4-8 離島には1,000万円の渡船で十分
● 実際に住んでいないと分からないこと

比較的早く本州と陸続きとなった九州は別として、北海道の方や四国の方にとって、本州と陸続きになることは夢であった。そして前者は青函トンネルにより、後者は瀬戸大橋によって達成されたが、瀬戸大橋に関しては採算性の悪さを指摘され、「3本もいらないではないか」と批判されつづけている。

しかし瀬戸大橋が建設された背景には、悲しい事故があったということを知る人は意外にも少ない。
それは1955年の宇高連絡線・紫雲丸の事故である。この事故は濃霧の瀬戸内海にて発生し、168名が亡くなった。このうち100名は修学旅行に行く学童で、そのうち90名は力の弱い女生徒であったという。
濃霧の海に「お母さん、助けて」と叫ぶ声がこだましていたというのは現地では未だに語られる話である。
ちなみに青函トンネル建造のきっかけとなった洞爺丸事故はこの前年にあたる。

そしてこれがきっかけで「本州と陸続きにして欲しい」との声が四国各地で沸き起こり、当時の四国選出の参議院議員の平井氏は、瀬戸内海を陸路で渡れるようにしいて欲しいと国会で嗚咽を漏らしながら訴えたという。
そして瀬戸内を陸路で繋ぐ計画が動き始めた。当初はトンネルだった計画が橋となり、昭和63年4月、はじめて四国と本州が陸路で結ばれたのである。瀬戸大橋のあゆみ参照。

しかしこの架橋には想像以上のコストと、更に何名もの犠牲を伴った。また3ルートも必要かどうかも議論された。しかし明石−鳴門ルート上の鳴門海峡、明石海峡も海流が速く(鳴門の渦潮は有名であるし、明石の海流で揉まれた鯛は美味いと言われるほどである)海難事故のメッカであるし、尾道−今治ルートは瀬戸内の島の方々の生活道路という側面もある。どこが不必要であったかという点に関しての判断は非常に難しい。

そして、偏見かもしれないが、関東地方−特に都心に最初から住んでいる方−に、このような地方のインフラ整備を「無駄である」と声高に叫ぶ人が多いように見受けられる。それは致し方ないことではあるが、最初から整備されたところに住んでいると、
それがない状態からの差を感じたことがないからである。

例えば筆者の実家は、以前は一番近い1車線の道から200mほど私道を通らねばならなかったが、その私道は幅2mもなく片側は蓋の無い水路であり、月に一度は脱輪する車があった。それが25年ほど前、近くに2車線の産業道路が通り、そこから10mで実家につけるようになった。道路と同時に上下水道も通り(それまでは井戸と浄化槽であった…)、これらによる恩恵は計り知れないものとなった。

また地方にはまだまだ1車線の道が多いが、たとえ交通量が少なくとも、地元ではそれらの2車線化を望む声は大きい。1車線の道は、道路にする十分なスペースが無いので幅が狭いことでもあるため、見通しが悪い場合が多い(特に山岳部、島など)。これでは車にとっても走りづらいし、また歩行者・自転車にとっても危険なのである。実際筆者もブラインドコーナーの先にリヤカーを引いていた方が・・・といった、ひやりとする経験を幾度となくしている。

行政・予算的な視点で、道路や橋が「本当に必要か否か」を検討するのは大切なことである。
しかし、都会の方が生まれたときから「あって当然」であったインフラがない状態で不便を強いられた地元の方にとって、たとえ採算があわなくても無理して設けられたインフラは、非常にありがたいものである。そしてそのインフラが「どこまで必要であったか」という点については、ちょっと取材したり、少しの間訪問したくらいでは分からない。
現地に何年も住んでいる人しか実感できないと言っても過言ではないのである。

悲しいことに、
僻地のインフラ整備について「こんなところに無駄金を使うな」と声高に主張している人の多くは、観光でちょっと訪れたり、TVの恣意的なニュースや週刊誌を見て判断しているだけにすぎない本当に何もない状態で不便さを味わってみれば、「こんなものいらない」と思ったものの大切さが分かるはずである。

また僻地がなぜ過疎化しているかについても、併せて考えてみられるとよいだろう。

● 人口100人の島に橋などいらぬ

車趣味を別とすれば、国沢氏の趣味はスキーとダイビングである。
人の趣味にはケチをつけるつもりはないが、なんとなくバブル時代の映画「私をスキーに連れてって」と「彼女が水着に着替えたら」に影響されまくったミーハー路線のような気がしないでもない趣味ではある。

それはともかく、ダイビングに関しては彼は毎年のように座間味を訪れ、海中散歩を楽しんでいるようだ。まあせっかく時間とお金をかけてリゾートに行ったのであるから、存分に楽しむのは当然で、大変よろしいことである。またリゾートの楽しさを日記に書くのも問題はまったくない。むしろ島の宣伝にもなって大変結構であろうと思う。
しかし、国沢氏はこのような心身をリフレッシュだけすればよい事象に関しても、何かに一言文句を言わないと気がすまないかのようである(苦笑)。

今回、そのターゲットとなったのが、阿嘉島と慶留間島とを結ぶ阿嘉大橋である。
2001年5月16日 (改訂前)

自分の専門分野である国土交通省の役人を見てると、もう全く意思の疎通など出来ないな、と思える輩もいる。こちらが赤と思っているモノを黄色だと言うような感じ。頭脳明晰なんだろうけれど、世の中の動きとズレているとしか思えない。原稿書きの途中で国会中継見ると、まぁ至るトコロで役人が世の中の流れを堰き止めているみたいだ。

連休中に滞在した阿嘉島は隣の島(慶留間島。40世帯。人口96人)との間に驚くほど立派な橋が掛かっている(竣工平成10年。
工費数十億円(筆者注:後に50億円に修正))。これをムダ遣いと言わないのか? だったら1千万円の立派な船を10年ごとに新造し、専属の船長雇った方が安いのでは?

(kunisawa.netより引用)
国沢氏としては、この発言は補助金ばら撒きの無駄遣い行政に視点をあてて批判しているつもりだったのであろうが、その発想と着眼点が浅すぎて、結果として「離島・僻地差別だ」ととらえられかねない問題発言となってしまった。
そしてこの発言を見て、kunisawa.netの掲示板でも読者の反論があった。しかし、国沢氏は意見をまったく撤回しようとせず、批判者を見下した発言をするのみであった。
No.8364 橋の件 T  2001年05月16日(水) 09時08分

皆様and国沢さん、こん○○は、
トップページの橋のことでちょっとだけ書かしてください。
二つの島がどんな位置関係に、ありその橋がどんな橋なのか私には解りませんが、先生が書いているように船を造れば良いのでしょうか?その島で夜中に急病人が出た場合先生はどうされるのでしょう?船頭呼んで船を出しゆっくり渡りますか?運悪く海が荒れていたらその人は医療も受けられず・・・・それで良いのですか?

公共施設、医療施設、公共交通の整った東京にお住みの方には、なぜその橋が必要なのか語る資格は無いと思います、そこに住んでいる方々はその橋が出来たとき本当に喜んだのでは無いでしょうか、たぶん阿嘉島にはそれなりの医療施設とかが有るのではないですか
慶留間島は40世帯96人の島ですからたぶん無医島ですよね、じゃそんな島出ていけばいい、と言われますか?東京一局集中都市集中で日本は良いのでしょうか?田舎は切り捨てですか?
たとえば、去年の三宅島の災害復旧に掛かる費用と島民の数をどう考えられますか?
一所帯あたりで言えば数千万円掛かります、出ていけ、そうすれば無駄な出費が抑えられるとおっしゃいますか?

確かに無駄な公共投資は存在します、田舎に住む人間に言わせれば、都市周辺に色々な施設を作っている事の方が無駄だと考えるかも知れません、公共事業はこれから変わって行く事は間違い有りませんが、
先生が書いているような簡単な答は無いと思います。
その施設や道路を利用する関係者が、費用や必要性を充分理解して進められれば関係ない人間が何を言ってもその事業は無駄では無かったと言う事に成ると思います。
最近は、インターネット上に各種の公共事業に関する投稿ページが存在します、いろいろな意見は、その事業をより良い物に変える事が出来ると思います、どしどし投稿して下さい。

ちょっときつい書き方になりましたがお許し下さい。では、楽しいカーライフを

No.8365 橋を見たこと有りますか? 国沢光宏 2001年05月16日(水) 09時49分

ネット社会は無責任な発言が多く見られます。二つの島の間は200m。
なのに驚くほど巨大な2車線の橋が架かっています。
阿嘉島にも緊急医療出来るような病院はなく、現在ヘリコプターで運んでいる状況です。
ちなみに自衛隊のヘリコプターですので、普通の台風くらいなら飛んできます。
それでも緊急時の行き来が必要なら、簡易型のロープウェイという方式もあると思います。
Tさん、他人に意見する時はキッチリと状況を掴んで下さい。

No.8368 意見ではありませんが T  2001年05月16日(水) 11時21分

先生すみません、別に先生の書かれた事に意見した覚えはないのですが、
船で代用出来ると書かれていたのでそんな簡単に代替え案が決まる物では無いと思い書いたまでです。無責任と言われては心外ですが色々な地域の事情が有るのではないかと考えたまでです、なぜその橋が必要とされたかはその地域の方しか解らないのでは無いでしょうか、先生もその理由まで調べられていらっしゃって、それでも必要無いと書いてみえるのなら、私が間違っていますが

橋は見たこと有りません、本当に2車線の橋が必要なのかは、確かに意見の分かれる所ですね、台風の時等にも稼働出来るのなら簡易型ロープウエーでも良いのかも知れません、また、5m位の幅員の橋でも良いのかも知れません。
この辺は、確かに国土交通省の画一的な補助金行政の悪いところです、全国一律に同じ規格の道路を造らせる、もっと地方の事情や費用によって、造る道路が変わっても良いと思います、ただ、すべてに言えることは、その地域でその施設を必要としている人間が論じ合い、どんな物が本当に必要なのかを決めて造るべきだと思います。
これからの公共事業のあり方は、こうあって欲しいと思います。

No.8369 驚きました。 K  2001年05月16日(水) 12時15分

キッチリと状況を掴んでからと言われてもトップページには、2つに島の距離も驚くほど立派な橋の写真も無く、自衛隊のヘリコのことも何も書いてないのですからほとんどの人はTさんと同じように感じたのではないでしょうか。私には少なくともTさんの発言が、いわゆるネット社会での無責任な発言と同じ類とは思えません。
橋さえあれば子供でも歩いていけるのにいちいち船を待ち、緊急の時に簡易型ロープウエイ?などという不確かなものに私は乗りたくありませんし、子供も家族も乗せたくない です。
緊急時でなくても毎日の生活に必要なものでしょうし、たった200メートルで何十年も離島として不自由な生活を送ってきたと思われる人達がトップページ見てどう思われるで しょう。クルマ何台持ってても橋がなけりゃただの鉄の箱なんです。
普通の台風?というのはどういう意味でしょう。いつ変化するかわからない天候の中を飛んで、2次災害の発生は?いったいどちらが無責任な発言なのでしょう。私は本当に驚いています。

(僅か4分で削除された)

No.8370 う〜ん! 国沢光宏 2001年05月16日(水) 12時19分

もし阿嘉島と同じ医療体制が必要なのであれば、
荒天の前に沖縄本島から医師が入り同等の体制を取ることも可能です。一方、建設費分の50億円あれば欧米の大手証券会社に依託すれば年間最低で3%程度の利益を出してくれるでしょう。年間1億5千万円です。
これだけあれば荒天時の医師派遣だけでなく、様々な用途に使えるんじゃないでしょうか?
もっと大きな視野を持ちたいものです。

おひさしぶりです。

久しぶりに覗いたら、なんだか「荒れ模様」(ToT)
もしかしたら、私の投稿で更に荒れるかもしれませんが...

Tさんも国沢さんにケンカ売ったワケではないと思うのですけど(^^;
ちゃんと公共事業に関する改善の方法の一つを提示されているようですし...

>ネット社会は無責任な発言が多く見られます。

一つだけ苦言を言わせてもらえば、トップページの国沢さんの文もそうかな?と(苦笑)
後で発言された橋や島の関係・状況などが、最初からもう少し詳しく書かれていたならば
Tさんの投稿も、また違ったニュアンスになったのでは?

私、知り合いに自衛隊の隊員が何人かいますが、台風や災害時の派遣ってそんなに楽でも
ないそうですよ(苦笑)

ではまた。

(この発言はBBSに反映されず ※)

No.8390 話はそれますが F 2001年05月16日(水) 23時35分

小笠原に空港が計画されていますね。たしかに現在の時点では船で丸一日以上かかるので、必要とも思えますが。
しかし、飛行艇・水陸両用機を使用すれば、空港は不要なはずです。何しろ島の周りには広大な天然の滑走路が広がっているわけですから。
それでも空港を、というならば、建設自体が目的と思われてもしかたありませんね


(kunisawa.netより引用、※のみ2ちゃんねる過去ログより引用)
これ以降、質問者は書きこまなくなったようであるが、筆者がもし質問者であったとしても、そうせざるを得なかったであろう。その理由は以下の考察で明らかにすることにする。

● 座間味諸島の地理・特徴


まず地勢的な面から考察することとする。 座間味諸島は沖縄本島の西方に位置し、マリンレジャーの盛んな島諸群である。その詳細を引用する。
座間味島

那覇の西約40km、慶良間諸島のほぼ中心にある島である。古座間味貝塚から住居跡をはじめ黒曜石、ゴホウラ貝、九州縄文晩期の土器片などが出土している。住民は古くから海洋思想に富み、優秀な船乗りを輩出してきた。 古くから海上交通の要衝であり、唐船貿易の中継地として重要な役割 を果してきた。現在でも、座間味村の内海は、東シナ海、太平洋を航行する船が台風を避けるための避難港として利用されている。沖縄戦では、米軍最初の上陸地で激戦地になった島である。以前は『ケラマ節』として有名なカツオ漁業が盛んであったが、今ではダイビングなど、マリンスポーツの 島として定着している。また、近年ではホエールウォッチングの島として脚光を浴びている。

【所在地】 沖縄県島尻郡座間味村
【面積】 6.66km2
【周囲】 23.2km
【標高】 大岳―ウフダケ―161m
【世帯数】279世帯
【人口】 611人(+76人)
【年令】 小人22%、大人56%、老人22%
【産業】 農業5%、漁業3%、二次6%、三次86%
【来島者】 
53,700人
【交通】
[船]
◎那覇泊港北岸から高速船『クィ−ンざまみ』で座間味港 へ。
◎那覇泊港とまりん前からフェリー『ざまみ』で阿嘉島経由、座間味港へ。
[飛行機]
那覇空港からセスナ機で慶良間空港(外地島)へ、空港からマリンバスで座間味港へ

阿嘉島

座間味港の南西約3kmにあり、座間味村の有人島3島の中で2番目に大きな島である。東部の低地に貝塚があることから、古くから人が居住していたと考えられる。琉球王朝時代の佐久原城跡―サクバルジョウセキ―がある。 集落は南に面 し、島の北側には美しい白い砂浜『ニシハマビーチ』があり、 ダイビングポイントとして定評がある。ダイビングなどのため島に移り住む人で、近年、島の人口は増加している。平成10年6月には慶留間島―ゲル マジマ―との間に阿嘉大橋が完成し、阿嘉島、慶留間島と空港のある外地島―フカジシマ―とがひとつになった。

【所在地】 沖縄県島尻郡座間味村
【面積】 3.82km2
【周囲】 12.3km
【標高】 中岳187m
【世帯数】 148世帯
【人口】 311人(+56人)
【年令】 小人16%、大人50%、老人34%
【産業】 農業1%、漁業6%、二次11%、
三次82%
【来島者】 
25,800人
【交通】 
[船]
◎那覇泊港北岸から高速船『クィ−ンざまみ』で座間味島 経由、阿嘉港へ。
◎那覇泊港とまりん前からフェリー『ざまみ』で阿嘉港へ。
[飛行機]
那覇空港からセスナ機で慶良間空港(外地島)へ、空港からマリンバスで阿嘉港へ

慶留間島

阿嘉島の南約200mにあり、座間味村内の3つの有人島の中で一番小さい島である。
ケラマジカが生息し、保護区に指定されている。唯一の集落は唐船時代に船乗りの里として発達したところで、当時の船頭屋敷『高良家』が今も当時の様子を伝えている。第2次世界対戦末期には米軍の上陸後二日目に島の住民の過半数が集団自決したという歴史がある。現在は、空港のある隣の外地島―フカジシマ―と橋で結ばれており、さらに平成10年6月には阿嘉島との間に阿嘉大橋が完成し、陸続きとなった。

【所在地】 沖縄県島尻郡座間味村
【面 積】 1.15km2
【周囲】 4.9km
【標高】 157m
【世帯数】 40世帯
【人口】 96人(+33人)
【年令】 小人32%、大人46%、老人22%
【産業】 農業―、漁業―、二次―、
三次100%
【来島者】 
1,500人
【交通】 
[船]
◎阿嘉島・阿嘉港から渡船『かりゆし』で慶留間港へ。
[飛行機]
那覇空港からセスナ機で慶良間空港(外地島)へ、空港から送迎バスで慶留間へ


本島周辺離島の島別の自然ポイント より引用、一部編集
座間味島(ざまみじま)

慶良間諸島のほぼ中心に浮かぶ島。この島は太平洋戦争での米軍最初の上陸地で、沖縄最大の激戦地の一つでもある。集団自決などの悲劇も経験している 島である。島の道端には今でも未回収白骨なども残っているとのこと。現在では観光のメッカであり、夏には島の人口が何倍にもなり、観光客ばかりが目につくようになる。ダイビングのメッカであり、有名なカメラマンもここに滞在して撮影する。座間味港から南側に山を越えたところにある古座間味ビーチは、長さ850m の白砂のビーチで浅場に魚も多く、海水浴やシュノーケリングに最適な場所である。こここそ、沖縄ならではのビーチである。

阿嘉島(あかしま)

映画「マリリンに逢いたい(1988.松竹)」や「彼女が水着にきがえたら(1989.東宝)」の舞台になった島で、ダイビングに適した美しい島。島の北側には美しい白い砂浜・ニシバマビーチがあり、海水浴はもちろんのこと、ダイビングポイントとしても高い人気である。この島の人口は増えつつあり、その理由は観光やダイビングで島が気に入り、移り住んだ人ばかりであるという。

※尚、座間味島に滞在しても阿嘉島に滞在してもボートダイビングの主要ポイントはほぼ同じである。

慶留間島(げるまじま)

慶良間諸島有人島の中で一番小さな島で、周囲4.9km、人口63人である。空港のある隣の外地島と橋で結ばれており空港まで車で行けるようになっている。 また、近年、阿嘉島との連絡橋が完成し、阿嘉島からこの島を通って、外地島へ行かれるため、阿嘉島にとっては空のアクセスが良くなった。慶良間諸島有人4島の一つであるが、
ほとんど観光客のいない静かな島である。近年、ダイビングショップがオープンした。しかし、ここに滞在してダイビングをする人はマイナーである。

外地島(ふかじじま:無人島)

慶良間空港が設置されている無人島。橋で結ばれているのは慶留間島と阿嘉島のみで、座間味島や渡嘉敷島の場合、船で渡らなければならない。那覇空港 −慶良間空港間は所要時間15分を9人乗りの小型機で運行する航路で、
最短距離の航路としてギネスブックに載っている

慶良間諸島の島々より引用)
これで分かるように、阿嘉島は人口311名に対し年間の訪問者が25,000人を超え、加えて第三次産業人口が82%となっており、完全に観光主体の島であることが分かる。隣の慶留間島に至っては第三次産業人口100%。慶留間島には旅館が1つしかなく、かつ店舗は1件もないそうであるから、ここに居住する人はこの旅館や隣島、または空港で働いているのではないかと思われる。

座間味諸島の観光産業の重要性については沖縄県としても十分に認知している。以下の引用を参考にしていただきたいが、これからも座間味周辺は観光に更に力を入れたいと思っていることは、明らかである。座間味にとって、産業の発展とは観光客の増加と同意味であるのだ。
平成12年8月

観光・リゾート産業についてみると、復帰後の昭和47年に約44万人であった入域観光客数が平成11年には約456万人となっており、海洋博後の一時期を除いて右肩上がりの増加傾向が続いている。特に最近は、平成9年7月から実施された本土・那覇間の航空運賃の低減等の効果もあり、平成9年は前年比11.8%増、平成10年は同6.7%増、平成11年は同10.5%増という大幅な伸びを示してきた。観光収入は、県民所得勘定においては「商品以外の移輸出」に分類されている。移輸出の主なものとしては、観光収入、石油製品、砂糖・パイン等の農産物、米軍人・軍属の消費支出等があり、これらが移輸出総額に占める割合は、平成9年度で観光収入49.1%、石油製品16.7%、米軍人・軍属の消費支出6.4%等となっており、観光収入のウエイトの高さが際立っている今後とも観光・リゾート産業には、他業種の成長を牽引するリーディング産業としての一層の飛躍が期待されるところである。

(2) 観光・リゾート産業の新たな展開

沖縄県は、豊かな自然環境や独自の伝統文化等魅力ある観光資源に恵まれ、国内有数の観光地として発展してきた。入域観光客数は、沖縄海洋博を前後して変動があったものの、基本的には順調な伸びを続けてきた。復帰時の昭和47年の44万人から、こうした経緯を経る中で平成10年には400万人を突破し、翌11年には456万人に達した。観光・リゾート客の増加の中で
、沖縄の観光・リゾート産業は昭和50年代末以降には沖縄における基幹産業としての地位を確立し、その後もさらに県経済に占める比重を高めてきている。

このように発展を遂げてきたとはいえ、極めて高い失業率に示される沖縄県経済全体の厳しい状況にかんがみた場合、観光・リゾート産業がさらにダイナミックに発展し、県経済全体を牽引していくことが強く求められるところである。
一般的にみても、稼働率の向上は、産業のコスト競争力を高める上で重要な課題であり、そうした視点から、通年型観光・リゾート地へのさらなるシフトが求められる。
夏場のピーク時に対するボトム時の比率は平成9年において沖縄にあっては61.4%であり、グアム74.9%(日本人観光客を対象)、ハワイ75.4%(同)に比べてもさらに改善の余地がある。このためには、海洋リゾートのイメージに加えて、 暖かい冬の沖縄のイメージ、伝統芸能や文化遺産、やんばるの自然等を積極的に活用し、沖縄の観光イメージをよりふくらみのあるものにしていく必要がある。
沖縄の観光・リゾート産業のさらなる発展を図るための課題についてみると、通年型観光・リゾート地へのシフトという総合的な課題とともに、以下の諸点を指摘することができる。

ア.観光・リゾート地としてのアクセスの改善にさらに努める必要がある。航空運賃の引下げは観光客の増大に大きな効果を発揮してきたが、その他のアクセスの改善についてもさらなる取組が求められ る。
(略)
エ. 亜熱帯性の植生やサンゴ礁の海辺等、
沖縄の美しい自然は、トロピカル・リゾートとして沖縄の魅力の中心となっているが、沖縄の観光・リゾートのさらなる発展を目指す上で、こうした自然環境に加えて、新たな観光・リゾート拠点の創出を通じた魅力ある観光資源の蓄積が求められている。これらの取組により、アジア諸国に近いという地理的特性を活かし、持続的発展に配慮した国際競争力のあるリ ゾートを目指すことが重要である。
オ.観光・リゾート地としてさらに発展する上で、トータルアメニティの向上に向け、さらに積極的な取組が求められる。沖縄の観光地は、ビーチリゾートに代表されるように一点完結型で孤立点在している状況にあることから、観光資源を有効に活用するため、トータルアメニティの向上に向け、快適性や利便性のより一層の向上が重要となる。そのためには、観光振興地域制度等を活用すること等により、
観光拠点を重点的に整備するとともに、観光拠点と周辺地域間及び各観光拠点間をネットワーク化し、相互に連携させ、アピール度を総合的に高める工夫が求められる。これは、観光・リゾート地の魅力を 一層高める上でも、また観光・リゾート産業の経済波及効果を高めるためにも重要な課題である。
(略)

<新たな観光・リゾート拠点等の創出とアメニティの向上>

観光振興地域制度を活用した観光拠点の重点的整備の促進
観光振興地域については、平成10年4月の沖縄振興開発特別措置法の改正により創設されたものであるが、観光拠点の重点的整備に資するものとして運用されることが必要であり、今後とも、 地域指定とその積極的な活用を通じて、民間の観光拠点形成を支援する。
国際ショッピングモール構想の推進
観光・リゾート地としての沖縄の新しい魅力を創出するため、国際ショッピングモール構想の推進を図る。
(略)
観光地のアメニティを高めるための公共インフラの重点的整備
沖縄独自の歴史性や観光・リゾート地域にふさわしい景観形成や自然とのふれあいに配慮した道路、港湾、海岸、都市公園等の整備、クルージング拠点や離島航路における旅客施設の整備等、観光地の魅力度を高めるための公共インフラの重点的整備を推進する。
観光地のネットワーク化を促進する観光基盤施設の整備推進
個別の観光資源をネットワーク化するため、
観光地間等を連絡する道路の整備、道路標識、道路情報提供装置、案内板等の施設整備の充実を図る。
また、沖縄訪問客の移動の快適性向上を図るため、「道の駅」等の休憩施設の整備等を促進する。

「沖縄経済振興21世紀プラン」最終報告より引用


素通り観光にさせない、魅力ある街に
(略)
そうですね、私が直接参加するという意味では、一昨年の9・11(きゅうてんいちいち)ね、同時多発テロ、それによって観光客(の入域者数)が落ち込んで、私が呼びかけてですね、(観光関連業者のみなさんに)集まっていただいて、さあ、どうやったらこの落ち込んだ観光客を回復できるのだろうか、ということで色んな方々のご意見を聴いて、それを踏まえたうえで、一泊運動とか東京、さいたま等にエイサーを連れて行きながら観光キャンペーンをやって来たりと、させてもらったわけです。
あれは危機感も含めまして未曾有(みぞう)の出来事で、官と民が一体となった 観光への認識を深めたという意味では、 不幸中の幸いだったのかなという感じを持っています。
(略)
今、問題になっているのが、ひとつは、那覇は素通り観光。 今までの観光パターンと違ってまいりまして、レンタカーがこの4,5年で3,4倍になっているのですね。 16,000台ぐらい。観光客はこちら(那覇)に来ますと自らレンタカーに乗って、中部、北部のリゾート観光ホテルなどに直接出向いて行くようなかたちになって参りました。 そうすると宿泊施設の多い那覇は、むしろ素通りをして、個人が気ままに沖縄観光を楽しむというなスタイルに那覇が落ち着いてないような感じがしますので、これをどうするかということで色々話し合いをしてきました。
ひとつはマリンスポーツ、慶良間を中心としたレジャー産業をなんとか育成できないかとか、奥武山の野球場が 15年度から調査費を入れて、4,5年以内に完成しますよと、その時には、ジャイアンツだったりダイエーだったりね、西武だったりお呼びして、キャンプを張ってもらおうではないか、というような事とか話し合って参りましたし、それから宿泊施設も、今、ウィークリーマンションといって普通のホテルでは、対抗できないような安い値段でやる(観光客を誘致する)部分が出てきましたので、これにどう対処していくのかという問題とか、たくさん課題がありました。 ですから、この観光業界との(懇談会)の中で話されたことを、必ず行政に反映させて、まず素通り観光にさせない、那覇を魅力ある街にさせようと頑張っていきたいと思っています。

那覇市長のインタビューの頁より引用)

この報告書、及び那覇市長の考えから、沖縄観光は1点滞在型から観光地を巡るトータルアメニティ型に移行しつつあること、また夏季型の観光地ではなく通年型の観光地へのシフトをしなくてはならない、と考えていることが分かる。そのために必要なのは言うまでも無く、報告書にもある観光地間の連携、交通網や施設などの整備である。

ここで少し余談となるが、国沢氏は以前、日記でこのように書いていた。
2001年5月7日
午前中ホテルで新しい本の校正作業。このために1日那覇に残ったようなもの。疲れているときは家だとダレてしまう。ホテルでお昼食べて3時まで校正を続ける。順調順調! 一段落付いたので、普天間基地と嘉手納基地の周辺を見て回った。米軍の豪勢な住居に驚く。
ただ米軍がいなくなれば雇用も減ってしまう観光も大切な沖縄の資源だろうけれど、昨日の夜からシオが引くごとく観光客は帰ってしまったようだ。泊まっているホテルの場合、5日の夜まで満室。今日はポチポチしか部屋に電気がついていない。米軍に変わる大きな産業を作るしかないと思う。

(kunisawa.netより引用)
上の報告書によれば沖縄県の収入のうち、観光収入が49.1%を占めるのに対し米国軍人の消費支出によるものは6.4%にすぎない。もはや沖縄において米軍による経済効果は巨大とは言えないのではあるまいか。

● 交通手段

次に、座間味への交通であるが、陸続きではないため当然海路か空路となる。まず海路であるが、フェリーざまみ は1998年5月竣工の446トンの船である。旅客定員380名、乗用車28台を積み、阿嘉島まで1時間半、座間味島まで2時間、片道1860円である。高速船であるクイーンざまみは定員150名。便によるが阿嘉島まで50分、座間味島まで1時間20分、2750円であるが、自動車は運べない。


次に空路であるが、琉球エアコミューターが1日に1往復、慶良間空港がある外地島と那覇とを結んでいて、運賃は片道7,140円。この航路に使っている機体はBN-2B-26/20アイランダー。9人乗りの小さな機体であり、少々キャパ不足であることは否めない。琉球エアコミューターはDHC-8(39人乗り)も持っているが、この機体は離陸滑走距離が1,000mであり、1500m級の滑走路が必要となるため滑走路長800mの外地島には使えない。 以前は800m滑走路で運行可能な20人乗り級のDHC-6型を使っていたが、経営合理化のため退役した。そして輸送キャパが半減してしまうこととなった。
(余談だが、RACは以前はこの便にDHC-6という19席の機体を使っていたのだが、DHC-6の老朽化による合理化のため、BN-2Bに入れ替えを行ったのだが、琉球新報の記事によるとこの件でちょっとした問題となったようである。)

それはともかく、外地島の空港に着いてからもし座間味島へ渡りたいのであれば、阿嘉島へ移動し、座間味島へ船で渡るようである(300円)。当然外地島から阿嘉島までは陸路で移動となるが、
阿嘉大橋ができていない間は慶留間港からマリンバスで阿嘉島や座間味島へ渡っていたようだ。

この慶良間空港は昭和57年に非公共空港として供用が開始されていたが、地域振興のため平成4年に公共空港に指定、平成6年に供用開始となっている。平成7年には19,000名もの人員を運んだようであるが、それから落ち込みが激しく平成13年には6,800名ほどとなっている。空港がある外地島と慶留間島を結ぶのが慶留間橋だが、沖縄の橋によるとこの橋は1989年(平成元年)に完成している。ちなみに阿嘉大橋は平成元年(1989)に村の事業として計画され、平成4年に県の事業となっている。空港の公共化、また慶良間空港の駐車場のキャパシティが36台であることなども考えると、阿嘉島と慶留間島を繋ぐ橋の計画はかなり以前からあったであろうことは想像に難くない。

また上記ページの統計を見れば慶良間空港はやはり観光シーズンに利用者が多く、平成13年7月には675名の方が慶良間空港に降り立っている。1日平均して20名以上。この時の定期便は増発もあり89回着陸している。通常の定期便だけでは1日1便、9名であるから、当然ながら増発している。
では、この1日平均20名強の乗客は慶留間島へ行きたい方なのであろうか? 前述のように慶留間島には宿泊施設は1つしかなく、加えて店は1軒もないほど静かな島である。ということは、空路で来た人は慶留間島だけではなく、阿嘉島や座間味島へ行く方もいるはずであり、それらの島へ移動するために船を利用するとすれば、そのための定期航路としての船舶はBN-2Bアイランダーの旅客定員以上である必要があると思われる(現地の方も当然利用するため)。少なくとも20名程度は乗れ、かつキャビンに屋根がついた船が必要となるであろう。また現在は9名乗りのアイランダーだが、800m滑走路では20席級の小型飛行機の運行も可能なので、将来のことなども考えると30〜50名のキャパシティは欲しいところである。


余談だが、Island Screens - 慶留間島 に慶留間島の写真が多く掲載されている。以下での考察にも必要なので別ウィンドウで開いておいて頂きたい。
● 1,000万円の立派な船を作って10年使え


ここから国沢氏の発言の具体的考察に入る。国沢氏は「
50億の橋はムダ。1,000万円の船でも立派だ」と述べているが、 これが国沢氏のあまりにも安直な思いつきであることは、既に2chでも指摘されているが、あらためて考察してみることとする。

そもそも離島航路用の連絡船(渡し船)は自動車のような量産品とはいえず、汎用船体とするなどのコストダウンが難しい。基本は注文生産となってしまうので、自然と価格は高くなる。顧客の要望に合わせて設計から行わねばならないので、あたりまえといえばあたりまえである。

いくつかの渡し船の例を見てみることとして、googleで検索すれば、まず一色町営渡船「はまかぜ」就航(定員113名、総トン数19トン、
建造費1億2000万円)の記事が見つかる。これは愛知県の陸地と佐久島(人口357名)とを結ぶ町営船で、「さちかぜ」との2隻体制で1日6便(夏期は10便)運行し、運賃は大人800円となっている。
また奄美大島と、請島(211名)や与路島(人口169名)を結ぶ町営船「せとなみ」の記事も見つかる。これは建造費2億9000万円、総トン数85トン、定員60名であるが車両も1台運搬可能となっており、乗船時間1時間20分弱、料金は大人1,000円。1日1便(日曜は2便)となっている。
これらを見る限り、渡し船の価格は自動車運搬能力がない定員数十名クラスでも1億円を下ることはないと思われる。

では国沢氏の言う「1,000万の船」とはどの程度のものになるであろうか。
ヤンマーのページにて調べてみると、汎用船体を用いたプレジャーボートの「はやかぜEX26」でも670万円かかり、その上のクラスになると楽に1,000万を超える。では漁船ではどうかと株式会社石垣のページを覗いてみると、
1,000万円の予算ではせいぜい総トン数2t程度、9〜11人乗りの遊漁船(ろくな椅子も屋根もない船)が買えるくらいなのである(しかもこれは本体価格のみ)。中古船を見てみれば、10年以上経った20人程度は乗れそうな観光船でも、1,500万円である。

国沢氏の記事を見れば「阿嘉島と慶良間島はわずか200m程度しか離れていないそうではないか。そのような距離にいっぱしの渡し船はいらない。小型遊漁船程度で十分」と思われる方もいるだろう。しかし、両島の最接近部に港があればその意見は生きるであろうが、慶良間の集落および慶良間港は島の南側(阿嘉島と反対方向)にある。つまり航行距離は数kmになることと思われ、やはり実用に耐えるには、このような遊漁船タイプでは実力不足であると思われる。

まあ国沢氏は自動車評論家なので量産品の価格に慣れてしまっていたため、「小型の船なら1,000万円でも立派なのができるだろう」と脊髄反射的に思って書いたのであろうが、
多分に勇み足の発言であったことは否めない。なにしろ価格が一桁違うし、それに「立派な」という修飾語までつけてしまったので、発言のトンチンカンさがいっそう際立つ結果となってしまった。

また渡し船にせよ、船舶の耐用年数はどうやら16年程度。ということは16年毎に1億〜3億の建造費がかかるということである。加えて年間数千万円はかかると思われる維持コスト(人件費含む)、港湾設備のことなども考えれば、渡船を運営するとしてもいちがいにそう安くあがるというわけでもないと思われる。事実、以下の運輸白書によれば、離島航路の経営は非常に厳しく、国からの補助金も多く出ているのが現状である。

(2) 離島航路の対策

離島航路は、離島住民の生活の足及び生活物資等の輸送手段として重要な役割を果たしているが、過疎化の進行により、その経営は大変厳しい状況にある。
このため、離島航路整備法に基づき、離島航路事業者に対して、航路経営によって生じる欠損について補助金を交付することにより航路の維持・整備を図っている(離島航路補助制度)。
さらに、離島航路に就航する船舶の近代化に係る建造費用の一部を補助する制度(離島航路船舶近代化建造費補助制度)が実施されている。



運輸白書 平成12年版より引用)


(2) 離島航路対策

(ア) 離島航路の現状と国の助成

離島航路は、住民に不可欠な生活の足として重要な役割を果たしており、4年4月1日現在、陸の孤島と呼ばれる僻地に通う準離島航路を含め371航路ある。
これら離島航路の多くは、離島の過疎化等の進展に伴って輸送需要が低迷していることに加え、船舶修繕費、減価償却費等の諸経費が上昇していること等により収支の悪化が続き、赤字経営を余儀なくされている。
このため、離島航路の維持・整備を図るため、国は従来から地方公共団体と協力して、離島港湾を整備するとともに、離島航路のうちの一定の要件を備えた生活航路について、その欠損に対し補助を行ってきている。3年度においては、
離島航路補助金として121事業者、128航路に対し38億401万円の国庫補助金を交付した

(イ) 経営改善方策の実施

国庫補助の対象となっている離島航路事業については、近年欠損額の増大の傾向が著しく、このまま放置すれば、離島航路事業者の経営が困難になる恐れがある。

しかしながら、離島航路は住民に不可欠な生活の足として今後とも十分にその役割を果たしていく必要があり、航路の経営を改善し、欠損額の縮減を図ることが、緊急の課題となっている。
このため、離島航路事業者は、観光客の積極的な誘致、運賃割引の弾力化による需要の喚起等により収入の増加を図るとともに、経費の節減に努めるなど、経営改善に取り組んでいるところである。

(運輸白書 平成4年版 より引用)
上の例ではいささか古い資料で申し分けないが、平成3年には離島航路に対し全国で38億円の補助金を使っており、甚だ乱暴に過ぎるが、これを交付を受けた航路の数で単純に割れば、1航路あたり年間約3,000万ほどの補助金が出ているという計算になる。

これらを見る限り「船なら安くあがる」という発想は、いちがいにそうとも言えなくなるのではあるまいか。
● 島をロープウェイで結べ

国沢氏の主張のように、日本には本土?と島をロープウェイで結んだものは存在する。
伊豆のあわしまマリンパークの例がそれであり、島との交通路はもっぱらこれのみである。もっともここは島1つが全てレジャー施設のようなものであり、住民は少ないはず(いない?)であろうが、このロープウェイの全長は330mとなっている。阿嘉大橋の全長が530mであることを考えると、これと同等か、もっと長くなると思われる。

だがこのような立派なロープウェイであれば建設費は何億円もかかることは言うまでもない。例えば箱根ロープウェイは風速30mにも耐える設計となっているようであるが、1,472mの距離、高低差281mで
24億円の建設費がかかっている。
加えて利用するためには運賃もかかるし、年間のランニングコストも馬鹿にできない。

ただし国沢氏は「簡易ロープウェイ」と述べているので、この程度の規模のものではなく、この程度のようなものを想定していたのかもしれない。確かにこの程度のものなら予算はほとんどかからないであろうが、この簡易ロープウェイは平水域(川)だから出来る芸当である。島の間を船も通過するであろうことを考えれば水面からの距離は少なくとも十数メートル以上は必要であろうし、それ以前に乗員の転落防止策や安全策も必要であろうから、このような簡易型のロープウェイが現実的かどうかは火を見るより明らかである。それ以前に、この程度の簡易式ロープウェイがヘリコプターも飛べないような強風の非常時に使える代物かどうかを考えれば答えは既に出ている。

というわけで、ロープウェイで島を結ぼうにも、コストはそれなりにかかることとなると思われる。
● 橋は高くつくのか

では、橋は本当に高いかどうかを考えてみると、実は滅茶苦茶高いともいえないということが分かる。

一例として、川田テクノシステム(株)が出している、(財)日本橋梁建設協会監修の「鋼橋のライフサイクルコスト」というシミュレーションソフトウェアがある。これでサンプルを見てみると、山間部の全長120m、幅11.5mの橋の建設費は2億5,000万円ほどである。一見高いようだが、
ここで試算している鋼橋の目標ライフサイクルは何と200年である。もちろん維持費がかかるのだが、それらは10年毎に点検で100万(1年あたり10万)、ペンキ塗り替えで15年毎に3,000万(1年あたり200万)…などで、1年あたりの負担で考えればさほどでもなくなる。寿命が長い橋の例として、主脚がコンクリート、橋自体が鋼であるNYのブルックリン橋の架設は1883年。この橋は耐用年数100年であったが、補修工事がされて120年を経た現在も使用されている。世界最初の鋼橋であるイギリスのアイアンブリッジは1779年の架橋であるから、220年を経ている(世界遺産登録され、車はもはや通っていないが)。
阿嘉大橋の場合、鋼橋ではなくコンクリート橋であるため要求されるライフサイクルは鋼橋とは違うが、構築物の耐用年数によればコンクリート製の橋の要求耐用年数は60年であり(鋼橋は45年)、更に近年の、海洋での長寿命RC構造(塩害対策を施したもの)の橋の設計年数は、ブルックリン橋と同様100年である。仮に阿嘉大橋も設計寿命を100年とした場合、
橋本体の1年あたりのコストは5,000万円となる。上記の離島航路における補助金の額を考えると、橋と船との本体の価格差はこれで一気に縮まってしまうことになる。

そしてもう1つ、橋は「景観を作るもの」としての役目を果たす。これは船や港湾設備、トンネル、ロープウェイなどでは実現できない効果で、この観光効果を加味すると橋の方が多少高くてもむしろメリットの方が大きくなる。 事実、八代−天草架橋建設構想での試算において、橋の観光効果はあるが、トンネルでは非常に難しく、かつトンネルは維持管理費が高くついて採算ベースにはのらないとの報告がされている(さすがにこの構想は予算的に無理がある(2,200億円)ので地元はともかく県は却下しているようだが)。 阿嘉島の産業が観光主体であることを考えると、景観を作る構造物の存在が非常に大きいものとなることは明らかである。

以下の沖縄タイムス琉球新報の当時の新聞記事でも、地域住民の利便のみならず観光の目玉として期待されていることが分かる。
阿嘉大橋、24日に開通

農業や観光振興に期待
座間味村阿嘉島とゲルマ島を結ぶ阿嘉大橋がこのほど完成、24日に阿嘉島で開通式典が行われる。阿嘉大橋の開通で、日常生活の利便性向上や、農業、観光振興に大きな期待が寄せられている。当日の開通式典には地元、県のほか沖縄開発庁、県選出国会議員の参加も予定されており、盛大に開通を祝う。

阿嘉大橋は村道慶留間―阿嘉線に整備。
89年に村道事業として事業着手、取付道路工事などが整備され、92年度から過疎地域活性化特別措置法に基づき、橋りょう部分などが県代行事業として進められてきた。総事業費は約51億3000万円。ことし2月には橋りょう部の連結式が行われ、5月末に工事が完成した。これまで阿嘉島とゲルマ島の交通には小型船舶を使用しており、強風時には欠航が相次ぐなど、両島住民の往来やケラマ空港を訪れた観光客らの移動に不便を来していた。

総延長は530メートル、幅員は10・75メートル。慶良間諸島全域が沖縄海岸国定公園に指定されているため、周辺の景観との調和を図るため、アーチ状の構造を取り入れている。また橋りょうの桁(けた)製作では、「プレキャスト・セグメント法」というアーチ橋として日本初の工法を採用した。

開通式典は24日午後2時から、座間味村阿嘉島離島振興総合センターで。記念植樹や渡り初めなども行われる。

沖縄タイムス 1998年06月22日(月)夕刊

座間味村の阿嘉大橋、24日開通

座間味村の阿嘉島と慶留間島を結ぶ「阿嘉大橋」の周辺整備事業が終わり、24日に開通する。約52億円をかけた全長530メートル、開通までに10年の歳月がかかった。県内の39の有人島のうち、橋が架かったのは阿嘉大橋で11件目となった。座間味村では、 これで空港のある外地島―慶留間島―阿嘉島がつながる。
阿嘉大橋は座間味村の単独事業として1989年度から始まり、92年度からは県の代行事業として進められてきた。今年2月に橋自体が完成。両島民が喜ぶ中、連結式で架橋を祝い、開通までには橋周辺整備を残すだけとなっていた。
開通で三島の住民がいつでも往来できるようになることに、
仲村三雄村長は「行政の効率が上がり、福祉の向上、産業振興が変わる。 また、空、海の二つの玄関のうち、これで飛行機でのアクセスがよくなる」と、期待している。
村では24日午後1時20分から神事を行い、新城慶一さん(89)、仲地松一さん(85)の二組の三世代を先頭に渡りをし、開通式を祝う。

沖縄タイムス 1998年06月25日(木)朝刊

住民の念願叶い「阿嘉大橋」開通

座間味村の阿嘉島と慶留間島の間、約530メートルの距離を結ぶ阿嘉大橋がこのほど完成。開通式が24日、村阿嘉島離島総合振興 センターであった。式典では仲村三雄村長らがテープカットで祝福。「三つの島が一つになり、福祉や島おこしの充実につながる」と住 民念願の架橋を喜んだ。渡り初め式では同村の仲地松一さん(87)、新城慶一さん(90)ら二家族の三世代夫婦を先頭に、住民ら約 300人が慶留間島への一歩を踏みしめた。
阿嘉大橋建設事業は1989年、村道建設事業としてスタート。92年度からは過疎地域活性化特別措置事業に基づく県の代行事業に移行し、工期に約10年、総工費51億3000万円を費やした。今回の開通で、すでに架橋がなされていた外地島―慶留間島と阿嘉島がつながった。村によると、
これまで阿嘉島へのフェリーの発着に合わせて慶留間島間を往復運行していた渡し船は廃止する意向。
診療所が阿嘉島のみに設置されているため、これまで慶留間島で緊急患者が出た場合、移送に時間がかかったという。
渡り初め式に参加した慶留間中学校3年の野崎雄太君(15)は「すぐに行き来ができるようになってよかった。これからは便利になります」と話していた。

(琉球新報、沖縄タイムス より引用)
そして、この阿嘉大橋の建設は「過疎地域活性化特別措置法」に基づいて行われているが、これは平成2年に発行され、平成12年までの時限法である。以下、一部を抜粋する。
(目的)
第一条
この法律は、人口の著しい減少に伴って地域社会における活力が低下し、
生産機能及び生活環境の整備等が他の地域に比較して低位にある地域について、総合的かつ計画的な対策を実施するために必要な特別措置を講ずることにより、これらの地域の活性化を図り、もって住民福祉の向上、雇用の増大及び地域格差の是正に寄与することを目的とする。

(過疎地域)
第二条
この法律において「過疎地域」とは、次に掲げる要件に該当する市町村(地方税の収入以外の政令で定める収入の額が政令で定める金額を超える市町村を除く。)の区域をいう。
(略)

過疎地域活性化のための対策の目標
第三条
過疎地域の活性化のための対策は、第一条の目的を達成するため、地域における創意工夫を尊重し、次に掲げる目標に従って推進されなければならない。
一 産業基盤の整備、農林漁業経営の近代化、中小企業の育成、企業の導入の促進、
観光の開発等を図ることにより、産業を振興し、あわせて安定的な雇用を増大すること。
道路その他の交通施設、通信施設等の整備を図ることにより、過疎地域とその他の地域及び過疎地域内の交通通信連絡を確保すること。
(略)


(基幹道路の整備)
第十四条
過疎地域における基幹的な市町村道並びに市町村が管理する基幹的な農道、林道及び漁港関連道(過疎地域とその他の地域を連絡する基幹的な市町村道並 びに市町村が管理する基幹的な農道、林道及び漁港関連道を含む。)で政令で定める関係行政機関の長が指定するもの(以下「基幹道路」という。)の新設及び改築については、他の法令の規定にかかわらず、都道府県計画に基づいて、都道府県が行うことができる。
2 都道府県は、前項の規定により市町村道の新設又は改築を行う場合においては、政令で定めるところにより、当該市町村道の道路管理者(道路法(昭和二十七 年法律第百八十号)第十八条第一項に規定する道路管理者をいう。)に代わってその権限を行うものとする。この場合において、都道府県が代わって行う権限のうち 政令で定めるものは、当該都道府県を統括する都道府県知事が行う。
3 第一項の規定により
都道府県が行う基幹道路の新設及び改築に係る事業(以下「基幹道路整備事業」という。)に要する経費については、当該都道府県が負担する。
基幹道路整備事業に要する経費に係る国の負担又は補助については、基幹道路を都道府県道又は都道府県が管理する農道、林道若しくは漁港関連道とみなす。
5 第三項の規定により基幹道路整備事業に要する経費を負担する都道府県が後進地域の開発に関する公共事業に係る国の負担割合の特例に関する法律(昭和 三十六年法律第百十二号。以下「負担特例法」という。)第二条第一項に規定する適用団体である場合においては、基幹道路整備事業(北海道及び奄美群島の区 域における基幹道路整備事業で当該事業に係る経費に対する国の負担割合がこれらの区域以外の区域における当該事業に相当する事業に係る経費に対する通 常の国の負担割合と異なるものを除く。)を同条第二項に規定する開発指定事業とみなして、負担特例法の規定を適用する。
つまりこれは(名目は)「不便な地方のインフラを整備して産業を活性化させよう」という特別法であり、実際この法に基づき上下水道が整備されたり、道路が作られたりした地域は多い。(この法律を利用して無用なものを作った地域もあるだろうが、それら個別の事象はまた別の話である)


● 沖縄への各種優遇措置

沖縄は、日本復帰が最近であったことやインフラ・産業が遅れていることから、特別に優遇措置がとられている。

3 観光振興計画においては、前項各号に掲げる事項のほか、次に掲げる事項について定めることができる。

一 観光の振興を図るため観光関連施設 (スポーツ又はレクリエーション施設、教養文化施設、休養施設、集会施設、販売施設及び宿泊施設をいう。第十八条において同じ。)の整備を特に促進する ことが必要とされる 政令で定める要件を備えている地域(以下「観光振興地域」という。)の区域

(略)



(交通の確保等)

第九十一条
国及び地方公共団体は、沖縄における住民の生活の利便性の向上及び産業の振興を図るため、海上、航空及び陸上の交通の総合的かつ安定的な確保及びその充実に特別の配慮をするものとする。

(略)

(離島の旅館業に係る減価償却の特例)

第九十三条
離島の地域内において旅館業 (下宿営業を除く。次条において同じ。)の用に供する設備を新設し、又は増設した者がある場合には、当該新設又は増設に伴い新たに取得し、又は建設した建物及びその附属設備については、租税特別措置法で定めるところにより、特別償却を行うことができる。

(地方税の課税免除又は不均一課税に伴う措置)

第九十四条 第十七条の規定は、地方税法第六条の規定により、地方公共団体が、離島の地域内において旅館業の用に供する設備を新設し、若しくは増設した者について、その事業に対する事業税、その事業に係る建物若 しくはその敷地である土地の取得に対する不動産取得税若しくはその事業に係る建物若しくはその敷地である土地に対する固定資産税を課さなかった場合若しくは離島の地域内において畜産業、水産業若しくは薪炭製造業を行う個人について、その事業に対する事業税を課さなかった場合又はこれらの者について、これらの地方税に係る不均一の課税をした場合において、これらの措置が総務省令で定める場合に該当するものと認められるときに準用する。


(沖縄の道路に係る特例)

第百六条 沖縄振興計画に基づいて行う県道又は市町村道の新設又は改築で、
沖縄の振興のため特に必要があるものとして国土交通大臣が内閣総理大臣に協議して指定した区間に係るものは、道路法(昭和二十七年法律第 百八十号)第十五条及び第十六条の規定にかかわらず、国土交通大臣が行うことができる。

2 前項の指定は、当該道路の道路管理者 (道路法第十八条第一項に規定する道路管理者をいう。以下この条において同じ。)の申請に基づいて行うものとする。

3 国土交通大臣は、第一項の規定により 道路の新設又は改築を行う場合においては、政令で定めるところにより、当該道路管理者に代わってその権限を行うものとする。

4 第一項の規定により国土交通大臣が行 う道路の新設又は改築に要する費用については、
国は、政令で定めるところにより、道路法に規定する負担割合以上の負担を行うことができる。

5 前項の規定により国がその費用の一部を負担することとなる場合においては、第一項の規定により国土交通大臣がその新設又は改築を行う道路の道路管理者は、政令で定めるところにより、その残額を負担する。


(沖縄新興特別措置法 より引用)
見てお分かりのように、離島の宿泊施設に対しても税金の特別措置がされている。これらに関しての賛否両論はあってしかるべきであろうが、いずれにせよ沖縄における税金投入は道路だけではない。しかし国沢氏は、その補助金の使い道として、目につきやすい構造物たる阿嘉大橋にだけしか着目できなかったのだ。

● 普通の台風ならヘリは飛ぶ

この発言も少々問題がある。

ちなみに自衛隊のヘリコプターですので、普通の台風くらいなら飛んできます。

国沢氏は何度も沖縄を訪問しているのに、何故このような発言ができるのか疑問である。前述の慶留間島の集落の写真を見ていただきたいが、強固な塀に囲まれ、平屋の住宅が多い。かつ屋根瓦は漆喰で固定されている。
これが何を意味するかは明白で、台風のための対策である。

言うまでもなく、沖縄は「台風銀座」であり、台風の影響を非常に受けやすい地域である。かつ場所的にも台風の勢力がもっとも強くなる位置でもある。台風は本土に上陸するとその勢力を急速に弱めるため、関東地方の方は沖縄や鹿児島、高知など、上陸地点として名高い地域の台風の威力の凄まじさをあまり実感できていないのではあるまいか。文字通り「立っていられない」ほどなのである。

さてヘリコプターはどの程度の強風に耐えられるのであろうか?確かに遭難救助用のヘリコプターの性能は高い。大型ヘリになると風速20m以上の強風下でも飛行可能であるそうだ。
しかしヘリコプターの性能がどんなにあがろうとも、悪天候時の飛行に危険が伴うのは変わりない。ヘリコプター計器飛行によると、1987〜93年の間にアメリカで起こった救急ヘリコプターの死亡事故は、その半数が有視界飛行中の天候急変によるもので、しかも夜間の救急出動は全出動数の37%であったのに、死亡事故の72%が夜間に起こっているらしい。おまけに航空機(ヘリコプターも同じ)は離発着時が一番危険で、着陸寸前に突風に煽られると重大な事故になる可能性が高い。また駐機中も回転するローターが突風を浴びるとひとたまりもない。かつて熱海では風速10〜15mの条件下で、ローターを低速回転させていたヘリコプターが転倒してしまうという事故が発生している。

そのため日本でも救急ヘリが出動できない例はある。北海道の焼尻島にて旅館(磯野屋)を営んでいる方の焼尻煩悩新聞によれば、悪天候でヘリが飛べず、漁船も出せず、巡視船のボートで沖合いの巡視船まで患者を運んで搬送した、ということが載っている(ここも場合により自衛隊のヘリが搬送する)。
またへき地医療の体験に基づく学術論文集のシミュレーションを見れば、たとえ悪天候でなくとも患者のヘリコプターでの搬送は非常に大変であることが理解できるだろう。


そして沖縄においては、離島での急患の搬送は陸上自衛隊第1混成団第101飛行隊が行っている。実際の搬送例は、沖縄本島北部に位置する伊平屋島において、台風15号の影響がある中での急患搬送がWEBにて見つかる。村長の日記を全文引用しておく。
No.02027  2002年9月4日

急患発生

平成14年8月30日、午前11時30分我喜屋区で急患発生。74才A子さん、脳卒中による左マヒ、要至急入院。村内で唯一の県立北部病院伊平屋診療所の小嶋医師から緊急患者空輸の要請の電話が役場に入る。一瞬緊張が走る。役場のM係長、県消防防災課、陸上自衛隊第1混成団第101飛行隊と慌しく連絡を取る。果たしてヘリコプターが飛んでくるか。心配である。 折しも、台風15号が沖縄に接近し、我が伊平屋村もその影響を受け約20メートルの強風が吹き、海は大荒れである。唯一の交通機関の村営フェリー いへやは28日から台風避難で運天港にある。 ヘリコプターよ飛んでくれ、祈らずにはいられない。諸条件を判断し、急患空輸のヘリコプターが飛ぶという連絡が入る。ほっと胸をなでおろしたものの、すぐに心配が走る。果たして台風15号の影響の中大丈夫だろうか。 先の宮古島での事故が思い出される。居ても立っても居られず、開会中の議会の合間を縫って、急患空輸を見送る事にした。 強風の中、ヘリコプターが見えた。嬉しかった。14 時、無事ヘリポートに着陸。
思わずヘリコプターに近寄り、パイロットや乗員に御礼を言う。14時13分、急患を乗せたヘリコプターが離陸する。有り難うと心の中で礼を言う。 離れて島があるということは、こう言うことなんだ。島の人々だけでどんなに努力してもどうしようもない時もある。努力の範囲をはるかに超えている。悔しくて腹立たしく、ワジワジして 足摺りしたくなる。 だからこそ、今回の急患空輸はいつもより有難く思った。早速、第101 飛行隊長にお礼の電話をした。「急患空輸ありがとう!」。

伊平屋村長   西 銘 真 助
ここで「先の宮古島での事故」とあるが、実はこの部隊の所属機が、以前に急患搬送のため那覇基地を飛び立ち、悪天候のため墜落、搭乗員及び同乗の医師が亡くなるという痛ましい事故があったのである。
平成2年2月17日に恐れていた事故が起きた。深夜に急患を搬送するため、宮古島に向かった自衛隊機が遭難し、3名の自衛隊員と添乗の医師がその尊い命を失った。
天候や時間に関係なく発生する急患。その救助のため、危険と隣合わせの任務を遂行し、日夜献身的に地位住民の健康や医療に貢献されている陸上自衛隊第1混成団に対 し、衷心より敬意を謝意を表するとともに、殉職された自衛隊員と医師の慰霊と鎮魂の意味を込め、ここに碑を建立する。 平成14年10月18日 沖縄県離島振興協議会」

緊急患者空輸顕彰碑 より

以上のことを考えれば、「普通の台風でもヘリは飛んでくる」など、とてもではないが軽々しく言えるようなものではない。夜間・悪天候時の急患移送は文字通り命がけなのだ。そしてその搬送の困難さ、有難さを一番知っているのは、上記のように現地に住む方なのだ。

救急車で設備の整った病院にすぐ搬送可能な場所に住んでいて、一時的に観光で訪れた人の「離島は急患がいたら台風でもヘリが飛んでくる(ので橋などなくても問題ない)」などと言う発言を、現地の方が見たらどう思うであろうか。
不謹慎だが、食事に何か盛って急患で那覇までヘリ搬送し、その不便さと有難さを味あわせてやりたいと思う人がいるかもしれないだろう。


それ以降の、「荒天前に医師を呼べ」「建設費の50億を欧米の証券会社に預ければ」に至ってはもう考察にも値しないトンデモ発想であるから、ここでは言及しない。

それ以降の水陸両用機に関する読者の意見も、航空機の実情を知らない者の戯言としかみなされない。
確かに1920年代より飛行艇による渡洋航路は開かれていた。当事の陸上機に比べ、滑走距離を長く取れるので搭載量に余裕があり、長距離航路にはうってつけだったのである(飛行艇の時代参照)。第二次世界大戦中も飛行艇は大活躍し、戦後も1950年代頃までは飛行艇が開発された。主なものはマーチンP6Mシーマスター(爆撃)、グラマン・アルバトロス(多用途)、コンベア・トレイドウィンド(哨戒・輸送)、スプルース・グース(輸送・試作)、カナデアCL-215(消防機・海難捜索・救助機)。旧ソ連のベリエフBe-12 (哨戒、輸送、海難救助)、Be-10(哨戒)、そして日本の新明和PS-1(哨戒)/US-1(海難救助)などがある。

これらの飛行艇の欠点は、意外かもしれないが運用の難しさにある。飛行場がいらないので設備が安価と考える人も多いだろうが、飛行艇には水上から陸上へ陸揚げするためのスロープが必要になる。これは小さな漁港より大規模な設備になってしまう。
そして何より荒天時の運用率が極めてよくない。現在世界最高の着水性を誇る新明和PS-1/US-1でも着水可能なのは波高3m。他国の水上機はせいぜい2mの波高でも離着水は不可能となる(Be-10など波の静かな黒海ですら離着水に困難を伴ったらしい)。
おまけに着水のショック、海水の付着による機体の疲労は凄まじいものがあるので、維持コストがべらぼうにかかってしまう(しょっちゅう機体を洗浄しなくてはならない)のだ。おまけに現在のように開発コストが高騰している状態では、需要もよく分からないのに新規に機体を開発することは困難であり、そのために未だ前述のような古い(基本設計が1950年代の)機体が使われている。CL-215の後継機のCL-415も基本はCL-215である。

反面、陸上機はジェットエンジンの搭載、電子装備の発達などで大型化でき、かつ長距離飛行性能、全天候性能が飛躍的に向上し、飛行艇が持っていたメリットはなくなっていったのである。現在飛行艇に主に与えられている任務は、消防、防災、海難救助などのみとなっている。

ところで、2000年に、2001年には横浜から小笠原まで水上機(アルバトロス)による航空路線を実現させる、という新聞報道があったが、未だそれは実現されていない。個人的には何十年も前の機体を使うよりも、ヘリポートを作って民間型ティルトローター機のBA609を導入する方が現実味があると思うのだが。

ちなみに救援機としてのPS-1は特殊に進化したためその命を永らえ、波高6mでも着水可能なUS-1A改の開発もされているそうである。しかし民間需要の話は聞かない。


● 少し書き方を抑えるだけで

国沢氏が主張しているような、地方自治体に補助金をばら撒く行政を批判している人は多い。しかし、通常それらの人は地元の方に対して失礼にあたらないよう、発言にはかなり配慮しているのである。国沢氏の問題は、思慮が浅いこともさることながら、読み手をギョッとさせるような表現を(わざと?)している点である。少し書き方に配慮するだけで、読み手の印象はまるで違ってくる。例えば…
連休中に滞在した阿嘉島は隣の島(慶留間島。40世帯。人口96人)との間に驚くほど立派な橋が掛かっている(竣工平成10年。工費50億円)確かに橋があれば便利だろうが、典型的ムダ使いのようにも見える。他に方法はなかったのだろうか?


阿嘉島にも緊急医療出来るような病院はなく、
急患は現在ヘリコプターで那覇まで運んでいる状況です。
ちなみに自衛隊のヘリコプターですので、普通の台風くらいなら飛んでき
てくれます。

少し文章を変えただけで全く印象が違ってくるのはお分かりになるだろうか。国沢氏はこれができないばかりに、地方蔑視に思える書き方となってしまい、無用な騒動を起こしているのだ。

● 2車線の道や木柵は贅沢だ


以上が、阿嘉大橋に関する地方蔑視発言騒動である。その後、国沢氏はこの橋に関する話題はほとんどしなくなった。しかし翌々年、国沢氏は今度は阿嘉大橋に続く道に文句をつけた。
7月31日
エアコンが効かないくらい暑い。朝から水遊び。さすがに今日は15時15分の飛行機とあって、慎重に行く。10時10分に船に上がってダイビングコンピューター見ると「ノーフライトタイム5時間」の表示(潜った後しばらくは飛行機に乗ることを制限される)。職人芸です。感じの良いヒズシのビーチバーで一杯飲み、12時20分発のRAC(琉球エアコミューター)那覇行きに乗る。
(略)
下の写真は阿嘉島から隣の島へ行く道。交通量極めて少なく(1時間待ってもこないことさえ珍しくない)2車線の必要など無いし、ましてや人なんか歩いてない。
こんなトコロにお金を掛けるなら、もっと島民の為に使って欲しい。

(kunisawa.netより引用)
確かに立派な道であり、一見国沢氏の理論は正論に思える。しかし、他の面で見てみるとそうとも言えない。

まず一見して分かるのは、歩道が海側に設置され、かつ非常に広いという点である。広い歩道を海側に設置する理由は以下のようなものが考えられる。
  1. 観光客のため、眺望抜群な海側を歩いてもらおうと考えた
  2. 荒天時に高潮がきても車が通行可能であるように設計した
  3. 災害時に護岸が崩落しても車道は大丈夫なように余裕を持たせた
加えて上の写真集でも、この2車線の道の護岸に設置された多くのテトラポッドが沖縄の波の強さを連想させる。 つまりこの必要以上に広いように感じられる道は、荒天時の通行も考慮して余裕を持たせた設計と見ることができるのだ。海側の木柵などは確かに高価かもしれないが、島が観光産業主体であること、自然が美しい海の景観と調和させるためと考えれば納得もできる。

実際、このような2車線の道も、台風がきたらあっけなく崩壊してしまう。2002年7月の琉球新報から引用する。

2002.07.05  県内各地に深いつめ跡/台風5号

大型で強い台風5号は4日、本島や周辺離島、先島地方に深いつめ跡を残し、沖縄地方から遠ざかった。石垣島では航空便で運べなかったマンゴーを抱えた生産農家が悲鳴を上げ、久米島でもサトウキビや野菜が多大な被害を受け、農家を落胆させた。
慶留間島では道路が陥没、渡嘉敷島でも昨年の台風で崩落した村道のう回路で土砂崩れが起こった。電話の不通や空の便の欠航が続き、県民生活は台風に振り回された。一方、台風接近でまと まった降雨量が期待されたが、北部地域での雨は少なく、水事情の改善にはならなかった。

(略)

「生活に影響早急に対応を」/座間味村慶留間区

台風5号の激しい風雨の影響で、
座間味村慶留間島では村道阿嘉―慶留間線の護岸が崩落、路面が約10メートルにわたって陥没した。陥没が分かったのが3日朝で、午前中は片側車線だけが陥没していたが、午後には陥没部分が広がり、全く車が通れない状態になった。

慶留間区の中村秀克区長は
慶留間には店がないため、住民はこの道路を通って阿嘉区で食料品を買っている。車が使えないと住民生活に影響が出る旧道路も人が通るだけの幅しかなく、落石の危険もある。行政の対応を早急にお願いしたい」と話している。

渡嘉敷村でも、昨年の台風16号で決壊した村道阿波連線のう回路として今年1月に開通した仮設道路ののり面が崩落。土砂が路面を埋め、交通が遮断された。村役場職員らが復旧に向け、土砂を取り除く作業に追われた。

そのほか、県消防防災課や県警のまとめによると、強風の影響で城辺町西里添の民家の屋根が半壊。平良市内では、池間大橋入り口の駐車場に設置された木造展望台の屋根やカラオケ店のプレハブ壁面が破損した。また、同市の池間漁港に係留してあった2隻の漁船が衝突し、船首部分が損壊した。

3、4の両日で避難世帯は18世帯となり、渡名喜村、那覇市、沖縄市で26人が避難した。
これを見る限り、この台風では2車線の道でも完全に崩壊してしまっている。沖縄での台風の威力がうかがえる。
これらのことを考えると、災害対策として歩道(1車線分)と片側1車線の計3車線の広さの道を作っている、ということも大いに考えられる。もし山側の土砂が崩落しても、3車線あれば何とか1車線くらいは確保できるようになるだろう。


ところで、村道が使えなくなった後の慶留間区の区長の話を見ても、2車線の道路は島民には必要ない道であると断言できるものであろうか?
仮にこのような災害の後、現地で「道がなくても船があるだろう」とか「徒歩で隣島に行けばいい」などと、とても言えるものではない。


● 読者が抱く不快感の元凶

これらの件において(主に2ちゃんねるの)読者が抱いた不快感の原因は、一もニもなく座間味に在住の方の意見が存在しないためである。

確かに、補助金による道路建設には一定の規模が要求されるなど、制度としてどうもおかしいと思われる面もある。 しかし筆者がWEBのみで調べ、極力客観的に考えてみても、橋も県道も、規模の問題はともかくとしてまったく不必要と結論づけることはできなかった。

当然ながら、筆者のこの見解も座間味に住む方の意見ではない。もしかすると、国沢氏は座間味に住むある方の意見を参考にしている可能性もゼロではない。実際、「こんなのより先に〜をしてくれ」と言いたい公共事業は存在しているのだから、それは1つの意見として尊重されるべきものである。
しかし国沢氏は、この騒動のきっかけとなったTOPにおいても、それへの「現地の方でなければ、その事業が無意味と断ずる権利はないのではないか」という反論が出た時にも、一切「これは現地の方の意見でもある」ということを書かなかった。 そのため、読者はいっそう、国沢氏は「自分は物知りである。自分の意見が絶対で常識である」としか考えていないのではないか、という印象を抱くようになってしまいかねないのである。

また筆者のように現地の方の声を(あえて)聞くことなく調査して必要かどうか、代替はどうすべきだったか判断する手法もあろうが、国沢氏の記事には彼の意見を裏づける説得力となる客観的情報が極めて少ない。おまけにそれらを国沢氏の擁護者が調べて「国沢先生は〜ということを言っているのではないか」と意見を述べると、待ってましたとばかりに一言
「その通りです」と述べるだけなのである。これは、「国沢氏は自分は言いたいことだけ言って、反論には常連に弁護させてるだけの、ただの卑怯者ではないか」という疑念を読者に抱かせるには十分すぎるほどのやり方なのである。

もし、国沢氏の発言の中に「実はこれは現地に住む方も何名か言ってることなんですよ」という文言があれば、さほどの騒動は起さずにすんだのではあるまいか。もちろんその現地の方が発言した言葉は真実である必要があるが・・・嘘であれば言論人として最低最悪である。余談だが、国沢氏は「話題の演出」と称してそういうような疑い(事実の捏造)を抱かせるようなことを何度もしてきているのも問題なのだが・・・。

それにしても、国沢氏には是非、一ヶ月ほど歩道も無い1車線の道しかない地区において車で生活して欲しいものである。そうすればいかに交通量が少なくとも、歩道が独立してあること、片側1車線であることが有益であるか、身をもって理解できるだろう。 加えて、「道よりも島民が望んでいるもの」は何か、具体的に示して座間味村の村長に直訴していただきたいと思う。

● 思う壷

…とここまで国沢氏の安直な発想を考察してきたが、実は座間味村にとって、国沢氏がこのように阿嘉大橋や道をHPで批判してくれるのは、ある意味で「願ったり」なのではあるまいか。

というのは、阿嘉大橋は、観光スポットとしての目的も兼ねて建設された。賛美であろうが批判であろうが話題にされると、それだけ座間味に対する宣伝をしてくれているし、それは今まで座間味を知らなかった人が興味を示してくれるきっかけにもなる。「どれ、その無駄遣いを見に行こう」と阿嘉島をふらりと訪れるとしても、それでも座間味村の目的である「観光客の誘致」であることには変わらないのだ。

こう考えてみれば、国沢氏は座間味村の思惑にまんまとのらされてしまった観光客の1人にすぎないのではあるまいか。何だかんだと文句を言いながら、毎年訪れて飲めや騒げやでお金を落としていってくれているし、しかもタダで観光スポットの宣伝までしてくれているのだから。

いずれにしても、ここで得られる教訓は、オイシイ時期だけを狙って一時的に訪れる観光客が、自分が見聞したわずかの事象のみを基に、その地方の発展や住民など様々な配慮をした行政に口出しをするものではないということであろう。格言を基にして言えば、こういうことである。

木を見て、森を見ず、大自然を語るべからず
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2003.08.18 α版
2003.08.28 β版