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4−7(2)  接待よ、もっとCOY    -続・内幕ばらし-
[序言]

もう何年も前のことである。ある業種の入札にて、談合が行われているとの新聞報道があった。

その数週間後、筆者はその業種のとある企業に就職した、大学時代の同級生と会う機会があり、酒の席でのこともあり、このことについて尋ねた。「おまえのとこ、いま騒がれて大変だなあ」と。

以下は、その時の会話である。意図的にぼかしてある箇所があるのはご勘弁願いたい。
「でもなあ、あれは仕方ないんだよ」
「なんでよ?」
「いまどこも不景気だろ?それで、案件といえば公共事業とかしかないし、その上俺がやってるモンって今一番注目されてるじゃん」
「まあそうだな、先のあの事件のこともあるし、皆の関心も高いわな」
「だろ?その上に、設計しようと思えば、ある程度の○△系のノウハウがあれば結構新規参入できるんだよ」
「そうか?でも××の処理とか考えたらかなり難しいだろ。規制も厳しいしさ」
「それはもちろんこれまでずっとやってたメーカーに強みがあるんだけど、新規参入者は『同等のができます!』とか言うわけだ。実績なんかないのに」
「実績ならおまえのとこ強いじゃん。『過去に実績のある企業で…』とかの加点項目くらいあるだろ」
「それがさあ、新規参入者は価格を思い切り下げてそっちで勝負してくるわけだ」
「常套手段だな」
「そう。富士通が昔1円でスパコンを入札したけど、あれはメンテナンス費用やソフトウェア資産で元がとれると見込んでいたんだ。けど俺がやってる業種って、そうじゃないだろ?」
「待て待て。ってことは、1円並みなのか?(笑)」
(筆者注:現在は極端に低い入札価格は禁止されているのでこれはもちろん冗談で言ったのである)
「近いな。うちやこれまでの他の競合企業の原価に毛が生えた程度なんだ。新規参入だからこれまでの設計ノウハウや設備なんかもないから、それも入れたら絶対に大赤字だよ。企業努力のコストダウンなんて言ってるがそんなのどう考えても嘘っぱちだよ」
「…まあ最初はそれで実績を得ようという気もわからないではないがなあ」
「それが単発なら別にいいんだよ。でも公共事業の入札でやられるだろ?その最安値が、今後の別件の入札での価格の基準つうか、入札予定価格になっちまいつつあるんだよ」
「そりゃたまらんな」
「新規参入者は最初は赤字でも次には利益を出すつもりのはずなんだろうが、結果として業界全体の足をひっぱってね。どこの企業でも、赤字じゃないと絶対に応札できないような案件が次々と出てくるようになってしまったんだ」
「なんか俺のとこも似たようなことあるなあ。『定価の1割で入れろ』なんて無茶なトコもあったし…いくら何でもうちは辞退したがね(笑)。受注した企業の技術者は泣いてたよ」
「それもすげぇな。まあ、こっちは、そういうことになってしまったんで、昔からやってたメーカー同士が『このままではまずいだろ』と、無理な価格提示はやめようじゃないかというコンセンサスができて、各入札案件についてしかたなくああだこうだと話し合っていた、というのが真相なんだ。まあ結果的に談合には違いないんだが」
「うーん。なんか利益を独占する、というのとはちょっと意味が違うような」
「そうなんだ、そんな裏事情なんか誰も知らないじゃん。公共事業だからオンブズマンとしては、入札案件について業界でそういう価格の話し合いがされたってことは、すなわち自分の税金を不当に特定業者の懐に入れられたって感じるだろうな。
でも実態は言った通りさ。俺達だって本当はこんなのしたくないさ。でも、しなきゃ業界自体が潰れる恐れがあったんだ。それもこれも、原価とか工数とか人件費とか品質とかの観念がなくて、ただ安けりゃいいという妙なコスト意識だけあるバカな担当どものせいなんだけどな」

「で、その赤字で入札した新規参入企業のモノってのは?」
「やはりあちこちケチった割に、変なところで冗長なとこがあったり、チグハグで酷い出来なもんだよ。そのうち手抜き工事も露見するんじゃないの?」
「勘弁してくれよ」
「おまえが住んでるとこには関係ないから安心しろよ(笑)」
どの業種のことかは明言を避けておくが、一見不当に見えることでも、このように何かの事情があることがあるのである。
この事件は、このような裏事情が明らかにされることはなかったし、続報もされなくなった。

4-7で述べたCOTYにしても、それぞれの組織のそれぞれの事情が存在する。接待漬けとなろうが不当操作をしようが、それは何らかの意図があってのことで、それによるメリットがあると判断されるからである。

だが、そのメリットを得るために、隠さねばならないことを、当事者がべらべらとしゃべってしまい、かつ開き直ってしまうと、それが知られた時のデメリットは、メリットを完全に打ち消してしまうことがある。数多くの人に知られるようになればなおさらであろう。

これは、そんな「権威になりたいが、内情暴露のせいで権威になりきれない」COTYの、2002年〜2003年にかけてのWEB上での暴露話の考察である。
● COTY実施規約

日本カー・オブー・ザ・イヤー(以下COTYとする)の歴史は、そう新しいものではない。しかし、これは筆者の観察&認識不足かもしれないが、この選考基準や実施規約を名文化されたものが広く知らしめられることはほとんどなかったのではないかと思う。

2003年、COTYの公式サイト開設に当たり、この規約が掲載された。以下はその一部引用である。
日本カー・オブ・ザ・イヤー実施規約

(略)

【目的】
市販を前提として日本国内で発表される
乗用車の中から、年間を通じて最も優秀なクルマを選定し、そのクルマに日本カー・オブ・ザ・イヤーのタイトルを与え、そのクルマの製造者ならびに設計者を称える。

◆特記事項◆
1.日本カー・オブ・ザ・イヤーは
特定の個人、企業、機関等の為のものではなく、クルマに関心を有するすべての人たちのものである。
2.日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考は
特定の自動車メーカー、特定の媒体の政策、利害等によって左右されるものではない。
3.日本カー・オブ・ザ・イヤーは毎年1車のみとする。

【主催者】
日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員会が主催する。

【実行委員会】
(略)
実行委員会は以下の事項を決議出来る。
1.運営に関する規約を改定すること。
2.選考委員を選び、選考を委託すること。
3.該当年度の選考対象車を選定すること。
4.必要に応じて特定の問題に関する小委員会を設置すること。
5.
組織の名誉を著しく傷つけ、または不等(筆者注:不当の誤字?)行為のあった実行委員および選考委員を、訓示または解任すること。
尚、実行委員は選考に当たり投票権をもたない。

(略)

【選考委員】
選考委員は実行委員が推薦し、実行委員会で承認された個人で、本規則に基づく対象車の選考・投票を委嘱される。選考委員は無報酬とし、その任期は1年とする。
選考委員は年間を通じて新しい乗用車に触れる機会が多く、自動車に対する独自の評価が可能であることが必要である。選考委員は自動車メーカーまたは自動車関連団体と雇用関係を持った段階で選考委員の任を解かれる。
(略)

【選考基準】
選考委員は対象車についてコンセプト、デザイン、性能、品質、コストパフォーマンス等を
総合的に評価して選考する。
(略)

【賞典】
最終選考で最高点を得たクルマに当該年度の日本カー・オブ・ザ・イヤーのタイトルとトロフィーを与え、その栄誉を称える。第一次(ノミネート)選考の結果ノミネートされた10車(10ベスト)および特別賞もこれに準ずる。

【ウィナーの権利と義務】
当該年度の日本カー・オブ・ザ・イヤー、10ベスト、特別賞の各タイトルを獲得した自動車メーカー等に対し、広告、宣伝等にそ
の事実を使用する権利を与える。ただし、国内外を問わず次の義務を守らなければならない。
1.賞の正確な表示(年次を含む)をすること。
2.選考当事者によってなされたコメントを使用する場合には実行委員会の承認を得た上で発言者の氏名を付すること。その内容は周辺状況を正しく表現したものであること。

以上
(略)


(日本カー・オブ・ザ・イヤー公式サイトより引用)
筆者の見たところ、この実施規約はお粗末な代物である。

まず、用語の使用が統一されていない。目的の項目からして「日本国内で発表される乗用車の中から、年間を通じて最も優秀なクルマを選定し」である。この場合本来なら徹頭徹尾、「乗用車」としなくてはならないと思われる。
(「クルマ」なら意味は「乗用車」より広いはず)
もちろん親しみやすい表現をしたという意図もあるだろうが、規約にそんなものは必要ないのではあるまいか。

次に、称えるのは「クルマの製造者ならびに設計者」と明記されているので、よく覚えておいて欲しい。

更にCOTYは、「クルマに関心を有する全ての人のもの」であり、選考は「特定のメーカー、媒体の政策や利害で左右されない」とも書いてある。ここで重要なのは「特定の」の文言で、かかるのは「メーカー」と「媒体」である。
「選考は(選考委員や実行委員の)個人の利害では左右されない」とは書かれていないのである。

また選考委員は「年間を通じて触れる機会が多いこと」「独自の評価が出せること」という項目と、実行委員の推薦により、総実行委員の過半数の承認を得ることが必要、という項目があるのみである。
そして、「雇用関係を持ったら解任」であって、
「利害/契約関係を持ったら解任」ではないのだ。

もう、この段階で既にお分かりであろう。いくら実行委員&選考委員を接待しようがお届け物を送ろうが、それはあくまで組織に対するものではなく個人に対するものであるとすれば、COTY実行規約ではそれを禁止する条項は存在していないに等しいのである。

実行委員、選考委員は媒体の代表とその委託者であるから、規約には個人的な利害でも左右されないのだと解釈する向きも出てこよう。だが、上の規約でそこまで読めというのは難しいばかりか、選考委員個人と企業との利害関係によって投票がなされていることをうかがわせるようなことがあまりにも多い。

加えて、何がおかしいかといえば、選考前日にお祭りとなってしまうということである。
ノーベル賞にせよ直木賞にせよ、祝うのは受賞後のパーティーの席上であって、選定前にドンチャン騒ぎをなどしていない。選考前にこのような騒ぎをするということは、一体そこで何が行われているのか邪推するなと言う方が無理な注文であろう。まあ当然、選考会の開催規程・要領などは何も公開されてはいないのだが…。

まあいずれにせよ、この規約は「外向けにとりあえず公正にやってますよというポーズを示したイミテーション」にすぎないと筆者は感じた。

● 2002-2003年 COTY

2002〜2003年のCOTYは、フェアレディZを僅差で破ったアコードであった。この結果は賛否両論が激しく、WEB上でも活発な意見交換がなされた。

その最大の激震地は、土屋圭一氏の掲示板であっただろう。 土屋氏は言うまでもなくドリフト至上主義者であり、後輪駆動派である。しかし彼が最高の10点を投じたのは、フェアレディZではなく、自身がレースで乗車している車のメーカーであるホンダの車、アコードであった。 Zはたった4点、MB Eクラスの6点よりも低かった。土屋氏であれば−常日頃からFRの復権をと声高に叫んでいた土屋氏であれば−Zに10点をつけると思っていたファンは激怒し、掲示板は大荒れとなった。

そして土屋氏は掲示板の発言を完全削除の上、「個人的なイチ押しはNSX-Rだ。しかし、COTYの性格を考えて選ぶなら、アコードなんです」と弁解した。 しかしこれも火に油を注ぐことにしかならなかった。
結局、理由は不明であるが土屋氏は2003-2004の選考委員から外されている。

さて、この騒動に隠れてはいるが、国沢氏も自身のページにて細かな問題発言を行っていた。
9月19日 
今年もCOTYが話題に上がるようになってきた。自動車業界のお祭りみたいなもので、もちろんヨーロッパやアメリカなど長い自動車文化を持つ国や地域でも大いに盛り上がる。(略)

 
自動車メーカーは、賞そのものを取ることはもちろん、その年に発売したクルマや新しい技術を知ってもらう良いチャンスだと考えているようだ。確かにお祭りは、その地域の良いPRになるし、お祭りに関わった人達(主催者も御神輿担ぐ人も、見に来る人も)の気持ちを盛り上げてくれる。だからこそヨーロッパでもアメリカでも長く続くイベントになっているのだと思う。(略)以下、最新の情報を(輸入車は動きあるメーカーのみ)。

(略)
・ホンダ 10月に発売のアコードが有力候補。すでにプロトタイプの試乗会を行っている。今年から広報スタッフが大きく入れ替わった。
どんな作戦を組むか?
(略)
・マツダ 最近元気なマツダはアテンザとデミオが候補に上がっている。日産同様、票割れしてしまう可能性大。マツダとしてはアテンザで勝負したいようだ。
(略)
・スズキ 
ラパンが売れているのに動き無し。一生懸命クルマ作りをしているスタッフのためにも、少しは頑張ってあげればいいと思うのだが。
(略)


9月23日 
VWの小島さんから電話あり「ウチのポロもお願いしますね!」。あらら。今年は様子見かと思っていたら、そんなことないらしい。考えてみればVWって輸入車の売れ行き1位。加えてポロは主力車種の一つなのだ(主役はゴルフ。続いてニュービートル、ポロと続く)。しかも新型ポロ、予想以上に売れているし。
「皆さん解っていないようですよ、10ベストも危うそうな雰囲気濃厚」と答えたら「そりゃ困りました。頑張りますから応援してくださいね!」お祭りはいろんな人の参加で盛り上がる。


9月26日 
今年から特別賞に代わり『テクノロジー』と『ベストバリュー』『ファントゥドライブ』の3賞が創設される。10月31日までに投票し、11月13日に発表されるという、なかなか悩ましい賞。もちろん本賞とのW受賞だって十分ありえます。ワタシはベストバリューに『フェアレディZ』。ファントゥドライブは『カルディナ』を考えているのだけれど。
カートップ誌の「COTY直前情報」がギョウカイで大いに話題となっているようだ。ちなみに読者投票を含めた総合1位はフェアレディZ。選考委員だけの順位ならミニだった。

10月7日 
日記のリンクをしている松下さんによれば、日産は一次投票でフェアレディZを『ファントゥドライブ』と『10ベスト』に入れてもらい、さらに本選でも大賞狙いで行くのだとか。可能性としては十分あると思います。
ただマツダやホンダだってやる気満々。そう簡単じゃありません。来週あたりから、いよいよ部門賞の3つに激しい盛り上がりを見せそうな気配。


10月9日 
BMWから電話あり「7シリーズでモーストアドバンスドテクノロジー賞を考えているのですが」。この賞、ワタシはアコードのHIDSだと思っているので「それよりミニでベストバリューを狙うべきでは?」と答えておいた。実際、ミニは内容を考えればお買い得だと思う。他にベストバリューの有力候補は無いし。ベストバリューを狙い、さらに大賞も視野に入れるといい。



10月22日 
マツダが『ファントゥドライブ賞』を意識しているらしい。確かに今年のマツダは『Zoom Zoom』(クルマの楽しさを表現する擬語)というコンセプトを全面に打ち出している。アテンザもデミオもマイナーチェンジしたMPVも、走る楽しさという点で共通性あるし。対抗馬であるフェアレディZは、スポーツカーとしての「走る楽しさ」を探求している途中。むしろ生まれ変わった日産の象徴でもあるフェアレディZなんだから、本賞を狙うべきだと思う。『二兎を追うもの一兎をも獲ず』。ワタシは本賞で高い点を投じたい。一方マツダの場合「ファントゥドライブ賞が取れればこれ以上嬉しいことはないです」。これで一つ決定。ファントゥドライブ賞は『アテンザ』にします。

10月27日 
一次選考の10台を決定しました。
なるべく数多くのメーカーに最終選考に残って欲しいということで、各社1車種ずつとさせていただいた。(略)

11月7日 
3賞が混沌としている。選考委員仲間に聞いてみると、けっこうバラバラ。モーストアドバンス賞のみアコード優勢ながら、ベストバリュー賞もモーストファン賞もいろんな車種が出てくる状況。ベストバリュー賞はミニ派とZ派に。モーストファン賞もコペン派とZ派で割れている感じ。ちなみにワタシのアテンザとサイファは誰もいませんでした。開票してみるまで全く解らないと思う。けっこうワクワクします。

11月11日 
外れたら大恥書くことを承知でCOTYの予想などしてみたい。本賞のベスト5はフェアレディZ。アコード。アテンザ。ミニ。Eクラス。個人的には挙げた順番で有利だと思っている。果たしてどうなるか? 3賞だが、硬いのはアコードのモーストアドバンスドテクノロジー。これ、相当確実。速報は掲示板で!

11月13日 
カー・オブ・ザ・イヤーが『アコード/アコードワゴン』に決まった。(略)日産は事前に「モーストファン賞」(楽しいクルマ)もお願いしますと2兎を追った。「小さな兎」でいいなら「大きな兎」はいいでしょう、と考えた選考委員も居たかもしれない。最初から「大きな兎」一本狙いだったのがホンダ。しかもアコードは素晴らしいクルマである。これだけの完成度を実現するには、並大抵の苦労でなかったと思う。開発スタッフの方、おめでとうございます! 今年は丸刈りや金髪を賭けられなかったのが少し寂しかったですけれど。参考までにCOTYのWebサイトもあります。またオールアバウトにもCOTYのレポートを書きました。

(kunisawa.net 2002COTYの項より引用)
上がCOTYのまとめのページで、下が日記、及びTOPのミニ評論である。「モーストファン」を「ベストファン」と間違えているのはご愛嬌である。
11月12日 
(略)
終了後、ダッシュで新宿駅に出て17時初の『スーパー』あずさ。普通のあずさと同じ所要時間だし、車内だって別に変わりなし。ナニがスーパーなんだ? 18時54分小淵沢着。6時間以上電車乗ってます。そのままスーツに着替えて前夜祭。いつも通り自動車メーカーの方々を迎え、
クルマ談義で2時過ぎまで。


11月13日 
8時から朝ゴハン食べて(パンですけど)9時から試乗。
(略)
開票後、今年も産卵した後の鮭の気分。加えて枯れススキ状態とあって、早めに小淵沢駅へ(雪の中、ホテルのエントランスでタクシー待ってたら選考委員のこもだ氏に送って頂きました)。予定より早い便に変更し、東京まで戻る。その足でラジオ日本の収録。 


11月13日 
カー・オブ・ザ・イヤーが『アコード/アコードワゴン』に決まった。私はフェアレディZに10点を投じたものの、27点差の2位。これが59名の選考委員の点数です。満点の人数でフェアレディZは20人とアコードの15人を凌いだが、0点も13人。対してアコードに0点は3人しか居ない。日産は事前に「ベストファン賞」(楽しいクルマ)もお願いしますと2兎を追った。「小さな兎」でいいなら「大きな兎」はいいでしょう、と考えた選考委員も居たかもしれない。最初から「大きな兎」一本狙いだったのがホンダ。しかもアコードは素晴らしいクルマである。これだけの完成度を実現するには、並大抵の苦労でなかったと思う。開発スタッフの方、おめでとうございます! 今年は丸刈りや金髪を賭けられなかったのが少し寂しかったですけれど。参考までにCOTYのWebサイトもあります。またオールアバウトにもCOTYのレポートを書きました。



(kunisawa.netの日記、およびTOPより引用)
これだけではなく、国沢氏はAll Aboutにもレポートを書いている。ここでも「モーストファン」を「ベストファン」と間違えてはいるのだが。
2002-2003日本カー・オブ・ザ・イヤーはアコードに!カー・オブ・ザ・イヤー決定! 2002/11/14

(略)

投票結果を分析してみると、10点(満点。必ず1車に入れなければならない規則)はフェアレディZの20人に対し、アコード/アコードワゴン15人。ただフェアレディZに1点も入れていない選考委員も13人居る。アコード/アコードワゴンの3人と大差。なぜか? 
日産は部門賞である『ベストファン賞』にフェアレディZを入れて欲しいとアナウンスしていた。これを聞いて「それなら本賞は欲しくない」と判断した選考委員もいたんじゃなかろうか。もちろん見事COTYに輝いたアコード/アコードワゴンは素晴らしいクルマだと思う。3位にミニやベンツEクラスを抑えアテンザが入った。ここ数年、評価されるクルマを持っていなかったマツダにとって大殊勲である。部門賞は『ベストファン賞』にフェアレディZ。『モーストアドバンスドテクノロジー』がBMW7シリーズ。

(All About Japanより引用)
というように、多少喉に小骨が刺さったような発言はあるものの、ことNet上に関しては前述の土屋氏の騒動に隠れて、国沢氏の投票は常日頃の言動からもさほどの問題もなさそうであり、「見直した」とする意見も出ていたのである。



さて、こうまでしてアコードが獲得したCOTYの座であるが、その効果はあったのであろうか。

確かに2002年12月は6000台を超える登録台数で、TOP20にランクインしている。しかし、その後はランキングからは全く姿を消している。

現在、WEB上で検索できるのは、Goo-netのページのみである。ただしここでは「普通乗用車区分」としてのアコードの登録台数しか(全ては)表示されていないので車種別総数とはいえないのだが、一応の目安にはなるだろう。
アコード【( )内は小型】 アテンザ(2.3L) プレミオ ブルーバード レガシィ
2002.10 -(発売前) 2177 3882 2163 2081
2002.11 1975(1971) 1930 3998 2390 2764
2002.12 2195(4191) 1683 3096 1891 3715
2003.01 1686(1101) 2110 2986 2117 2219
2003.02 1955 2238 4769 3674 3984
2003.03 3793 2800 7518 6207 7460
2003.04 1243 1174 2782 1853 1636
2003.05 1067 1583 3576 2648 3053
2003.06 1356 1453 3693 2817 (FMC)6821
2003.07 1436 2108 4002 3045 10432
2003.08 929 1453 2285 1723 3314
2003.09 1352 2180 3619 2936 7194
・・・正直、どこにCOTY効果が出ているのか疑問である。5月以降は2002年RJC COTY受賞のアテンザの後塵を拝したまま。2002年11〜12月にかけての売上は多いが、それはただの新車効果ともみることができる。実際、2003年6月〜7月のレガシィを見れば、そのような現象があるのは一目瞭然である。(もっとも、レガシィに関しては各誌での評論家の褒めちぎりようも尋常ではなかったことも影響しているかもしれないが)

3月の決算期には登録台数が前月から2倍近くに増えているのも、どの車種も同じようなものである。それでも、2月のブルーバードやモデル末期のレガシィ並みの登録台数でしかない。

いずれにせよ、アコードの登録台数データから得られるのは、ひいき目に見ても「COTY受賞効果があるのは、せいぜい2ヶ月間。それと決算期(3月)まで」という結論でしかないのである。


● 選考委員漏れ

2003年、選考委員の選定基準が変わったのか、COTYの選考委員が大幅に変わることとなった。 ここで漏れた1人が前述の土屋氏であるが、他にも有元正存氏、清水草一氏(辞退)、前澤義雄氏などがいた。 そして伏木氏も漏れることとなってしまったのである。 その落胆ぶりは、彼の日記からもうかがえる。

2003年4月16日 
昨夜置いていったS2Kを新宿に取りに行き、築地〜八丁堀経由でサザンゴルフ。なんとなく身体を動かしたくなったからだが、暫くして携帯が鳴った。聞き慣れたCOTY実行委員長の声で『ごめん、残すことができなかった』即座に意味を解した。
2003〜2004日本カーオブザイヤーの選考委員の選考に漏れたということである。

決まったことにことさら食い下がっても仕方がない。当方の立場はただ実行委員会に委嘱されているだけにすぎないのだから。日曜日に届いたメールの内容からある程度は予測できたことだが、リストラされたような感覚で少し身体が重くなった。

1987年に委嘱されて以来、昨年まで16年間COTYには関わってきた。ずうっとというわけではなくて、ディアマンテがイヤーカーに選ばれて、NSXが取れなかった1990年に一度外されている。今度で2回目だが、その間に選考委員の顔ぶれは随分様変わりをした。わたしが初めて関わった頃の人で、現在もその任にあたっているのは10人ほどだろうか。

微力ながらもイベントとしてのCOTYを盛り上げるよう努力してきたつもりだが、そのことを知っている実行委員は少ないようだ。現在の陣容は判然としないが、実行委員会も様変わりしてしまったようだ。

ま、これも時代の変化ということなのだろう。これまでに何度もこのような混乱の場を見てきているが、どうやら問題の本質に気がついている人は少ない。わたしも歳をとったということだろうか?


2003年4月17日 
朝からずっとPCに掛かりっきり。一月半にわたって当ホームページは休眠状態に陥っていた。その原因の大半は花粉症にあるのだが、それに男の更年期障害のようなものが加わって、意気消沈していたわけである。ま、50男の惑乱ですかね。

いつまでもそんなことではいけない、と思っていたところに、
COTY選考委員からの落選の報である。なんだかパチンと叩かれて目が覚めたような感じ。成すべきことを成して、道を開く。他に大した才能があるわけでもないわたしとしては、この公式HPを開こうと思った初心に立ち返って、ゆるゆるとしかし確実に進んで行きたい。

いろいろ気を揉ませましたが、まだ気力は残っているようなので、よかったら付き合ってみて下さい。

2003年5月2日 
(略)
しかし今日のワインと鳥のソテーはちょっと忘れられない旨さである。人間好奇心とか欲を持つことはけっして悪いことではないと深く思った。そこから銀座に繰り出し2軒。連休でもやっている店はある。
お蔭さんで選考委員クビの件についてはすっきりした。なんだかとっても勇気づけられた晩だった。


2003年7月7日 
(略)
恩田川を歩き、ルーティーンをこなしてサザンというお決まりのコースをやっつけてから、青山で焼き鳥。
13年ぶりにお暇を頂いたイベントの勧進元の一人に『ときにどういうことやったねん』を魔王を呑みながら聴取。大体呑み込めてロックオン完了。近所で呑んでいた約2名と合流してbarを一軒。そこからオカジュウに移動して、今度は胴元のオヤブンに接見。妙な成り行きで、図らずも夜更かししてしまった。

(動遊倶楽部より引用)
この未練ぶりは、実に痛々しくすらある。精一杯強がってはいるが無念の感情を抑えられない人物の姿がそこにある。
たかが業界のお祭りの選考委員くらいで・・・という意見もあるだろうが、メーカーは少しでも有効に宣伝されるであろうライターを優先する。フリーランスにとってこれは死活問題である。少しでも早く有利に試乗できないと仕事にもあぶれかねない。

私見だが、伏木氏は、雑誌読者には残念ながら「FR至上主義者」といったこと以外、「小難しい文章を書く評論家」程度の印象しかないと思われる。アホをしているわけでも、独特の切り口をしているわけでもなく、ただ淡々と仕事をこなしているだけで、特徴が希薄で目立たないのだ。これでは他のライターに埋没するのも早い。COTYはそんな彼の数少ない特徴の拠り所であったのではあるまいか。
また、どう考えても伏木氏よりも車の評価という点での資質に劣る者が選考委員に残っていたのも、彼の自尊心を傷つけたのであろう。

まあこればかりは落ちこんだ伏木氏を責めることはできまい。同じ立場なら多くの方は落ちこむはずであろうから。

この選考委員の大幅な減については松下氏も日記で書いていた。しかし、国沢氏はこの件については触れていない。選考委員がこれだけ減ったのには、ある特定メーカーの思惑が入ったせいだとする意見も2chでは出たが、このような噂こそ確認手段など何もなく、また伏木氏が7月の酒盛りの席で自分の進退に納得できたのかどうかは、闇の中である。
2003年4月16日
(略)
その後、銀座で中華料理を食べてから事務所に戻りましたが、その間にギョーカイ的にはけっこう大変なことになっていました。実は今日は日本カー・オブ・ザ・イヤーの実行委員会が開催され、今年の選考委員をだれに委嘱するかの会議が開かれる日だったのです。そのためなのかどうか、エレメントの発表会にはふだん発表会で見かけることの少ない人も出席されていました。

その実行委員会での選考委員の人選で、今年は大幅な異動があったそうです。まだ情報が錯綜している部分があるので実行委員会からの正式な発表を待つしかありませんが、今年は選考委員の数が大幅に減ったらしいのです。カー・オブ・ザ・イヤーのメンバーは毎年少しずつ入れ替わっていますから変化があって当然ですが、大幅な変化となると影響も大きいでしょう。私自身は、カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員を委嘱されることを名誉であると考え、12年前に最初に委嘱されたときからずっと選考委員を引き受けています。

明日はトヨタがハイブリッド技術に関して発表をする予定です。次期プリウスについての情報がはっきりするはずですが、その会場に行けばカー・オブ・ザ・イヤーに関する情報も聞けるでしょう。


(All About Japan 松下氏の日記より引用)
● 2003-2004年 COTY獲得工作

そして2003年。COTY獲得に向けて各社は水面下で動き始めることになる。

今年、特に力が入っていたのが富士重工であった。 富士重工はこれまでレガシイでCOTYを得る機会があった。しかし、初代はセルシオに惨敗、2台目はアコードに破れ、3代目はアルテッツアに惜敗している。 今年はプリウスとRX-8、それにオデッセイという注目車はあるが、これを逃せばまた当分は獲得が難しくなるため、必死になったようである。

まず5月末のレガシィの発表会の後、6月初めに山中湖で試乗会を行ったが、あらためて半ばに「ザ・ウィンザーホテル洞爺」という豪華ホテルでの宿泊付きの長距離大試乗会を行っている。試乗会の起点は千歳ANAホテルであったというから、かなり大掛かりなものであったことは予想される。ウィンザーホテルでは夜は当然、各メディア関係者に対しての接待もされている(下の各氏の日記を参照のこと)。

そしてその印象が薄れ、COTY強化期間となった9月、フランクフルトショーに合せてCOTY選考委員をオーストリアの豪華ホテル宿泊&アウトバック(旧レガシィランカスター)海外試乗会を開催している。この時には、現地にてスバルの竹中社長が主催したパーティーが開かれたが、なんとこのパーティーは宿泊したホテルとは別の場所で行われているようだ(下の松下氏の日記を参照。更に週刊新潮の記事によれば、パーティーはクラシックの生演奏付き、ザルツブルグでの宿泊は豪華な古城ホテルである)

更にCOTY争いが熾烈化したら、「来月のここでの選考ではどうぞよろしく」と言わんばかりに、10月にはCOTYの最終選考が行われるリゾナーレ小淵沢にてレガシィ3.0Rの試乗会を開催。もとは単一車種でありながらこれでもか、これでもかとたたみかけるような試乗会攻勢である。

その上、 「今年を逃したらスバルはまたいつ受賞できるか分かりません」「トヨタさんやホンダさんは車種が多くていいですよね」などという同情作戦を広報は展開し、だめ押しに最終選考前のパーティーにも竹中社長がかけつけて選考委員に挨拶をするという気合の入りようである。


この様子を、国沢氏・松下氏・伏木氏、小沢氏の日記で見てみることにする。以下の引用での
赤字は筆者の追記である。また、一部にリンクを挿入してある。
[山中湖試乗会]

6月3日 
何と朝7時30分から試乗会! 何でも取材希望のマスコミが予想以上に多く、いつもより1時間前倒ししたそうな。レガシィの人気、今や一昔前のスカイラインの如し。
(略)

[北海道試乗会]

6月9日 
7時吉祥寺発のバスに乗って羽田へ。けっこう流れよく、8時到着。この時間帯だと最も早いと思う。9時30分発のANAで千歳に飛ぶ。今回は新型レガシィの「200マイル試乗会」。CT鈴木兄と組んで支笏湖から羊蹄山を巡る。
(略)

6月10日 
今日は18インチのスペックBに乗る。
(略)

[オーストリア試乗会]

9月7日 
成田発9時50分のルフトハンザに乗るべく、昨夜のウチに成田のホテルまで移動。
(略)
現地時間14時半にフランクフルト着。ザルツブルグへ飛ぶフラントが17時半だから、しばし待つ。ザルツブルグは初めて。とっても美しい町並みだしノンビリしている。ヨーロッパ中から観光客が集まるのは納得できます。

9月8日 
(略)
朝から竹平師匠とザルツブルグ近郊で試乗&撮影。オーストリアとドイツの国境の尾根を通る道を走っていたら「ドイツにようこそ!」と「オーストリアにようこそ!」とナビが交互にしゃべる。
(略)
竹平師匠と3レグ(およそ250キロ)を走り、18時10分発チロリアン航空のフォッカー70でフランクフルトへ。ホテルに着いて食事して寝。

9月9日 
フランクフルトショーの取材。何か新しい技術は出ていないもんかと探したけれど、無し。
(略)
各社から新しい技術が出てくるのは東京モーターショーであろう。日本勢はファミリアの後継車である『マツダ3』と、新型イグニス(日本ではスイフトとして売られると思う)、レガシィの6気筒&ランカスター改め『アウトバック』がデビュー。スバルの評価はヨーロッパでもドンドン高くなってきた。海外のメーカーでは新型アストラがカッコいい。ベクトラじゃデザインで大ハズしたけれど、良い流れに変わっている感じ。

(kunisawa.netより引用)
[山中湖試乗会]

6月2日 
山中湖でスバル・レガシィの試乗会。
(略)

[北海道試乗会]

6月12日 
羽田発9時30分のANA57便で札幌千歳。スバル・レガシィの北海道試乗会である。今回は番組の取材を少なくとも3本こなすことになっている。まず横田D、小川Dが同行。洞爺湖のウィンザーホテル泊でレギュラー一本撮ることになっている。
(略)
千歳のANAホテルを起点にまずはB4・GTとツーリングワゴンのNAモデル。撮影しながらの移動は当然プレスツアーのテールエンダーで、途中の中継点でゆっくりすることは叶わない。ここで一本インタビューを録り、洞爺湖のウィンザーに向かう。あいにくの曇天で、北海道らしさがでない。

5時過ぎまでホテル敷地内で収録し、6時頃やっとチェックイン。ゆっくり休む間もなく、夕食前のカクテル。フレンチを所望したのだが予約が一杯ということで、今日もベトナム・チャイニーズ。それなりに盛り上がった後、シマを変えて二次会。『今夜は原稿を書こうなんて思わないで下さいね』広報K氏に釘を刺されていたので、渋々参加である。参加してしまうと、それなりに行ってしまうのは、わたしの場合まあ仕方のない話である。

6月13日 
(略)
お開きの後、東京に空路戻る面々を見送って、苫小牧に移動。これからさらにレガシィ・ツーリングワゴンのロケを続け、フェリー&陸路で東京まで取材を続けるのだ。


(動遊倶楽部より引用)
[山中湖試乗会]

新型レガシィの走りは全面的に良くなっています 2003年6月2日

(略)
月曜日は朝からレガシィの試乗会が行われる山中湖に向かいました。今日はオートアクセルの木村君ではなく、箱根湯本に引っ越した千葉さんが自ら出馬とのことです。
(略)


[北海道試乗会]

北海道でレガシィに試乗しました 2003年6月10日

今日は朝7時に起きてシャワーを浴びてクルマで羽田空港へ。ANA57便でレガシィの試乗会が開催される札幌へ向かいました。レガシィには先週も山中湖で試乗していますが、雄大な自然のある北海道を舞台にした試乗ではまた違った体験ができることもあって、改めて試乗会に参加しました。2日間で300km以上、ざっと200マイルを走るコースが設定されていました。一人で走るのではなく、二人がペアになって交代しながら走るようになっていて、私はAJAJ会長の米村さんとの組でした。

最初はGTスペックBに乗ってまずは道央道を恵庭まで走り、そこからワインディングロードを走って支笏湖まで戻りました。さらに支笏湖を半周してフォーレスト276大滝まで。ここでGTに乗り換えて羊蹄山近くの京極町まで行って、そこからザ・ウインザーホテル洞爺までのざっと200kmの走行です。
(略)
ホテルでの夕食の後の懇親会では、カメラマンと呼ぶと怒るフォトグラファーの平田勝さんも一緒。
(略)

レガシィ2.0Rにたっぷり乗りました 2003年6月11日

今日も朝から新型レガシィの試乗です。自然吸気エンジンの2.0Rに乗って、洞爺湖から千歳までというコースを、今日も米村さんと一緒に走りました。本来なら、一般道だけで千歳まで帰るようなコース設定でしたが、勝手にコースを変えてオロフレ峠を超えて道央自動車道を走るコースに変更しました。

(略)

[オーストリア試乗会]

フランクフルトの長い一日 2003年9月9日

9日は朝の5時前に起き出して日記を書いてから食事をし、8時にはホテルを出発してバスでフランクフルトへ。
(略)
ショーの取材が終わった後は市内のホテルに移動して竹中社長が主催するパーティに出席しました。食事の前に竹中社長の大プレゼンテーションがあり、竹中さんは本当にクルマや飛行機が好きなんだなということを改めて感じました。その後の食事は、いかにもヨーロッパの食事らしくデザートまで進むのに3時間がかり。終わったのは夜の11時半になっていました。食事自体はおしいくて、隣にいたYM
(横越光廣氏?COTY選考委員)さんも「ドイツでこんなにうまい飯を食ったのは初めてだ」などと言っていましたが、ヨーロッパのゆっくりした食事のペースにはいつも驚かされます。食事を終えてホテルに戻るバスの中でもうとうとしていましたが、12時過ぎにホテルに着くなりベッドで爆睡。翌朝になってこの日記を書いています。今日は移動日で、昼過ぎの飛行機でオーストリアのザルツブルグに向かう予定です。

風光明媚なザルツブルグに移動しました 2003年9月10日

10日の朝も早起きして明け方に日記の執筆。今日は移動日で比較的余裕のあるスケジュールが組まれています。ホテルからフランクフルトの空港、そしてチロリアン航空の5264便でザルツブルグへと移動し、バスでザルツブルグの郊外にあるシュロス・フォシルというホテルに入りました。このザルツブルグ周辺は、風光明媚というのはこのあたりのためにある言葉かと思うくらいにきれいです。郊外のただの田舎の村なのですが、農地も建物もよく整備されています。人口があまり多くないことも影響しているのでしょうが、日本では考えられないような景色が広がっています。

ホテルに入って落ち着いた後は軽く試乗に。ヨーロッパ仕様のアウトバック(従来のランカスター)に乗りました。本格的な試乗は明日に予定されているので、今日は小手調べといった程度です。

ドイツ、オーストリア国境でアウトバックに乗りました 2003年9月11日

今日は朝から試乗です。ヨーロッパ仕様のアウトバックなどが用意されていて、ホテルを起点に試乗しました。試乗コースは空いた郊外の幹線道路から始まり、ワインディングロードやアウトバーンもたっぷり走れるような設定です。アウトバックの性能をしっかり確認できるようなコースでした。
(略)
試乗はAJAJ会長の米村さんと一緒だったのですが、最初の区間でミスコースをして40kmほど余分に走ることになったため、トータルでは300km以上の距離を走りました。オーストリアとドイツの国境線がある山の稜線の部分を走ると、カーナビが「オーストリアへようこそ」と「ドイツへようこそ」を繰り返すなど、日本では味わえないシチュエーションの走りを楽しめました。

今回のツアーでは、ドイツでもオーストリアでも順調なインターネット接続ができました。KM
(国沢光宏氏?)さんなど、同行者の中にはつながらなくて苦戦している人も多かったのですが、私は最初のトーンとパルスで引っかかりそうになったほかは、極めて快適なネット環境で過ごせました。12日には日本に向かい、13日の朝に成田に到着する予定です。

[リゾナーレ試乗会]

レガシィ3.0Rに乗りました 2003年9月18日

(略)
レガシィの試乗会が開催されたリゾナーレ小淵沢は、カー・オブ・ザ・イヤーの最終選考会の会場としても使われる場所ですが、東京からは中央高速で150kmほどの距離でやや遠いなという印象です。試乗会が頻繁に開かれる箱根や河口湖に行くのに比べると、感覚的には2倍に近い時間・距離です。
(略)

(All About Japan 松下氏の日記より引用)
[オーストリア試乗会]

2003/9/7 (日)  ●フランクフルト出張どえす

 明日、っていうか今日の朝から来週朝までフランクフルトに行ってきます。
スバル・レガシィ試乗会とフランクフルト・モーターショーとプジョー306CC試乗会。ふぅ。
この時期つらいんだよなぁ。月刊誌の締め切り重なりまくってるから。でもドイツ人、そんなこと関係ないから…。くぅ〜


(小沢コージでDON!より引用)
● 突然のゴルフ狂い

ここでちょっと小休止。国沢氏は、これまでCOTYの投票が行われる11月の前月、10月にだけ、年1回限りゴルフを行っていたのである。しかも、その場所は長野(蓼科)ばかりなのだ。

ちなみに蓼科周辺トヨタの厚生施設が結構存在し、そのうちの1つにゲスト用の豪華な施設が建っているそうである。この2つの情報があれば、国沢氏が参加していた年1回のゴルフはどういう性格のものか、誰にでも理解できるであろう。
2000年10月14日 
長野県で芝刈り。

2001年10月19日 
(略)
そのまま長野県の蓼科に移動。明日芝刈り大会。その前泊である。珍しく仕事お休み。久々に心おきなく飲んでしまった。すると飲み過ぎ! 10時半くらいに意識朦朧状態となり、2次会を通過。部屋に戻って轟沈!

2001年10月20日 
(略)
芝刈りの方はメチャクチャ。というより最初からヘタなのだけれど、inは11と15叩いたホールあって65。outさらに酷く、ほとんどギブアップ状態の79(もちろんハーフです)。泣く。ただ同伴者に恵まれ今日も楽しい芝刈りが出来ました。不思議とキャディさんにやさしくしてもらえるのだ。ヘタ過ぎるのもいいか? 
(略)

2002年10月5日 
1年ぶりの芝刈り。チョット、バッドの連続で147。これ、2ラウンドでなく1ラウンドです。ただマナーとルール、そして進行に自信あるので(いつも走ってるということ)、あまり嫌われないのが救いか?
(略)

(kunisawa.netより引用)
(筆者注:「芝刈り」とはヘタクソなゴルファーがコースに出て球に当たらず芝をいたずらに削ってしまうことを指す、謙遜表現である)

そして今年であるが、何故か例年になくやたらと回数が多くなっている。
[(ホンダ)インスパイアの試乗時]

2003年6月28日 (土)
せっかく梅雨のない北海道に来たのだから草刈りしようよ、とカートップの鈴木兄に誘われ、千歳の近所のコースで1ラウンド。そういや前回やったのいつかなぁ?
(略)
でも大いに楽しかったです。次の芝刈り、いつか?

[不明]

2003年8月4日 (月)
カートップ鈴木兄から再戦のお誘いを受け、裾野の『ファイブハンドレットゴルフ場』 で芝刈り。前回の芝刈り時、モーターマガジン社の清水兄から頂いたアドバイスが絶大なる効果を発揮。何とドライバー当たるようになりました。
(略)
タマがクラブに当たるとゴルフって楽しいのね、と思う。終わってクルマにゴルフクラブ積みながら渋滞情報見ると、おお! 東名12キロ。夕方からCARV編集部で対談あるのに。

[(トヨタ)アルファード・ハイブリッドの試乗時]

2003
8月21日 (木)
久々にセルシオを引っ張り出し、FISCOへ。
(略)
アルファード・ハイブリッドの試乗を。ちなみにこのハイブリッドシステム使うクルマはエスティマとアルファードのみになるようだ(詳細は次号のavで)。
14時過ぎに終了。ウマいソバでもたぐるか、知ってる店に行くと休み。いつか行くべと目星を付けていた店に行くと、ここも休み。それじゃ探しましょう、とウロウロしてたら11時〜15時までしか営業してないという我が儘なソバ屋を発見。
入ると「残念ですが売り切れました」。何としてもソバの気分だったの「他にウマい店はないですか?」と聞いたらオヤジもさるモノ。 ウチよりウマい店は近所にないから30分待てるか、と。「待つ!」と即答。出てきたソバは大満足! ウマいのにケチッてないのだ。いやぁ良い店と出会いました。腹ごなしを兼ね御殿場のアウトレットに寄る。新しい区画が出来ており、新しい店も増え一層賑やか。今日のお泊まりは箱根仙石原の『仙郷楼』という宿。いわゆる家族サービスというヤツです。ここも期待以上の食事で何だか今日は大満足!

2003年8月22日 (金)
朝湯を堪能し、箱根神社にお参り。考えてみれば試乗以外で箱根に来ることなど無い。観光しつつ元箱根から大観山、 ロングロングワインディングロードのつばきラインを通り、湯河原、小田原。お昼は大磯駅の目の前にある『ドゥゼアン』という店でフレンチなど。内容を考えればちょっと高いけれど、店の雰囲気は最高である。大磯近辺に行ったらぜひお試しを。 お昼は3500円と5000円のコースです。隣のテーブルの女性、次々にパンをお代わり攻撃! よくあんなに食べられるもんだ。すげぇ!
小田原まで戻ってシネコンに寄りターミネーター3を見る。ロードショー見るの、いつ以来だろうか? 指定席になっていてシートも座り心地良。これならまた来ようかと思う。夕方、箱根の山を越えて今夜は沼津泊。ホテルで原稿書き。ナイトキャップに近所のショットバーで1杯目『グレンリベット』。2杯目に「メジャーでなく美味しいのを」リクエストすると、
1988年のハイランド・シングルモルト。これンまい! 3杯目「何か他にありますか?」。
出てきたの、1964年のハイランド・シングルモルト。う〜ん! でも一段とンまい! すでに1時。これ以上飲むと終わらなくなりそう。 明日に影響するので撤退。覚悟してたよりリーズナブルでした。また行こ!

2003年8月23日 (土)
(略)
7時半に沼津を出発。246走ってFISCOの上にある東富士CCで黒沢元治師匠やオートファッションの山本兄などと芝刈り。
(略)
終了後、FISCOへジャズを聞きに行く。なかなか良い雰囲気。8時過ぎまで堪能し、 渋滞が解消しつつある東名通って帰宅。

[不明。だが各誌編集長クラスをも招待した北海道ツアーであった。松下氏も訪れている]

2003年8月29日 (金)
お昼まで猛烈に仕事。12時に家を出て羽田へ向かう。
(略)
谷田部上空を飛ぶと、オーバルコースの上に陸橋が。鉄道でも通るのだろうか? ホテルにチェックイン。原稿終了後、軽く修行。

2003年8月30日 (土)
CT鈴木兄と朝から芝刈り。
(略)
5時に朱鞠内に付くと『まどか』という第三セクターの宿。夕食後、武田さんという釣りのガイドをやってくれる方
(本業は違います)が地元で採れたキノコを食べさせてくれた。これがウマいのなんの! さらに幌加内というソバ
食いにゃ有名な場所で取れたソバ粉で名人芸のソバ打ち。これまたウマい! ソバはやっぱり打ち立てに尽きる! 
腹ごなしに6人で卓球大会。卓球やるの、30年ぶりくらいです。酒が入ってる上、腹が痛くなるほど笑ったせいか
ベット入るや意識失う。マジで心臓に悪いぞおい。

[不明]

2003年9月26日 (金)
朝3時起きして仕事の段取りやメールを何本か送った後、5時に出発し茨城県の芝刈りコースへ。今日もライバルであるCT鈴木兄と勝負である! 
(略)

[恐らく例年開催されるトヨタの蓼科でのゴルフ]

2003年10月17日 (金)
午前中原稿書き。何とかメドはついたのものの、お昼をはさみ3時になってしまった。今日は7時までに長野へ着かなければならぬ。クルマと一緒にホンダまでバイクを返却しに行き、そのまま中央道に入る。幸い流れも順調。途中、プリウスの走行距離が千キロを越えた。
(略)

2003年10月18日 (土)
6時に起き、ライバルであるカートップ鈴木兄と芝刈り
(略)
3時過ぎに長野を出て羽田空港へ。途中、渋滞あったものの、一般道に降りたりしながら7時少し前に到着。
(略)

[不明]

2003年10月30日 (木)
またまたカートップ鈴木兄と芝刈り勝負! 兄も今まで年に1回くらいしかゴルフに行ってなかったようだけれど、何だかお互い急に盛り上がってしまい最近月イチのペースであります。しかも兄はワタシの450ccドライバーとレスキュークラブ導入に対抗し(この2本で15打くらい縮まった)、新品のゴルフクラブまで投入してきた。
(略)


[不明]

2003年11月3日(月・祭日) 
「今年最後の勝負をしようや!」と誘われ、またしてもCT鈴木兄と芝刈り。こんなに芝刈りやった年はありません! ヨメから「あんたゴルフ好きなの?」。う〜ん! 最近嫌いじゃないかもしれない。その割に全然ウマくなりませんが。
(略)
鈴木兄の方が体調悪かったらしく、終盤大崩れ。楽々勝たせていただきました。次の勝負は来春か? それまでに少し練習しなければ。終了後、小淵沢へ。千葉北ICから東関道、京葉道、首都高経由だったのだけれど、大渋滞! 4時過ぎに出て小淵沢到着は4時間後。トラヴィックのシート、これだけ乗っていても腰が痛くならないからタイしたもんである。日本車は依然としてシートのクオリティ低い。

(kunisawa.netより引用)
つまり、

6月28日(土) 北海道 CT鈴木編集局長(COTY常務委員)、MM清水編集長(COTY監査役)-HONDA?
8月4日(月)  裾野  CT鈴木編集局長(COTY常務委員)
8月23日(土) FISCO  黒沢元治氏(COTY選考委員)、af山本編集長(COTY実行委員)-TOYOTA?
8月30日(土) 北海道 CT鈴木編集局長(COTY常務委員)
9月26日(金) 茨城 CT鈴木編集局長(COTY常務委員)
10月18日(土) 長野 CT鈴木編集局長(COTY常務委員)-TOYOTA?
10月30日(木) ? CT鈴木編集局長(COTY常務委員)
11月3日(祭)  千葉? CT鈴木編集局長(COTY常務委員)


と、今年は何と8回にも及ぶ。そのほとんどがCTの鈴木氏と回ったことになっているが、しかし今年はフランクフルトショーに東京モーターショー、おまけにCOTYと夏から秋は非常に忙しいはずで、そんな忙しい中をわざわざ選んで、集中して狂ったようにゴルフに通いまくるというのは(3ヶ月で7回もコースに出るというのは明らかに過剰すぎる)、少々理解に苦しむ。しかも「次は来春」である。

筆者の感覚では、COTYも終わって「鮭の産卵が終わった」ようになるほど暇ができ、年末進行も始まる前のこの季節が一番ゴルフをするにはいいのではないかと思うのだが。(ついでに、筆者が学生の頃は、冬こそ人が少なくてヘタクソが回るには絶好であったのだが…今はどうなのだろう?)

しかも、全8回のうち、最も料金が高いと思われる土曜日や休日が半分以上を占めている。フリーランスでありながら何故にそのように料金が高くなる曜日ばかりを選ぶのか、通常であれば理解に苦しむ。(例えば軽井沢72ゴルフであれば、平日と土曜日の差は7,500円にもなっているし、中には倍のところもあるのだ)

おまけに、打ちっぱなし練習場などで練習などした様子がまったくない(伏木氏はしょっちゅう通っているようだが)。 現地でいきなりやっていて、「やっとドライバーに当たるようになってきた」などと書く始末。そういうのは普通、練習場でやってから本番に臨むものではないか。

もう1つ。ゴルフ場は会員の紹介でなければプレイできないところもまだ多いはずである。8月4日に行ったというファイブハンドレッドクラブは平日料金23,000円、予約には会員の紹介が必要となっている。更に8月23日の東富士CCは土曜日料金32,450円、こちらはプレイには会員同伴が必要である(黒澤氏か山本氏が会員だったのであろうか?)。

まあいずれにせよ、なにやらきな臭さが漂う、国沢氏と鈴木氏の突然のゴルフ狂いである。
● 本命トヨタ

話題はCOTY獲得運動に戻るが、富士重工に対抗した、というか大本命と思われたのがトヨタであった。1999年のアルテッツア以降、2000年にはセルシオがシビック兄弟に敗れ、2001もエスティマ・ハイブリッドがフィットに負けた。2002年には注目すべき車がなかったが、2003年は技術の粋を尽くしたプリウスがある。

そしてトヨタもまた選考委員へのもてなしに力が入っていた。

まず7月には、COTY実行委員・選考委員を連れて、ロスで発表前のプリウスの試乗会&インディカー観戦ツアーをしている。次に8月にFISCOに選考委員を招き、アルファード・ハイブリッドの試乗会(その後のゴルフ?)。
9月のプリウス発表後は石川県で接待試乗。10月に蓼科でゴルフコンペ、最後に郡山でプリウスのエコラン&サーキット走行会、と、こちらも富士重工に負けない接待ぶりである。

ではこれも各氏の日記で見てみよう。

9月16日 
9時にホテルを出ると5分で羽田空港着。いやぁ近くて便利便利。10時発の小松(金沢)行きANAに乗る。
(略)
到着後、ベストカー編集長の勝股兄
(COTY実行委員)と組んで新型プリウスの試乗。12時半くらいにスタートし、福井から九頭竜ダム、世界遺産の白川郷、五箇山を抜けるという一周320キロの大コース。途中、工事箇所などもあり、ほとんど休まず走って6時間といった具合。よく乗りました! 夕食後、ハイブリッドの父や兄、チーフエンジニアの井上さんなどと楽しく過ごす。
(略)

9月17日 
8時から『日本自動車博物館』をベースに新型プリウスの試乗。昨日試せなかった16インチ仕様に乗ると、けっこう乗り心地硬い。(略)
11時50分発のANAに乗り羽田。(略)

10月4日 
プリウスの納車。トヨペット店の高橋君という担当が「大安なので午前中に納車させていただきます」と言う。前のトヨタ店じゃとうてい期待できなかった気配りである。買った色と同じプリウスのミニカーや、携帯用のミニチュアを持ってきてくれた。聞けばすでに20台の受注があり、その上「買って頂けそうなお客さんは多数います」そうな。予想以上の売れ行きに驚いていると同時に、今オーダー受けても納期は来年2月になってしまうかもしれないというジレンマに悩まされているとか。(略)

11月5日 
午前中原稿書き。夕方、プリウスの雑誌対抗エコラン大会のため、Myプリウスで郡山へ。
(略)
夜、トヨタのハイブリッドシステムやバッテリーなどの開発担当者と意見交換。

11月6日 
朝からプリウスのエコラン大会。
(略)
結果、優勝を狙った相棒のカートップ鈴木兄(COTY常務委員)に迷惑を掛けてしまいました。何位になったのか、次号のカートップをお楽しみに! でも流れに乗って走った登り区間の燃費で10・15モードに肉薄する燃費出るプリウスって凄いと感心しきり! そうそう。広報車と私のプリウス、同じ条件で燃費計ると3%くらいの差。もう少し走行距離多ければ同じくらいになるだろう。1位になれなかったので夜は4時までヤケ酒。


(kunisawa.netより引用)
昨日の今日ですが、アメリカに行ってきます 2003年7月16日

(略)
雑用をこなして午後2時過ぎには錦糸町を出発、一度箱崎に戻ってアメリカに同行するカーセンサーの堀江編集長(COTY事務局長)を拾って成田へ。集合時間の3時半にはオンタイムで到着しました。昨日イギリスから戻ったばかりですが、これからJAL65便に乗ってロサンゼルスに向かいます。

ロサンゼルスに到着しました 2003年7月17日

16日の夕方成田を出発しましたが、日付変更線を越えたのでロサンゼルスに到着したのは同じ16日の昼前です。空港からはバスに乗ってパサデナのホテルに入りました。今回のツアーには12名ほどが参加していますが、そのうちイギリスにも一緒に行っていたのが河口学さん(COTY選考委員)一人だけ。私と二人で強行軍をこなしています。

(略)


ロサンゼルス周辺で試乗をしました 2003年7月18日

日本ではもう18日ですが、アメリカではまだ17日です。今日は朝から1日、カーセンサーの堀江編集長(COTY事務局長)とペアを組んで試乗です。日本ではこの秋(9月1日?)に発売される予定の次期プリウスのプロトタイプ車がアメリカに持ち込まれていて、その試乗をしました。(略)

夕方、ホテルに戻った後は、わずかな時間を惜しんで堀江編集長(COTY事務局長)のほか、片岡英明さん(COTY選考委員)、高原誠こと川島茂夫さん(COTY選考委員)と4人で買い物へ。レーサーの松田秀士さん(COTY選考委員)から勧められていたフィリップスの超音波式電動歯ブラシを買うことができました。(略)


トヨタの米国仕様車の試乗をしました 2003年7月19日

今日も引き続き試乗しました。トヨタの米国モデルで日本では販売されていない仕様のクルマを4台、次々に乗りました。
(略)
アメリカに来て以来、連日早起きして試乗に出かけ、夜は遅くまで打ち合わせや懇談などをしているため、ちょっとバテ気味です。(略)


ナッシュビルでIRLのレースを観戦しました 2003年7月19日

今日の朝はちょっと早めに起きてバスでロサンゼルスの空港へ。(略)

ナッシュビルの空港から直接スピードウェイに向かい、インディカーのレースを観戦しました。ナッシュビルのスピードウェイはまだ新しいサーキットなのでIRLのレースをするのが今年で2回目。午後7時にスタートするナイトレースを観戦するのに適したきれいなサーキットでした。観客席からはショートオーバルの全体が見渡せ、楽しく観戦することができました。

今回のレースでは予選でトヨタのエンジンを搭載したチームが1位から6位までを独占し、予選で3位に入っていた高木虎之介は表彰台はおろか優勝まで狙える状況でした。事実、2度にわたって首位に立つなど最後まで意欲的なドライビングを見せてくれましたが、ピットインのタイミングの不運などもあって表彰台はかなわず、残念な結果に終わりました。ただ、クルマの状態や走りなどを見ると、年内にも優勝する可能性を感じさせてくれました。決勝でもトヨタエンジンの搭載車が表彰台を独占するなど、IRLではトヨタの優位が際立ってきた感じです。
(略)
9時過ぎにレースが終わった後、ナッシュビル市内のホテルに戻って、トヨタの中井部長、ザッカーの城市編集長、片岡英明さんらと懇談。中井さんはその昔、私がまだ駆け出しの編集者だった時代にトヨタ自動車販売の広報部に在籍していたことがあり、久々の広報復帰です。そんなこともあって、4人で昔話に花が咲きました。

またしても明日は早起きしてシカゴ経由で東京に戻ります。成田に着くのは21日の午後になる予定です。

小松市をベースに新型プリウスに乗りました 2003年9月16日

(略)
16日の朝は8時過ぎに羽田に向けて出発しました。今日は石川県で新型プリウスの試乗会があります。ANA753便で小松へ向かい、空港からはバスで日本自動車博物館へ移動しました。ここをベースにプリウスの試乗会が開催されました。今回もまたAJAJの米村会長(COTY選考委員)とのペアで、北陸自動車道から美濃街道に入り、東海北陸自動車道、北陸自動車道を回って加賀市の片山津まで戻るトータル300kmほどの試乗コースを回りました。石川県から福井県、岐阜県、富山県を回る大周回コースで、途中には九頭竜ダムや白川郷などの見どころも設定されていました。
(略)


午前中はプリウスに、午後は横浜でキューブ3に乗りました 2003年9月17日

今日も朝から日本自動車博物館をベースにプリウスの試乗。
(略)

博物館見学の後は昼前のANA754便で羽田へ。(略)


プリウスのエコランに向け郡山入りしました 2003年11月5日

(略)
一旦、事務所に戻ってEメールの処理をした後、つばさ123号に乗るために東京駅へ。明日、福島県内でプリウスのエコランがあるため、前日のうちに郡山入りをするというスケジュールです。カーセンサー前編集長の堀江さん(COTY事務局長)と組んで媒体対抗のエコランに参加するワケですが、編集担当のリンダこと林田君が衣装を用意してきたとのこと。どんなことになるやらちょっと不安です。ホテルハマツに入ってすぐに懇親会の後、駅前のアーケードまで様子を見に出かけました。同業のKH
(片岡英明?COTY選考委員)さんと二人で出かけ、可能なら先にご一緒したSN(島崎七生人?COTY選考委員)さんももう一度と思っていたのですが、SNさんは危険を察知したのか早めに姿をくらましてしまいました。その代わりということではないのですが、やはり同業のKSさん(川島茂夫?COTY選考委員)やIHさん(家村浩明?COTY選考委員)がその気十分で、T社のTさんも加わって合計5名での檀家回りになりました。地方都市にしてはなかなかしっかりした感じのお店で、みんながそれなりに楽しめる展開になったのは良かった、良かったというところ。SNさんも来たらさらに良かったのになあ、と思いました。次は絶対に誘わなきゃ。

プリウスのエコランは散々な成績でした 2003年11月6日

7時のモーニングコールで起きて午前中に郡山のSSサーキットへ移動。ここをベースに磐梯高原まで往復する媒体対抗のエコランに参加しました。
(略)
SSサーキットには、サーキット仕様のプリウスも用意されていて、これにも乗ることができました。内装パーツをはぎ取って、動力性能を高めたもの。ボディが軽くなっているために、けっこう良く走ります。恐らくトヨタではプリウスを使ったワンメイクレースなどを視野に入れているのだと思います。エコカーのプリウスでレースをすることが、日本の一般の人からどんな受け止め方をされるのか、ちょっと見えないところもあります。朝日新聞がF−1に1ページを費やしたり、あるいは来年からはWRCが日本でも開催されるようになったとはいえ、レースをすることがハイブリッドシステムの性能向上につながるということを、単純に理解してもらうのはけっこう大変だと思います。


(All About Japan 松下氏の日記より引用)

●2003/7/19 (土)  今日から来週水曜までアメリカ!
 
今度はロサンゼルスに新型ハイブリッドカーの試乗会で行ってきまーす! 後はよろしくね。みなさん。


●2003/9/25 (木)  新型プリウスにちょっとシビれました〜
 
あのね。再び新型プリウスに本格的に乗りました。それも石川県で。今回トヨタの大試乗会があったんだけど、おでれーた。アメリカで乗った時よりも格段に印象がいい。
(略)


(小沢コージでDON!より引用)
ここで少し比較してみよう。

ザルツブルグ(富士重工):国沢氏、松下氏、竹平氏、小沢氏 他
北米(トヨタ):片岡氏、河口氏、川島氏、松下氏、小沢氏(松田氏も?)他

やはり、COTY選考委員を狙い撃ちしているようにも見える。
ただし、「このように試乗の機会に恵まれている人物を選考委員に選んだのだ」、という意見もあると思われるので、「卵が先か、鶏が先か」の議論になって、外様では結論は出まい。 いずれにせよ、各社は実行委員・選考委員にかなりの便宜を図っているということだけは分かるであろう。


● 10ベストカーの投票をしてクダサイ

COTYの選考が近づいた10月、国沢氏は自身のページにて、「候補にしてほしいクルマを投票してクダサイ」と投票を行った。上から10台を自身の10ベストカーとして投票する、というのである。

前節「接待よCOY」で分析しているように、国沢氏は「読者にもCOTYを楽しんでもらいたい」という意識がある。そのため、読者に少しでも「お祭り」に参加してもらおうと、このような企画をしたものと思われる。2ちゃんねるでは「これでは選考委員としての国沢氏の意味が無いではないか」と否定する意見も出たが、国沢氏の考えに沿ったものとしては、彼の行為には一定の評価を与えてもよいものではないだろうか。

だが、これは所詮得票数の公表されない10ベストの選定であるので、COTYへの読者の参加という面では、きわめて薄い。
加えて、「上位3車のうち1台に10点を入れる」というのも、これまた読者の意志を反映させているもの、とは言い難い。というのは、この発言をする時の気分によって何とでも言えるからであり、このような発言は、投票前でなければならないのではあるまいか。

とにかく、気持ちは分かるのだが、どうもただのポーズだけ、という印象もぬぐえない投票の実施である。

10月13日 
1年に一度のお祭りである『日本カー・オブ・ザ・イヤー』の時期が近づいてきた。
(略)
以下「昨年の場合、最終選考に残った10台のウチ、どのクルマに10点(必ず1台に満点の10点を入れなければならない規則)を入れましたか?」の投票結果です。今年のカー・オブ・ザ・イヤーの10ベストカー選びの投票は、15日の0時〜24時を予定。上から10台を私の10ベストカーとして投票いたします。

10月14日 
昨日書いた通り今年の日本カー・オブ・ザ・イヤーの10ベストカー選びをしたいと思います。ぜひとも候補にして欲しい、というモデルを1車種選んで投票して下さい。
客観的に見て「おかしい」と思う結果でない限り、そのまま私の10ベストカーとさせていただきます。なお今年の対象車はもっとありますけれど、アンケートの都合でリストの通り若干絞らせていただきました。締め切りは15日の23時59分です。どうしても他に入れたい車種があれば読者投稿欄へどうぞ。ちなみに対象は「昨年11月から今年10月のモーターショーまでに発表されたモデル」というレギュレーションになっています。

10月15日 
今年のカー・オブ・ザ・イヤーの『10ベストカー』は投票の通りにさせていただきます。アクセス解析をチェックしましたけれど組織票も無し。良心的な方々ばかりで嬉しかったです。意外だったのはホンダが3車種も入ったこと。ホンダファン多いか? 個人的には気合いの入った軽量化を行ったジャガーXJシリーズをぜひとも入れたかったものの、おそらく10ベストカーに残るからいいか、と。XJシリーズは本賞の投票の際、改めて評価してみたい。また、皆さんの意志を尊重させて頂き、満点の10点はプリウスかレガシィ、RX−8に入れます。この他の『モーストアドバンス賞』『ベストバリュー賞』『モーストファン賞』は、投票日までに熟考し決めておきたい。

10月16日 
27日締め切りの10ベストカー、
私の投票はプリウス(420)、レガシィ(342)、RX−8(228)、オデッセイ(48)、インスパイア/ティアナ(29)、BMW5シリーズ/ライフ/スカイラインクーペ(27)、VWトゥアレグ(18)の10車種となりました。次点はアベンシス(16)です。結果発表が10月31日となります。

10月31日 
10ベストカー決定! 車種はプリウス/ティアナ/オデッセイ/レガシィ/RX−8/アウディA3/ジャガーXJ/BMW5シリーズ/VWトゥアレグ/ボルボXC90。以上、エントリー順です。10ベストカーは順位を付けないというレギュレーションなので。

11月4日 
本賞取りに名乗りを上げているのは、プリウスとレガシィ、RX−8の3車。モーストアドバンスがBMW5シリーズ。そしてベストバリューにVWトゥアレグとボルボXC90といった具合。ベストバリューの2車、確かに輸入SUVとして考えると、割安な価格設定だと思う。モーストファン賞はどこも手を挙げていない。RX−8が立候補すれば当確なのに。というか私のモーストファンはRX−8で決定です。

11月10日 
トヨタは「今のところ有利な状況ながらレガシィ手強い」と感じ、スバルも「やや負けているものの、まだまだチャンスあり!」と自己評価しているようだ。お互い強いライバルと当たったものである。ライバルさえなければ、どちらも楽々大賞に輝ける実力を持っていると思う。おそらく接戦になるんじゃなかろうか。もちろんRX−8だって諦めていない。それにしてもこのところトヨタとホンダが強い! 昨年までホンダが3連覇。その前はトヨタが3連覇。7年前がGDIのギャランで、その前もシビックと言った具合である。確かにトヨタとホンダは良いクルマを作っています。モーストファン賞のみ依然動き無し! ちなみに昨年の選考委員の配点はこうなっていました。

(kunisawa.netより引用)
まあ、前節でも書いたような指摘となるので、上の文についてコメントはしない。
そして、いよいよ投票が行われ、結果は読者諸氏もお分かりのように、プリウスを抑えてレガシィがCOTYを獲得した。

だが、非常に奇妙であったのは、その後の国沢氏の異常ともいえるトヨタへのフォローぶりである。彼はレガシィに10点、プリウスに8点を投じていた。
11月13日 

今年のカー・オブ・ザ・イヤーはレガシィに決まった。富士重工の受賞は初めてである。特別賞のうち『モーストファン』(乗って楽しいクルマ)は圧倒的多数でRX−8。『モーストアドバンス』(技術的に優れたクルマ)がジャガーXJ。『ベストバリュー』はティアナとVWトゥアレグで激しい争いとなるも、1票差でティアナとなった。

11月13日その2 

カー・オブ・ザ・イヤーのレポートはこちらで。今年強く印象に残ったのがトヨタである。何しろプリウスというクルマ、レガシィと比べたって全然負けていない。実際、満点の10点を入れた選考委員は19人と18人でプリウス優勢。得票差も46点と選考委員一人あたり1点という僅差だ。もしトヨタが真剣になって点を取りに行けば、逆転も可能だったと思う。
なのにトヨタは
最終選考日に全く動かず。そらもう徹底していて「たくさん点数下さいね!」という冗談さえ言わなかったほど。もちろんトヨタだってプリウスの賞は欲しいだろうし、アピールはカンペキに行った。相手が戦い慣れたホンダあたりだったらトヨタも最後のツメまで頑張ったに違いない。でも今年はカー・オブ・ザ・イヤー初チャレンジのスバルとあって、真正面から受けように見える。「胸を貸す」というイメージか。予想より元気良かったので、負けてしまったのだろう
いやいや、スバルの元気、本当に良かったです。
気持ちよかったのは結果出た後。スバル側は大喜びしてトヨタに挨拶しに行き、トヨタ側も心から「おめでとう!」と受けていた。
広報はメーカーの顔。トヨタの人は素晴らしい広報スタッフに誇りを持っていい。もちろん次にスバルと戦うことがあれば、トヨタも本気で勝ちに行くと思う。ちなみに選考委員の採点表など。プリウスは2位となったが、オーナーの皆さん(私もです)や納車待ちの皆さんもがっかりすることなどない。トヨタのような広い心でいればよろしいです。いや、プリウスの凄さはオーナーなら言わずとも解りますね。さて、改めて最終選考会でレガシィに乗ったら、やっぱり楽しい。トラヴィックと入れ替えようかしら。

(kunisawa.netより引用)
何がおかしいのかといえば、まずは富士重工がCOTY初挑戦ということである。実は歴代レガシィは全てCOTYの10ベストに入っているが、そのうち2回は2位で敗れているのだ。

初代は1989年、この時はセルシオにGT-Rという強豪がいたので歯が立たなかった。次の1993年にはアコードに敗れて2位。
3代目は1998年、今度はアルテッツアに僅差で敗れて2位となっている。

この歴史をもって、なぜに富士重工が今年初チャレンジで、しかもトヨタが胸を貸した、というのか。
筆者の目には、富士重工が1998年のリベンジをするために総力をつぎこんだ、ようにしか見えないのだが。

次に、僅差といえば昨年のアコードとフェアレディの方が僅差
(27点差)なのである。しかし昨年、日産にはここまでフォローせず、「ニ兎を追ったから片方を逃したのだ」と言っている。では、今年のプリウスこそ、ニ兎を狙ったため一兎をも得なかった、と言えるのではあるまいか。

しかも、車がどうこうというよりも、選考会での広報(など)の動きがどうのこうのと、組織(特定部門)に対するフォローとなっている。

日記のほうも見てみよう。

11月12日 
(略)
お昼からカー・オブ・ザ・イヤーの最終選考会で、10ベストカーに乗る。ジャガーとアウディA3、ボルボXC90にジックリ乗っていなかったため、入念に味見す。本来なら輸入車にも高い点を入れたいのだけれど、日本の市場は10%。価格帯だって違う。日本車と同じ土俵で点数を入れるのは難しい。御予算に余裕あれば輸入車って味が濃く魅力的だと思う。
夜は前夜祭。
年に一度のお祭りとあっていつも最後までお付き合いするのだけれど(いや、正確に表現すると本当に楽しいため気が付くと凄い時間になっちゃってる)、今日は時計見たら4時! 最後はお酒が消えるという誰にでも出来るタチの悪い手品まで始まり(飲むとも言います)、轟沈!


11月13日 
昨日は普段あまり乗らないモデルを全て試したので、午前中はハンドルを握らずメーカーのエンジニアやインポーターの方々と意見交換。昨年から国産車と輸入車を同じ土俵に上げて評価しているけれど、インポーターは若干不満あるようだ。昨年もそうだったのだけれど、やはり上位に入れない。選考する側にすれば販売比率で10分の1。価格だって高いため点数を入れにくいです。しかし順位は公表されてしまう。インポーターからすれば「下位に入るとお客さんからすれば良いクルマじゃないように思われてしまい営業的にマイナス。出来れば国産車と分けて欲しいです。輸入車同士ならキッチリ戦えますし」。確かにそうかもしれない。ま、問題あればみんなで対応していけばいいと思う。1時から開票。結果は11月13日のTOP記事の通り。スバルのメンバーの喜びようと言ったら、見ていて気持ちよくなるほど。人が感動しているのを見るとツラれてしまうタイプなので、カッコ悪いトコロを見せないよう家路につく。寂しそうだったのがプリウスの開発チーム。レガシィのチームと同じく、手塩に掛けてプリウスを育ててきた。
今回の賞を逃がしたことで、一段と応援する決意を固める。夜はWRCの収録。引退するマキネンとライバルだったマクレーの子供のような歓談シーンや、シリーズチャンピオンを取って大喜びするソルベルグを見て、また感動す。週末の放送、ぜひ御覧下さい。

(kunisawa.netより引用)
ここでも、トヨタに対して何かうしろめたさを感じるような文章となっている。 最後に、All About。
2003-2004年の栄冠はスバル・レガシィ!カー・オブ・ザ・イヤー決定!      2003/11/14

2003−2004年の日本カー・オブ・ザ・イヤーはスバル・レガシィに決まった。
(略)
2位は満点の人数でレガシィ18人に対し19人と1人勝ったトヨタ・プリウスが46点という僅差で入っている。
選考委員の皆さんに聞くと「レガシィとプリウス両方に10点を入れたかった」という声多数。何を隠そう私自身も引き分けにしたかった派。

その証拠に両車の点数差2点以内という、事実上の引き分けとした選考委員が12人もいたほど。4点以内にまで拡大すれば27人になりカー・オブ・ザ・イヤー始まって以来の接戦だったと言えるかもしれない。
レガシィとプリウスというクルマ、キャラクターは全く異なるけれど、自動車好きから見たときの「魅力度」からすれば互角。引き分けなら一度も受賞したことの無いメーカーに、という判官贔屓の気持ちも働いたのか? ちなみに私は迷った末、レガシィに10点。プリウスを8点とした。「21世紀の大きなテーマである軽量化に取り組んだ点」を評価した次第。もちろんプリウスだって軽量化努力をしているから、僅差だと理解して欲しい。

特別賞は『モーストファン』(運転して楽しいクルマが対象)に本賞でも3位に入ったマツダRX−8。ちなみに特別賞は選考委員48名中、3分の1以上の投票を持って有効とするレギュレーションながら、
マツダは一言もモーストファン賞が欲しいとアピールしていなかったのに(普通は立候補する。もちろん適当でないと選考委員が判断すれば投票しない)、3分の2という圧倒的な人気を集めた。それだけ輝いていたということだと思う。最終選考会で改めてRX−8のハンドルを握ったが、やっぱり楽しい楽しい楽しい。マツダにとっても久々の受賞ということで、開発陣は大喜びだった。マツダ復活の証明と言えよう。

お買い得感の強いクルマを選ぶ『ベストバリュー』はVWトゥアレグと1票差で日産ティアナが受賞。確かにティアナのインテリアを見ると、バリューフォーマネーだと思う。トゥアレグはV6を搭載する大型SUVながら500万円を切るなど割安感あったため大健闘した。
そして優れた技術を評価する『モーストアドバンスドテクノロジー』に、超軽量オールアルミボディを採用したジャガーXJが。レガシィ同様、21世紀のテーマである軽量化を追求した意義は大きい。

(略)

(All About Japanより引用)
ここでも、何の意味もないかのごとき投票の傾向を分析してトヨタをフォローしている。

しかし、プリウスが破れたことを投票結果から分析すると、国沢氏が書かない明らかな傾向がある。
これはもう既に2ちゃんねるでも、国沢氏の掲示板でも語られていたのだが、プリウスに10点を投じた選考委員は、レガシィにも高得点を与えているのだが、レガシィに10点を投じた選考委員は、さほどプリウスに高得点を入れていない。

個別の選考委員についての言及はしないが、プリウス10点の選考委員がレガシィに入れた点の合計は124点(19名の計)であるが、レガシィに10点を投じた選考委員がプリウスに入れた点の合計は77点(18名の計)。その差47点である。ざっくり計算すれば前者は1名あたり6.5点、後者は4.3点。平均で2点以上の差が生じている。
「両方に10点を入れたかった」選考委員が多いのであれば、ここまでの差が生じることはないのではあるまいか。

実は2002年にもこのような奇妙なことが発生しており、アコードはまんべんなく得点を得られているが、Zに明らかに低得点(又はゼロ)という評論家は少なくないのだ。しかも、「走り」や「スポーツ」を訴えている選考委員までもが。

ここで少し国沢氏の考察を中断して、その他の選考委員の感想も引用しておこう。まずは松下氏。
カー・オブ・ザ・イヤーの最終選考会が始まりました 2003年11月12日

(略)

夕方からはリゾナーレのホールを使って前夜祭が始まります。10台のクルマの開発者やインポーターの担当者からプレゼンテーションがあり、この前夜祭のために特別に編集されたビデオの上映があったりして、大いに盛り上がりました。各社の開発関係者や広報部門の関係者などがたくさん出席していますし、
成田空港から直接駆けつけたというスバルの竹中社長を始め、トヨタの斉藤副社長と岡本専務など、各社の開発関係の役員も多数が出席し、二次会、三次会まで大いに盛り上がった前夜祭になりました。明日の投票で何が選ばれるか、日記で報告したいと思います。

レガシィが日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞 2003年11月13日

(略)

レガシィは4代目モデルということもあり、決定的に新しい部分はなく、大きな改良を加えた水平対向エンジンや、シンメトリカルAWDという独自の技術を熟成させたことが評価されました。クルマそのものに対する評価のほかに、最近の日本カー・オブ・ザ・イヤーはトヨタとホンダが3年ずつ連続して受賞していましたので、
選考委員の間に「今年は違うメーカーのクルマに」という気持ちが広がっていたのも確かでしょう。

(略)

すでに日記にも書いていますが、個人的には過去のカー・オブ・ザ・イヤーにおいて、小さくて軽くて燃費が良くて安いクルマを推すという姿勢で一貫してきました。今回はこれらの要素を単純に満足させるクルマがなかったことから、クルマとしてのトータル・バランスの良さや完成度の高さにポイントを置いて考えました。レガシィをイチ推しにしたのは、クルマとしての完成度の高さが大きいと思っています。それと、そんなことで決めたのか、というお叱りを受けるかも知れませんが、群馬県出身者としては群馬にルーツを持つスバルのレガシィに対し、心情的に応援したい気持ちもありました。

(略)

日本カー・オブ・ザ・イヤーについては、これまでにも10ベストの決定時などにも何名か方から意見や感想をいただいています。ひとつは去年はどのクルマを10ベストに選んだかを公表していたのに、今年は公表しないのはなぜかという質問でした。これはカー・オブ・ザ・イヤーのシステムの中で、10ベストの票数や投票内容を公開てないことになっていることが理由です。票数はともかく、個人的に投票内容を公開することは許されていますが、何名かの選考委員に話を聞いたところ、公開したくないという人がいました。私としては公開しても良いと思っていますが、私が公開することで公開したくない人の投票内容が分かってしまうこともあり得るため、今年は公開しないことにしました。
選考委員の中には、公開されるとメーカーからプレッシャーを受けるので嫌だという人は案外多いのです。3つの特別賞についても、誰が何に投票したかは公開されないことになっています。

(略)

ほかに読者からの指摘として、最近のカー・オブ・ザ・イヤーは一般のユーザーのクルマ選びから離れすぎているのではないかというものがありました。今回の10台を見ても価格の高いクルマが選ばれすぎているというのです。「松下さんの考えとも合わないようなので、いっそのこと選考委員を辞めたらどうですか」という提案もいただきました。これに対しては、選考の傾向が自分の意に添わないから辞めるというのはちょっと違うかなと思っています。そもそも日本カー・オブ・ザ・イヤーのような賞があるのは、
いろいろな考え方をする選考委員がいて、その考え方をトータルして平均化するとどうなるかという趣旨からです。むしろほかの選考委員と意見の合わない人ほど、意欲を持って参加するべきではないかと思っています。

AJAJの理事会で年末懇親会の打ち合わせ 2003年11月14日

我々自動車評論家の仕事は、日本カー・オブ・ザ・イヤーが終わると、ひと段落ついた形になります。今日は午後から、かかりつけの医者をハシゴして、薬を貰ったり、肩頸腕症候群のリハビリをしたりして過ごしました。

夕方からはAJAJの理事会に出席のために芝公園へ。理事の多くが日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員を務めていることもあって、
やや意外な逆転劇ともいえた昨日のレガシィの受賞についてひとしきり話し合いました。各選考委員の投票行動の背景に、いろいろな人のいろいろな動きがあることを聞くと、何ともいえない気分にさせられました。のんきな投票行動をしていたのは、私くらいのものだったのかも知れません。

理事会の主要議題は年末懇親会の運営方法について。これはAJAJが毎年恒例としているもので、日頃からお世話になっている自動車メーカー、部品メーカー、インポーターなどの広報関係者を招いて開く忘年会のようなものです。理事の岡崎五朗さんが主担当となっているので、我々は少しサポートする程度ですが、細かい運営上の問題などを話し合いました。


(All About Japan 松下氏の日記より引用)
松下氏は、このように自分の立場と背景等を記述しており、読者がまず納得できるであろう日記となっている。

しかし、非常に気になるのは翌日の日記である。これは、COTYを獲得した企業が何やら陰で活動していた、ということを指しているものと誰しも連想するはずだ。つまり、不正工作である。

(戯言:昨年のアコードの時も、「Zには点を入れないでくれ」という工作があったと2ちゃんねるでは噂されていた。さすれば今回も「プリウスには高得点を入れないでくれ」という工作がどこかで行われたというのであろうか…?)

ただ、COTYの規約には公職選挙法にあたるものが見当たらない。「特定メーカーの利害に左右されない」と書いてはあるが、「特定メーカーが選考委員に何をやってはいけない」ということは一切書かれていない。これでは事実上、賄賂や裏工作はやりたい放題ともいえるのだ。これを見た大半の読者は「あ、COTYってやっぱりそういうことなんだな」と思うだけである。

次に、津々見氏のレポート。
2003-2004カーオブザイヤーは、11/12-13日の間、小淵沢にある、リゾナーレ小淵沢にて開催された。
 (略)
駐車場にはいつものように各メーカー、インポーターのテント村が並ぶ。
が、一段と力が入っているのが、ホンダ。なんと、テレビCMで既にお馴染みのパッケージを持ち込み、更にその2階にはテラスまで付けると言うお洒落なもの。流石にセンスがいい。

 各メーカーのテントは趣向を凝らし、選考委員たちを呼び込み、最後の試乗をさせる。
 
呼び込みのためには「お汁粉」「きのこ汁」、それにマツダはいろりがあり「蛎」の姿焼き?などもあり、食欲をそそる。が、選考委員は最後の試乗をしなければならない。
(略)
 夜には前夜祭が開催される。タキシードで正装したカーオブザイヤー実行委員の拍手に迎えられ、入場。
 まず、テンベストカーの認定が行われ、認定盾が山崎憲治実行委員長から各メーカー、インポーターに授与される。

 その後が、お楽しみだ。各広報部制作の5分のコマーシャルビデオの上演が始まる。トヨタは何と伊達公子から黒川紀章などの著名人をずらりとならべた超豪華バージョンで、さすがに体力差を見せつける。ジャガージャパンはブルーム社長自ら出演し、上手な日本語で英語のレッスン教室をゴルフ場で行う。
TEEの発音が、何故か、「Technology」と、なってしまう。つまり、「Most Advanced Technology」賞を暗示する仕掛け。ゴルフ場で何気なく出てくるキャディさんが、実は広報部長だったりしてその意外性が愉快だ。
(略)

 このようにユーモラスな広報部特製CMの後は解散して二次会となり、ライバルである各メーカーさん達の広報マン、エンジニア達、それに実行委員、選考委員たちの交流の場となったのだ。

【カーオブザイヤー】
 (略)
 オデッセイもRX-8同様、2台の陰に泣いた車だ。ホンダらしいユニークな低床プラットフォームと言うアイディアでハンドリングがよく、それでいて乗り心地がいいミニバンは小淵沢の最後の試乗でも素晴らしい出来だ。
ただ、4回めは取りすぎ。と、言う雰囲気もあり秘めた性能を持ちながら低いポイントに終わった悲運の車だ。
(略)


(Car World より引用)
簡潔であまりCOTYの内幕を特筆することはないのだが、たかが5分のプレゼンに各社広報がかなり金を使っていることが分かる。そこまでしてCOTYの称号が欲しいのであろうか・・・。

では次に、ある意味では最も問題のある発言である、小沢コージ氏である。

2003/11/16 (日)

●スバルでいいと思った

今年も“年グルマ”カー・オブ・ザ・イヤーが決った。取ったのはレガシィ。俺自身はRX−8がイチオシだったけど、下馬評ではプリウスかレガシィだったし、結果的にはレガシィでよかったように思う。
一番のポイントは広報担当者の涙。そんなもん普通の人には関係ないっちゃ関係ないんだけど正直、感動してしまったのだ。「そんなに欲しかったのか」という。
さらに正直に言うと、レガシィとプリウスだったらプリウスの方がいいかなぁとも思っていたんだけど、そんなの完全に吹き飛んだ。
ハッキリと言おう。
俺はこの賞は今やほとんどがメーカーさんのためにあると思っている。レコード大賞と同じで、一般的にはだんだん賞はどうでもよくなっているのでは? と。
それは仕方のないことで、クルマは昔に比べ、ずいぶんと自分の価値判断で購入を決めれるようになっているからだ。レコードだってそうでしょ。もはや「賞を取ったから」じゃ買わない。でもそれは自然なことなのだ。
それよりも貰った側、メーカー側がいかに気持ちよく受け取ってくれるか、もしくは「今後がんばろうと思う」かのほうが大事になってきている。
だからいいのだ。あんなに喜んで貰えるならば…
と今は心底思っている。スバルさん、おめでとう。


(小沢コージでDON!より引用)
ここで、日本COTYの目的をもう一度書いておこう。

1.日本カー・オブ・ザ・イヤーは特定の個人、企業、機関等の為のものではなく、クルマに関心を有するすべての人たちのものである。

選考委員自身が、この目的を逸脱し、メーカーのために選考すりゃいいではないか、と断言しているのである。
だが、メーカーはユーザーへの販促のためにCOTYの称号を利用しようとしているのだ。これではお笑い以外の何者でもない。
そういう考えならばCOTYの目的から「クルマに関心を有するすべての人たち」の文言などは消していただきたいものである。

● ピーター・ライオン氏の告白

このように、メーカーの自己満足ともいえるようになってきたCOTYであるが、エスカレートする各社の過激な接待攻勢を「なんかやりすぎだな」と思っていた選考委員もいるはずである。 かつて徳大寺氏が選考委員を辞した時も、各社の接待攻勢に嫌気がさした、ということも理由の1つに挙げていた。

そして2003年。来期は同じ理由で選考委員を辞退するのではないか?と思われるのが、ピーター・ライオン氏である。何故なら、彼はオーストラリアの自動車サイトDrive.auへ日本COTYについて寄稿し、その中で各メーカーの接待責めと、選考委員の選考の不透明さを報告しているのである。
以下に、原文と訳を引用し掲載する。訳は2ちゃんねるに書きこまれたものを更に超訳したもので、原文直訳とは多少意味が違う箇所があるかもしれないことをお詫びしておく。
Get it on, spin a gong

advertisement  By Peter Lyon*
Published: The Sydney Morning Herald

It is time for the annual Japan Car of the Year awards -- and lobbying for the judges' favour has gone into hyperdrive. Peter Lyon reports.

Controversy surrounded the machinations and lobbying in the lead-up to this year's coveted Japan Car of the Year award.

In the past, it was not uncommon for makers to lobby the award's 48 "jurists" before final voting -- but this year's efforts intensified amid allegations of vote-buying. Some makers had their chief engineers call jurists and ask them to "think of us" during voting.

Then there were the "special COTY drive days" to "lift the awareness in the jurists' minds". Some of these were followed by corporate golf tournaments -- in Japan, golf is a hideously expensive pursuit, possibly beyond the resources of some jurists.

A week before the judging, Toyota held drive sessions of the Prius, its major COTY contender, at a race track, then staged a 100km economy run on public roads to impress on the jurists its green credentials and road manners.

Toyota is the master of last-minute "product information refresher exercises" for judges.

There may be more insidious activities. Rumours persist that 10 judges have bought examples of COTY contenders at 30 to 40 percent off retail prices.

Two weeks ago Subaru, whose main contender is the Legacy (Liberty in Australia), staged a drive day of the Outback version at an off-road course. Honda has just held a drive day of the new Odyssey, and in late September, Mazda put on a track day for its RX-8.

Toyota and Honda have dominated for the past six years, and there are concerns among jurists -- and obviously among some rivals -- that it is time for one of the smaller brands to win if only to maintain interest. Paradoxically, the Prius probably most deserves to win this year because of its level of innovation.

Last year, the awards for Japanese cars and imports were combined. The inclusion of five imports in this year's 10 finalists is seen as a gesture by the jurists -- no one expects them to survive the final round of voting. Imports have a market share of 7.7 percent in Japan.

The COTY award is funded by about 30 of Japan's car magazines, whose editors-in-chief choose the 48 jurists annually.

This year there are 10 racing drivers who are regular print commentators but who are believed to have allegiances to race teams. Other jurists include a video game software designer, a golfing writer, a popular radio DJ and even a music producer.

* Expatriate Australian Peter Lyon is one of two foreign Japan COTY jurists. He has lived in Japan for 17 years.


(Drive.au より引用)
(日本語訳:)

毎年恒例の日本カー・オブ・ザ・イヤーの季節。
−それは選考委員のための過剰なロビー活動が展開される季節でもある

報告:ピーター・ライオン

今回の論点は、日本カー・オブ・ザ・イヤー(どのメーカーも狙っている)の下準備として行われている裏工作、及びロビー活動についてである。

以前にも、同賞の最終選考前に選考委員48名に対して、メーカーがロビー活動を行うことは珍しくなかった。
だが、今年の同賞の選考では票の買収が熾烈を極めた。
一部のメーカーでは、選考委員に対し「我が社に是非投票してくださいね」と広報担当だけではなく、開発主査にまで電話をさせていた。

その後、各メーカーは選考委員を繋ぎ止めるための「特別のCOTY選考委員向け試乗会」を開催した。中には、引き続いてメーカー主催でゴルフ・トーナメントを行ったところもある。日本では、ゴルフは恐ろしく高価な遊びである。一部の選考委員にとっては、とてもではないが自分の小遣いではこのような遊びなどできないであろう。

選考会の1週間前には、トヨタは、プリウス(COTYの有力候補)のサーキット走行会を開催して高い動力性能を印象づけ、次いで、エコロジーと経済性を選考委員に印象づけるべく公道で各誌対抗の100kmのエコノミーラン大会を行った。更にトヨタはダメ押しとして、選考委員のために「製品情報の特別復習セミナー」まで催している。

しかし、中にはもっと露骨な工作があったのかもしれない。というのも、10人もの選考委員が、定価の30〜40パーセント引きで、とあるCOTYの有力候補車を購入しているのではないか、という噂がまことしやかに流れているのである。

その他のメーカーも同様である。選考のわずか2週間前には、スバル(レガシィで賞を狙っている)は、アウトバックのオフロード試乗会を開催している。ホンダも新型オデッセイの試乗会を開催したばかり。マツダも9月末にRX-8のサーキット走行会を開催した。

過去6年間はトヨタとホンダが同賞を独占しており、選考委員の間には―そして両社以外の競合他社の中にも明らかに―興味を惹くためにそろそろ他社の受賞も、という空気があったには確かだ。しかしながら、今年については、その技術革新のレベルからはおそらくプリウスが大賞にふさわしかったのではないだろうか。

昨年からは国産車部門と輸入車部門の賞が統合され、今年の10ベストカーの中に5台の輸入車がランクインした。
しかしこれは恐らく選考委員のポーズにすぎず、COTY大賞にはこれらを選ばないであろう。輸入車は、日本では7.7パーセントの市場占有率しかないからだ。

COTYは、日本の自動車雑誌約30誌が出資し、編集長らが48人の選考委員を毎年選んでいる。
だがその人選は微妙だ。今年の選考委員には、活字媒体に寄稿している10人のレーシングドライバーがいるが、彼らはレースチーム(特定メーカー)に忠誠を誓っていると考えられるし、他の選考委員にはゲームデザイナーや、ゴルフライター、ラジオのDJ、更には音楽プロデューサーまでいるのだから。
彼もまたCOTY選考の恩恵をうけていたはずなのに、内情を公に署名入りで、しかも否定的ニュアンスでばらしたという勇気は誉めるべきだろう。
さて、このピーター・ライオン氏の暴露が真実と仮定すると、ほとんどその全てが国沢氏にあてはまってしまうのだ。

広報や主査から電話 これまでも電話がかかりまくっていると暴露している
特別試乗会 石川、オーストリア、北海道等
ゴルフ 北海道、FISCO、長野他で8回
プリウス走行会 参加している
プリウス勉強会 夜、意見交換会を行っていると日記にある
COTY候補車の優待購入 プリウスを早々に買っている
アウトバック・オフロード試乗会 (更に豪華な試乗会をオーストリアで実施)
オデッセイ試乗会 参加している
RX-8サーキット試乗 (不明だが発表早々に試乗済)

唯一、プリウスを3〜40%引きで優待購入したかどうかは不明ながら、見事なまでの一致である。

ま、kunisawa.netを見ている方には既知すぎて「なんだよ、その程度か。ものたりんな」と思うかもしれないが、何も知らなかった方への影響は少なくないであろう。

そして週刊新潮2003年11月27日号40Pにも【100キロ減量した「カー・オブ・ザ・イヤー」の裏】と題した記事が載った。その中での選考委員の暴露話の内容はほとんどライオン氏と同じもの。選考委員の口から明かされた富士重工とトヨタの接待合戦の内容である。


100キロ減量した「カー・オブ・ザ・イヤー」の裏

これまでいちどもカー・オブ・ザ・イヤーを受賞できなかったスバル(富士重工業)の悲願達成である。今年のレガシィの受賞。(略)

メーカーは10点獲得をめざして競争をするのだが、今年はこんな具合だった。

「トヨタは気合が入っていた。プリウスのレース仕様車の試乗会に用意された3台は、ともにゼッケン"10"。明らかに"10点入れてください"というメッセージです。投票前夜祭に上映したCMビデオも、トヨタは金のかけ方が群を抜いていて、伊達公子や養老孟司先生が”お願いします”と呼びかけていました」

と先の選考委員。対するスバルはというと、

「選考委員をザルツブルグに呼んでの試乗会は、古城に泊まりクラシックの演奏を楽しみ、と豪華でした」

別の選考委員は、水面下での動きも指摘する。

「各社の役員から”ぜひ来週お願いします”という電話がかかってきました。候補車を選考委員に安く売ったメーカーも。”メーカーとの絡みがあるから10点入れなきゃ”なんて堂々と言う委員もいました。」

が、ともかく、今年はトヨタやホンダにはあげたくないという空気が選考委員の間にあったという。

「小さいメーカーでも章を取れなきゃ業界がいい方向に発展しない。それにレガシィは車がよかった。100キロの減量をはじめ、走り、エンジン、内装の質感などすべてよくなった。(略)いつもスポンサーに10点を入れるレーシングドライバーまでが、レガシィに10点入れていました」(同)

結果、322点のプリウスを抑え、368点でレガシィが接戦をものにした。


(週刊新潮 2003年11月27日号 40Pより引用)
ちなみに、この号の自動車の広告は、表紙裏の見開きにMB、12-13P見開きでアウトバック、43Pにエルグランド、61Pにアクセラ、79Pにブルーバードシルフィであった。上の記事内容がなんとなく富士重工寄りである理由が分かるであろうか。

この記事に出てきた選考委員がライオン氏かどうかは不明だが、松下氏の日記の件もあり、選考委員同士の中での黒い噂は絶えないのであろう。

● トヨタさん見捨てないで

ここで、国沢氏の奇妙なまでのトヨタへのフォローの考察に戻る。
COTY選考から少し経って、2ちゃんねるの車関連のボードのいくつかに以下のような内容が書きこまれている。

416 名前:名無しさん@そうだドライブへ行こう 投稿日:2003/11/18(火) 20:18 ID:7dsEYoGC
トヨタから“非公式”に各雑誌に対して「スバルに10点入れた評論家はトヨタ車のレポートに使うな」というお達しが出たらしいよ。
各雑誌の新型クラウンのレポーターの陣容が楽しみだな(w

516 名前:名無しさん@そうだドライブへ行こう 投稿日:2003/11/19(水) 21:24 ID:Uu3C2qV8
>>512
トヨタは怒ると出禁にして、媒体に圧力かけて抹殺はかるからなぁ…。
今回のスバル10点組は、来年はマジに覚悟しておいたほうがいいと思われ。
COTY発表翌日、水道橋では朝から怒号の飛び交う会議漬けだったとか。
何人かが時期はずれの“栄転”するらしい(w
プリウスあぼ〜んのおかげでかなり人柱たっちゃうみたいだから、今回ばかりは恨みの根は深そう。
仲良し(だと本人は思ってた)の広報担当が、時期はずれの“栄転”してるかもしれないから大変だね。

565 名前:名無しさん@そうだドライブへ行こう 投稿日:2003/11/20(木) 16:06 ID:Zt+ingsN
>562

COTYを取る→広報の評価

となる部分があるため、状況を見てイケそうなら絶対狙う。
メーカーによって、必死になる度合いは異なるが、ホンダは別格。手段を選ばない。
トヨタ・フォードは豪華だが手段としては正統派。
日産・三菱も正統派だが予算がなさそう。(ロケーションなどがヘボい)

いかに多くの紙面を獲得できるか、いかにテレビへの露出を多くできるかが広報の
主な仕事です。会社によってはゴミどもに接待してでも結果を求めるので、COTYも
取りにいくわけです。(広告などは広報ではなく宣伝です)

TV>>>>>雑誌なので、今年のように東京モーターショーがある年はTVの
カバー率がCOTYより大切です。ニュース番組などで、東京モーターショーが
紹介された際に、どれだけ自社の映像が流れたか、です。これは接待で獲得
できるものではないので、COTYと違ってメーカー/車両の話題性、内容が反映
されるといわれています。

今年は映像的に映える飛び道具(PM)でトヨタかと思われていましたが、
結局日産でしたね。ブースもショーカーも良く出来てたし、社長も話題の人なので
当然かもね。

572 名前:名無しさん@そうだドライブへ行こう 投稿日:2003/11/20(木) 17:04 ID:qJZgh/4M
>>533
本当に何も知らないんだな(w
もうすぐアムラックスに説明員が増員されるぜ、元・広報部の(w
そこの社長も兼任から専任になるってよ。
COTY翌日に抑えてた新聞広告の穴、けっこうデカイらしいぜ。

(2ちゃんねるより引用)
これらの信憑性は、2ちゃんねるであることから疑わしいのは確かだ。しかし、評論家の日記、またCOTY選考会のレポートなどを見る限り、トヨタがかなりCOTYに力を入れていたことだけは確かである。

そして前に書いた、北米プリウス試乗取材参加メンバを記述してみると、それぞれのレガシィ−プリウスの点数は

片岡氏(10-2)、河口氏(10-3)、川島氏(5-10)、松下氏(10-3)、小沢氏(4-6)、(松田氏?(10-6))

となっており、明らかにプリウスの点数を低くしている選考委員が多い。松田氏も加えると合計で49点対30点。20点近い差が、この6名だけで生じてしまっているのである。
サンプルが偏っていることは否定できないが、これを見たトヨタの担当者が激怒する可能性があることもまた否定できないであろう。

もし、これら2ちゃんねるの書き込みが真実に近く、かつ国沢氏がCOTY選考やプリウス購入にあたってかなりの便宜を受けていたと仮定すると、国沢氏が行ったトヨタへのフォローが、パズルのピースを合せるように、ぴたりと符号してしまうのである。

つまり、

「広報のガンバリ(接待?)がちょいと足りなかった。来年はもっとがんばってね」
「ワタシはレガシィに10点入れたけど、プリウスにも10点入れたかったんだよ」
「ワタシがレガシィに10点入れたからといって怨まないで寛大な心でいてね」

というメッセージである。 2ちゃんねるでも、以下のような分析が書き込まれている。

国沢的には、自分はレガシィに10点入れるけど、他の連中がプリウスに入れるから
結果としてレガシィは僅差で2位となり、一応プリウスには8点入れてあるから
トヨタから睨まれることもなく、エビカニ量で勝るスバルに対する義理も果たせるという算段だったんだろうな。
ところが蓋を開けてみれば、同じ事考えるバカばかりで本来獲るはずのプリウスはCOTYを逃し、
レガシィが獲った、と。
これでトヨタが激怒して来年からエビカニ供給をやめてくれたら面白いな。
ま、国沢達はそれを恐れて今後しばらくおだてまくるだろうが・・・
それでもろくに読まれない提灯記事と、COTYの印籠では一般人に対する宣伝効果に
差があるだろうからトヨタの怒りは収まらない、と。

(2ちゃんねるより引用)

残念なことに、この仮定と分析が国沢氏のフォローを最もうまく説明できてしまうのだ。

もちろん真実は彼しか分からない。だが、多くの読者に、上記の仮定が正しいと思わせてしまう事象があまりに多すぎる。
その後も、プリウスが北米のモータートレンド誌のCOYを取得した際にもフォローを忘れなかった。ここまでくればもはや痛々しい。トヨタから見捨てられないように必死ですがっているかのようである。

はたして、国沢氏がプリウスに10点を投じていれば、これほどまでにプリウスをフォローしていたであろうか?
それはやはり彼にしか分からないことであるのだが。

いずれにせよ、2ちゃんねるでの書きこみが真実に近ければ、今後の各氏、各評論家のトヨタ車のインプレでは何かの傾向が生じると思われる。それが最も顕著にあらわれるのが国沢氏であることは、多くの読者諸氏も考えられていることであろう。
● あなたに迷惑はかけてませんよ

以上のように、思想だけは気高いが、肝心の消費者がどこに関係しているのやら分からない、選考基準もよくわからず、接待が賞を左右しているかのようなCOTYに対して、疑問が生じる方がいるのも当然である。

2002年には、伏木氏の掲示板で「COTYは何の意味があるのか?」という話題があがった。そこで伏木氏は、以下のような意の返答を述べたと記憶している。

「自分は選考を委託されているだけの立場なのでCOTYの運営に関してコメントできる立場にはない。だがあえて言えば、COTYは多かれ少なかれ現在の世情を示している。利点もあれば弊害もある。自分はそれを理解した上で、清濁あわせのんで選考委員をやっている。もちろんCOTYが自分に有益なものであることは否定しない。だが、ここで批判ばかりしていても始まらない。ではどうすればいいか、という視点での意見を出して欲しい」

煙にまこうとしている返答だ、と感じる方もいるだろうが、さりとて、彼の立場ではこう述べるのが精一杯ではないかという返答であることも事実である。これは彼の精一杯の誠意ある回答だと受け止めておくべきであろう。

その話題が、2003年では、kunisawa.netにて起こった。 本来なら黄昏野郎バスターにて、国沢氏に否定的な書きこみは検閲が入るはずなのだが、この書きこみはこれまで国沢氏に極めて好意的な常連からの意見であったため、黄昏野郎バスターをスルーして反映されてしまったようである。

その意見に対する国沢氏の返答は、伏木氏の回答の姿勢とはまったく異なっていた。
ついにレガシィが! 投稿者:D  投稿日:11月14日(金)00時31分11秒

カーオブザイヤー受賞!ソルベルグもタイトル獲得したし、スバルにとってなかなかいい年になりましたねー
(略)

雑感 投稿者:G  投稿日:11月14日(金)01時58分07秒

☆カー・オブ・ザ・イヤー レガシィが受賞 今年中に納車される予定のプリウスは2位だった
プリウスに10点の人が19人 レガシィが18人 ワタシはこれで十分満足です
まだまだ歴史が無いハイブリッドやる事がたくさんあります(間違った方向に行かないことを願う 所詮はエンジン車とは別モノ)
(略)

残念・・・・・ 投稿者:Y  投稿日:11月14日(金)18時41分35秒

まずは スバルさん レガシィおめでとう。
僕は、レガシィを試乗したときに レガシィの良さがわからなかった。(レガシィはまったく持って嫌いなのです。)
個人の感想より イベントで買ったもの勝ち。本当におめでとう!

プリウス・・・・・くやしい。
来年ハリアー・ハイブリットでリベンジを願っております。
(意外とクラウン・セドリックが本命になったりして)

Yさん 投稿者:国沢光宏  投稿日:11月14日(金)20時33分11秒

私が送ったメール、届いてますか?

カーオブザイヤー 投稿者:R  投稿日:11月14日(金)21時05分27秒

カーオブザイヤーの選考委員採点表みましたが、レガシィに10点を入れた人がプリウスに低い点を入れている人が多いように感じた。なぜだろうか・・・

今更なんなんですが 投稿者:N  投稿日:11月15日(土)01時47分31秒

毎年カーオブザイヤーが発表になるたびに思うのですが、これってなんかとても云いづらいんですが、この賞って、今年の流行語大賞を決めるのと本質的に殆ど変わらないんじゃないかって思うのです。(云ってしまった)

例えばオーディオではベストバイコンポとかCOTYやら雑誌主催の賞がありますがあれなどは、カテゴリー別、価格別にクラスが分かれていましてそこにノミネートされた商品に複数の評論家が投票、順位を決定します。
そこは本年の新作も過去の年度に発表されたものも生産発売されてる以上は、同じ土俵に立っての勝負になっていて、当然新作が古いものを必ず上回る訳ではなく何年も前に発売された名機が連続して上位を独占したりする現象が起こっていて、しかしこれは商品選択するユーザーサイドにとって少なくともある程度有益な情報源とはなっています

もちろん趣味の世界のオーディオと実用のクルマの世界は違うと思いますが、しかしカテゴリー(用途)も違えば価格帯も大きく違うものを、その年度に発表になったクルマだから、という理由で、なにか世の中の空気のようなもの、その時のトレンドのようなものと思われる一定していない基準でもって、いっしょくたに投票して一喜一憂するっていうのは、少なくともユーザー側にとっては大して意味のない事に思えてしまって。

Nさん 投稿者:国沢光宏  投稿日:11月15日(土)01時57分39秒

ユーザーがどう判断するのかは自由だと思います。
アメリカでもヨーロッパでもカー・オブ・ザ・イヤーは文化として存続しています。
お祭りでも行事でも「やらなくたってオレは困らない」という人は居ますから。
Nさんはきっと「何で運動会なんかやるんだよ?」派だったんでしょうね。
私は文化こそ人間の証だと考えます。
たいした意味が無いと思うなら無視してください。
きっとNさんには迷惑掛かってないです。

Nさんがおっしゃっているのは 投稿者:E  投稿日:11月15日(土)03時12分12秒

Nさんのおっしゃっているのは、カーオブザイヤーという文化を否定されているのではなく
新車だけを対象としたカーオブザイヤーではなく、
現在販売あるいは購入可能な車すべてを対象にしたカーオブザイヤー
それも購入価格帯を500万円以上、500〜200万円台、100万円台、100万円以下
などのようにしたもののほうがユーザーサイドにとって有意義でしょ
という提案のように受け取れましたが。(=^・^=);;

たしかにマイナーチェンジでどんなに成熟した車が投入されても現在のカーオブザイヤーでは対象にならないですし。

みなさんの意見を読んで 投稿者:N  投稿日:11月15日(土)11時42分53秒

例えば話が飛躍するようですが、
(略)
Eさんが仰ってるのがもっとも端的に判りやすい文章ですね。
すみませんね、ややこしくしてしまって。国沢さんの仰ってるように、私にはなにも迷惑はかかっていないので、云うか云わないか躊躇してました。
ただ私自身はイベント大好きのほうだと思いますよ。
クラス委員やってた中学の時、投票してもらって今週のクラスベスト10歌謡曲を発表して昼飯時間にかけてたくらいですから。
(その後職員会議でいろいろ問題になり立ち消えになりましたが、、。)

そうですね 投稿者:国沢光宏  投稿日:11月15日(土)12時10分42秒

建設的な意見であれば大いに受けたいと思います。やらないのが一番簡単ですから。

もう少し細かく 投稿者:K  投稿日:11月15日(土)14時40分03秒

カー・オブ・ザ・イヤーについてです。
もっと多くの車種がクローズアップされる方がいいと思います。
現在は、クルマトータルが受賞の対象ですが、デザイン(パッケージ)、エンジン、セーフティ、環境、とか多くの部門を設定してみたり・・・。
そうすれば、より多くのクルマ・メーカーが受賞対象になり、一般ユーザーはあのクルマはここがイイというコトも分かり易くなり、盛り上がるのではないでしょうか。
様々な点が優れているクルマは、当然○部門制覇みたいなコトになります。
ベスト筑波ラップタイムとうのも面白いかもしれませんね(笑)。

いっそのこと 投稿者:8  投稿日:11月15日(土)18時02分40秒

このホームページでその、カーオブザいま売っている車ってのを決めてしまうのはどうでしょうか。おもしろそうだと思うんですけど。

じゃやりまっか? 投稿者:国沢光宏  投稿日:11月15日(土)18時44分07秒

本文無し!

いろいろ 投稿者:KR  投稿日:11月15日(土)21時02分12秒

(略)
COTY、面白そうじゃないですか。例えば国産1300ccクラスだとフィットがいまだに
優勢だと思います。

いいですねいいですね 投稿者:N  投稿日:11月16日(日)00時32分27秒

カーオブザイヤーby国沢スタンダード。
国沢さんの評論を信用する人が集まってるんですから、なにはさておき国沢さん個人のスタンダードを発表して頂くのが筋でしょうね。

カテゴリー、価格帯別に、又、Kさんがおっしゃるようなパート別の点数を加味したりしてたたき台というべきものを発表していただくのです。

このスタンダード、信ずる者は救われる、が骨太のテーマなのであってまず一般的ユーザーならこれを見ただけで車選びが出来ちゃう、という程の代物です。悩めるユーザーの福音書であり羅針盤なのです。

それだけに国沢さんの評点作業も慎重を極め、さながら現代版伊能忠敬日本地図作成の様相を呈してきます。国沢さんのライフワークに匹敵するものでもあり、自動車業界に対しても一定の影響力を持つものとなる事必定でしょう。
当然、その評点に関して関係各方面からの問い合わせや討論も予想されますが、それもまた掲示板上での重要なテーマとなり得る事でしょう。

私なりに思うことは、クラス分けは難しい作業になるのでは、と予想してます。
例えばセルシオが600万までのクラスで戦うのか、500万以上のクラスで戦うのか?といったケースの相対評価の場合では全く違う結果になるからです。
パート性能の評価点数は従って絶対評価でつけるべき、と考えていますが如何?
そうすれば、多種多様なユーザーの括り需要にも如何様にも対応出来るでしょう。

私達は、今後登場する新型車が国沢スタンダードの中ではどんなポジションに来るのか、と興味深く見れ、しかも一目瞭然で判定してしまえるのですからとても有用な物差し、として活用できるでしょう。

雑感です(ノイズかも?) 投稿者:G  投稿日:11月16日(日)03時24分49秒

岩貞るみこ さんのカー・オブ・ザ・イヤーの内訳は

>レガシィ10年=10点とすると、2位以下は乗り続けたい年数がそのまま点数になりました。
>私の配点は、A3=7年、RX−8=4年、プリウス=3年、XJ=1年です

という基準らしいです ナカナカ ユニークな方法ですね
プリウスが3年ですか?確かにMC後はかなり進歩みたいなハイブリッド車は困るな〜。(宿命か?)

(略)

なんか車選びでもするんですか?ドンナ方法でしょう?良く分かりません
私は全車種試乗する機会も無いし試乗してプロの方の様に鋭く観る眼も御座いません
ましてやテイスト(味)ボディ剛性など深い所は分かりません 
(ある意味スペックなど意味無いと思っていますから)
単なる車のファン投票ですか?トヨタ党とかホンダ党とか、、、そうなると益々興味御座いません
(というか何がしたいのか良く分からないのですが、、)

カーオブザイヤー 投稿者:S  投稿日:11月16日(日)08時48分09秒

カーオブザイヤーについて、わたし自身は昔ほど注目しなくなったのは確かです。
でも、カテゴリー分けせずに選ぶ現在のやり方は、「イヤーカー」その年を代表する車と考えれば、むしろ正しいんだと思っています。好不況、環境意識、ライフスタイル、様々な世相の移り変わりにつれて、選ばれる車たちも世相を反映したものになるのではないでしょうか?
カテゴリー分けしたとして、今年のクロカン4駆なんて選ぶ意味無い気がしますしね。

ただ、選考の近くに発表された車が印象が強いには当然ですし、しかし、プリウスのようなコンセプトが斬新であったりよほどパッケージングが目新しいのならともかく、
優れているけれども特別なことは無いくるまが、発売前で市場の評価を待たずに選考されたり、その後試乗評価が高くっても翌年には選ばれないと言うのも残念な所で、そのあたりは選考委員の間で「これは翌年評価しましょう」とか言う事にしても良いかな?なんて思ったりもします。
時が過ぎて、「歴代カーオブザイヤー」なんて言うのを見た時に、その車と世相がリンクして思い出せると良いな。

(kunisawa.netより引用)
N氏の疑問に対しての国沢氏の返答は、これまで氏がやってきた騒動の教訓をまったくとり入れられていないものであることは、あらためて書くまでもないであろう。

自身の見解を述べるというよりも、開き直りと質問者への個人攻撃となっている。 しかも、議論の公性なる仲裁者であるべき主催者が、他の参加者の仲裁をうけてしまっている、というていたらくぶりである。
そしてN氏も、その後は歯が浮いて飛んでいきそうなお世辞を並べてしまっている。

−N氏のフォロー(お世辞)は、まさに国沢氏がCOTY選考後にトヨタに対して述べているフォローと同じような印象を筆者は受けるのだが−


筆者が1章と2章と4章で書いてきたkunisawa.netの小失敗の多くが、この少ない掲示板のログに詰まっているのだ。

筆者がここに書いてきた忠告、また筆者以外もしたであろう心ある助言は、彼等にとっては所詮は蚊の羽音程度にすぎないのであろう。


● COTYとは

既に4-7にて、COTYとは何かという筆者なりの結論を出したのだが、その後の自動車ライター各氏の日記を見れば、その結論を裏づける内容のことばかりが並んでしまっていはしないだろうか。

週刊新潮やライオン氏が報じた舞台裏、それを裏づける日記を各氏はWEB上に書きまくっているのである。これを見れば新潮やライオン氏の記事が嘘っぱちだと言う人などいまい。むしろ、「COTYは接待や賄賂で決まる」と判断する人の方が多かろう。

消費者とは何の関係もないところで繰り広げられる、見栄と欲と欺瞞。
「これは業界のお祭り。メーカーのためにあるもの。消費者には関係ない」と選考委員が開き直る行事。
せいぜい2ヶ月しか持続しない宣伝効果のために、四半期にわたって行われる接待。
広報が自身の社内評価をあげるために会社の金を使って行う宣伝工作。


これでは業界の自慰にすぎないではないか。例えが極めて下品で申し訳ないが、アダルトビデオを見た童貞のガキが、「あのビデオどうだった?」と聞かれて「こんなに気持ちよかったよ」と使用済のティッシュを見せるようなもの−COTYの称号は、その使用済ティッシュの価値しかない。多くの消費者は自慰のカスなど必要としないのだ。 (極めて一部のマニアには必要なものかもしれないが、その一部のマニアの評価の価値はそのために費やす労力に見合ったものかといえば極めて疑問である)

筆者の心の底では、COTYはここまで腐っていると信じたくはない気持ちはあるのだが、これがCOTYの実際の価値とすれば何とも悲しいことである。

そして選考委員達は、自らそのようなネガティブイメージの根拠をWEBにて明かしてくれているのである。
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(草案 2003.11.28)