 元世界チャンプのモトレーサー。「ファスト・フレディ」の異名をとる。国沢氏の中古バイクバイヤーズガイドの著書の背表紙に、国沢氏自身の紹介の写真中に国沢氏の横に国沢氏より少し小さく写り、「隣はスペンサー選手」という脚注が書かれ、まるで国沢氏の引き立て役(?)のような扱いをされた。
ボイン乗り 「ボイン」とはボーイングの略であって女性の胸部のことではない。現役の飛行士。国沢氏が航空機に関する知ったかぶりのことを述べると2ちゃんねるに現れて批判して去っていく人物。2005年になってからは登場していない。
北陸の流れ星 初期のkunisawa.net常連。一部には人気があった「流れ星大辞典」を作成した。2000年中盤よりkunisawa.netから姿を消す。
干し首 2ちゃんねる内での岩貞るみ子氏の蔑称。某雑誌に掲載された彼女の写真で、首の筋が非常に目立ち、かつ生首写真のようにも見えたことから「これじゃまるで干し首だ」ということで名付けられた。 「☆首」と書かれることもある。
これ以外の彼女の蔑称は、「ゴチ貞」(日記では、誰かにご馳走になったような話題がおおいため)、「イヌ貞」(便宜をはかってくれるメーカーに尻尾を振るため)などがある。
星野一義 インパル代表。元レーサーで、「日本一速い男」と呼ばれた。かつて掲示板で星野氏のファンサイトの宣伝がされ、国沢氏は「当然ファンです!」と回答。
しかし、記念すべき初代スレ、≡国沢光宏≡ における、2レス目はこれであった。

≡国沢光宏≡

1 名前: 国シ尺 投稿日: 2000/09/14(木) 13:51
俺について語れ。

2 名前: 星野一義 投稿日: 2000/09/14(木) 13:54
君のこと知らない。ごめん。
本田博俊 故本田宗一郎氏の実子。(株)無限社長。同社の脱税疑惑発覚時に、国沢氏は「本田氏はそんなことする人じゃない。おおかた本田技研から来た専務(広川氏)の仕業だろう」と書くが、後日、本田氏はあっさり容疑を認める。当然、その後の国沢氏の見解はない。
ボンバー池田 自称自動車批評家。座学独学で得た知識で自動車メーカーなどに対し毒舌を吐く。
内容には一理あるものも多いが、いかんせん実績が伴っていないため、その独特の喧嘩を売っているような文章は反感を買うことも多い。今後もこの路線でいく方がよいか、知名度があがってから変更する方がよいかの判断は難しいところであったが、ある日、WEBの毒舌コンテンツを一切削除した。
努力もせず「ドリフトでちゅらちゅらちゅーちゅー」という試乗で車を評価するヒョウロンカを毛嫌いしているようである。

マサユキ 自称「某大手IT会社のSEで起業家の卵」。 2006年の畑野氏のラリー参戦の資金集めを担ったが、甲田氏の番組に出たり戦績報告パーティーを開いたり あれやこれやと画策するがどうもそれらのことごとくが失敗に終わったらしい。2007年は何をしてるのか不明。
mixiの自己紹介のページではグラサンでカッコつけてたり真剣?で居合いぬきしているポーズがあったりしたため 「アブない奴」と叩かれることにもなってしまった。そりゃ生活感ありまくりの部屋でカッコつけられてもなあ。
M(匿名希望) W大学出身の某自動車評論家。「国沢なんかとつきあうな!レベルが低くなるぞ」と大学のOB会で語ったらしい。
松岡洋三 本田技研元広報。マスコミ関係者から「ホンダの顔」とまで呼ばれた人物。血栓による左足切断という不幸に遭う。岩貞氏は「左足切って健康になってよかったね」と言いあえる仲と公言しているが、単に松岡氏の懐が限りなく深いだけではないかと思う人は多いはずである。 2005年4月、永眠。
マッカキンポ 又は「携帯マッカキンポ」。2ちゃんねるの国沢氏スレッドを携帯電話から荒らす行為をする人を貶してこう呼んでいる。なんでこういう名前になったのかワシもワカランので誰か教えてください。
松下宏 自動車評論家。価格からみたバイヤーズガイド方面での評価が特徴。その割り切りが見事で、かつ文章も普通、ポイントも押さえており、記事自体が批判されることはほとんどない。国沢氏とは対談記事に参加する機会も多く、日記へのリンクも貼られているが、あくまで大人の接し方をしているようである。BCの対談では「国沢」と呼び捨てにしているので力関係は歴然だが、同対談で国沢氏から「松下さんは車が好きじゃない」と暴言を吐かれている。
松本明彦 自動車カメラマン。国沢氏がkunisawa.netのTOPに書いた「安全確認をしない横断者には警笛で警告すべきだ」という意見に掲示板で反論するも、国沢氏を信奉する常連の集中攻撃を浴びる(この際、投稿の掲載操作が行われていたかどうかは不明)。
見かねた2ch読者が直接メイルを送って助言したところ、「よくわかった。精神衛生上、もうあそこには書き込まない」と返事をくれたらしい。
三本和彦 自動車評論家。大御所の1人。2ちゃんねるでも常にスレッドが立つ。「不躾棒」を使った新車紹介番組が人気。やたらとAピラー角度にもこだわる。
業界の接待路線を作ったといわれるが、読者にはその気配を感じさせず、記事も破綻が無く、ラジオ「こども電話相談室」でも子供相手に技術説明までこなすため、2ちゃんねる内での評価は高い。 2005年春、その名物番組を自ら降板する。
Mr.Dusk 普段は2ちゃんねるの「名無しさん」の1人。2002年の「ダイビング祭り」において国沢氏と対決。勝敗は…というより最初から勝負などしていなかったようにも。
2001年頃、kunisawa.netにて国沢氏に意見をした人物。現在は恐らく403。
(・x・)
【みひ、みっひー】
2ちゃんねる国沢氏スレッドのコテハンの1人。2004年春のオフラインミーティングにスベやんを引っ張り出してきて、国沢氏スレッドに居つかせた張本人。
本人曰くこれはネタキャラ。当初ネカマ疑惑もあったが、どうやら本当に生物学的に♀であり、しかも巨乳らしいとの噂。
2005年春頃よりスベやんとは絶縁状態のようである。食い物、特に肉と甘味の話に非常に弱い。
巳之助 kunisawa.net元常連?国沢氏に対し媚びず、中立の立場か敵対する見解をとりつづけ、403となる。車体整備関連に詳しい。
ミハエル・シューマッハ 2004年現在、無敵に近い実力を誇るF1ドライバー。2000年より2003年まで連続してチャンピオンとなっている。
2002年オーストリアGPにおいて優勝し、全サーキットでの優勝という偉業をなしとげたが、国沢氏はその際、「シューマッハがどうしても全サーキットで優勝したいとダダをこねてチームからバリチェロ(2ndドライバー)に、シューマッハに1位を譲るようチームオーダーを出させた」と、どのメディアでも話題になっていないことを掲示板に書き込み、ソースは一体何なのかと物議をかもしだした。
(実際には、このGPの表彰式でシューマッハは表彰台に勝手にバリチェロを中央段に上らせて手をさしあげている。『真の勝者はバリチェロだ』というアピールなのであろう…)
国沢氏はこの件(ソースは何か?という疑問)については「疑問があるならシューマッハに直接聞けば?」という、ジャーナリストとは到底思えない返答をしている。
模した人 「風味な人」の項を参照

山内伸弥
ラリースト・レーシングドライバー。日本ではじめてスポンサー契約を結んで全日本に参戦していたプロラリードライバー。主にアドバン・ラリーチームで活躍し、全日本ラリー・シリーズチャンピオンに7度も輝いている。海外ラリーでも実績があり、FIAのシード権を持つ。ベストカーガイドにて記事を書いていたこともある。ラリーテック・アンクルを経営するかたわらスーパー耐久に参戦している。
若い頃は気合が入って来ると「キェーッ!」などと奇声をあげてコーナーを攻め、異様に速かったらしい。 2004年のラリージャパンのエントリを受理されなかった国沢氏とは反対に、山内氏と前出の竹平氏コンビはあっさりと受理される。両名とも輝かしい実績があるので当然か。
山崎 別名「弟子1号」。国沢氏の最初の弟子(助手?パシリ?)。自称「群馬最速のパジェロミニ」に乗る。
kunisawa.netに最初に投稿された記事は見るに耐えられないものであったが、徐々に見られるようになってきた。しかし既に師匠の影響がみられ、根拠無き行政批判、金への執着が気になるところである。誤字指摘掲示板の管理もしているが、返答にはまったく要領を得ないものもあり、ここにも師匠の悪影響があるとの指摘もあり、2chでは「早く師匠を変えろ」という意見が大勢をしめていた。
2004年は新型車発表会にkunisawa.netの名刺を持って取材をしており、「あれはメディアとは認めづらい」と各社広報は困惑していたようである。
2005年3月、表向きは「家業の都合で」国沢氏のもとを去る。
山崎(2) CAR MODEにて記事の執筆を行っている人物。上記の山崎氏と同一人物かどうかは不明。まるで国沢氏が書いているかのような文体のことがたまにあり、架空の人物ではないかと疑われている。
山野哲也 GTレーサー。「一般のライターは口ばかりで、実際にはクルマの性能の殆どを引き出せてない。良く使われる『限界性能が…』って言葉も、レーサーにいわせれば『限界より遥かに低いレベル』の話で、実際には200馬力以上のクルマはとても乗りこなせてない、その程度。書いてる記事も、大半がプレスリリースの丸写しで、文字通り『読む価値がない』」と語ったといわれる。
やまむらとおる kunisawa.netの元ミッション親方。プチ親方時代は2ちゃんねるで自作イラストが貶されたりして、さんざん叩かれていた(現在はWEBから消えている)。国沢氏の「白タク容認発言」が元で、国沢氏に見切りをつけプチ親方を脱退。その後、掲示板で国沢氏と対峙する。
国沢氏や国沢野郎から「頭を下げたらまた仲間にしてやるぞ」という意のことを言われるが、ご本人にその気はまったくないようだ。2ちゃんねるではまれに「さすが元信者だな」などと叩かれることもある。
山本 CAR MODEにて記事の執筆を行っている人物。詳細不明。しかしその文章の端々には山崎(2)氏と同様、国沢氏らしい言い回しがみてとれるという。
YUTA kunisawa.net常連だが、掲示板には姿を見せず、主にオフミやカート、国沢氏の車両の改造などに姿を見せ、国沢氏とはリアル社会でのつきあいが深いようである。仮免許時の国沢氏のご子息をR34型スカイラインGT-Rに乗せてみる(しかもフルスロットルを経験させる)という無茶なことをさせる。HPを持っているが、その中での文体は軽く薄い。
洋風菓子 別名YOYOYO。kunisawa.net中興の常連の1人。極めて読みづらく意味がわかりづらい文章を書く。「高速を170km/hで走っている」などという書き込みなどで批判を受ける。国沢氏を信奉しているわけではなく、掲示板での常連の話を見に来ていたようである。ある意味、「天然バカの車好き」。掲示板参加者のレベルが低下していったせいかどうかは不明だが、2002年半ばよりほとんど顔を出さなくなる。

ラパン 2004年、ETCの件について国沢氏に対する意見をkunisawa.netの掲示板に書き込んだ人物。国沢氏と意見を同じくする常連の反撃にあう。
しかしいつのまにか彼の発言はいくつか消され、「あれ?ラパンさんの書き込みは?」との常連の問い合わせに「間違って削除してしまった」との管理人の返答とともに再度掲載される。その書き込みがあまりの正論であり、国沢氏自身の主張の影が薄くなると思い、故意に消したのではないかとも言われている。
これ以降、掲示板には現れていない。403疑惑がとりざたされている。
リチャード・バリー・ジョーンズ 2001年時の米国フォード副社長。 2001年のTMSで国沢氏のインタビューを受け、「フォードは技術力がないと日本では思われている」「フォード車はパンクしたくらいで横転する車を作っているのか?」などの質問をされる。終了後、ため息混じりに「やれやれ。想像力豊かなプレスの相手も大変だな」とつぶやき、会場の大爆笑を誘ったといわれている。
るい・さいふぁ 2001年頃、kunisawa.netにて国沢氏に意見をした人物。現在は恐らく403。
レガ
Road Runner 2001年頃、kunisawa.netに潜入した「草」。密かにkunisawa.netでの誤知識を訂正する書き込みを続けていたが、2001年8月、kunisawa.netのあまりの横暴ぶりにキれた書き込みをしたら、発言削除の上、403となる。
ロルフ・エクロート 三菱自動車前社長。国沢氏は当初「外国人が社長になったからといって騒ぐのは器が小さい」と述べていたが、人事や車名等の決定につけ次第に「やはり外国人はダメだ」と彼への批判を繰り返すようになっている。ご本人は「自分が乗って『いい』と思った車じゃなければ市場には出さない」と言っている「カー・ガイ」(徳大寺氏談)らしいが・・・。
2004年、販売不振の引責辞任の際にも国沢氏はエクロート氏を容赦なく叩いた。

渡辺靖彰 日本のモータリゼーション黎明期より活躍した大人物。モーターマガジンの前身「ザ・モーター」を主宰。業界に多大なる影響力を有していた。自動車メーカー広報に「COTYが欲しければもっと金を使わなきゃダメだ」と言い、今日のCOTY接待漬けの礎を作った1人とされている。2002年に永眠。
岩貞氏は本田技研退社後、まず彼の事務所に押しかけ秘書となりコネを作っていったようである。
わっつ 2ちゃんねる国沢スレッドのコテハンの1人。
(名前等を間違えてしまっている場合はお手数ながらご指摘下さい)