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4−4 インチキ -KAZ批判- (2001年3月)


[序文 というか昔話]

筆者は地方国立大学の工学部を卒業した。一流とは決していえず、二流か三流かは自分では判断しかねるが、研究費に関しては間違いなく三流以下だった。

なにせ研究室の年間研究予算を教授以下研究生、学生全てで均等に割れば
1人あたり20万円を切っていたのだ。そんな予算で研究できるものなどたかが知れている。それでも少ない予算をやりくりして何とか学会発表ができるような研究をやっていた。
同じ学科の他の研究室は某会社と共同で研究をしており、比較的研究費には恵まれている部署があった。例えばPCだが、筆者の講座が4人に1台の割合(しかも無印PC8801)であったのに、その講座はPC9801F2またはVMが2人につき1台もあり、なんともうらやましく思ったものである。もっとも筆者の研究室はGP-IBボードを刺しての計測が目的であったから、PC8801でも用は十分に足りたわけであるが(前述の講座は振動解析シミュレーションが主である)。

そんな筆者も何とかバブル期のどさくさに紛れ?某メーカーに入社した(2003年現在、その会社は無い。いや正確にはその名前の会社は無い、といった方がよいか・・・)。しかし入社してすぐに襲ってきたのがバブル崩壊である。筆者の勤務する会社も例に漏れず、バブル期に投資しすぎた新規事業の見直しに入った。同時に槍玉にあがったのが基礎研究である。「この時期に、すぐに商品に結び付かないような研究など!」というわけだ。

基礎研究なくして技術発展はない。しかし会社に余裕はない。そのため、これらの研究をしていた研究員はその研究テーマを携えて地方研究機関や大学に散らばっていくことになった。会社はその大学・研究機関に「共同研究」という名目で金銭や機器の援助を行うというわけである。それでも自前で研究を行うよりも格段にコストを下げることが可能だ。大学としても研究テーマがお金を背負ってやってくるのだからオイシイわけで、かくして双方に都合がいい体制ができあがるのだ。

ただ、このような傾向が続くと、企業向けとか、企業が興味を持ちそうな研究ばかりが増えて、真の基礎研究がないがしろにされてしまうと警鐘を鳴らす研究者もいるのだが…。


[経緯]

● 奇抜な形の電気自動車

さて2001年の3月のことである。突然、新聞の各紙面に奇抜な形状をした車が紹介された。名前を「KAZ」。最高速度300km/h、1時間の充電での100km/h定速走行で航続距離300kmというのが目標、と紹介され、500台の生産で高級車並の価格で市販を目指すとあった。目をひいたのはそのスタイルである。マイクロバス級の大きさと、ダンゴ虫の親玉のようなヌメヌメスタイルに8輪である。よくも悪くもインパクトあるスタイルだったのだ。(この理由はWEBを検索すればすぐ分かったが、それは後述する)

この報道は当然国沢氏も目にすることとなる。国沢氏はハイブリッド自動車がいたくお気に入りで、「ハイブリッド自動車の本」(講談社赤バッジシリーズ、現在絶版)なども出しており、自ら「ハイブリッド親方」「燃費大王」を名乗っていた。「環境親方」とも名乗っていたのは2−2でのシラボン氏の書き込みにもあった通り。
そしてこのKAZ、国沢氏はお気には召さなかったようでTOPのミニコラムでこのように酷評した。
2001/03/21
ジュネーブショーに『KAZ』とネーミングされた8輪の電気自動車が出展されたことを覚えていると思う。最高速度300km。充電時間1時間。満充電で300km走るというスペック。これを見て自動車メーカーの電気自動車担当者は愕然としたか、相手にしなかったかのどちらかだろう(個人的には99%後者だと思う)。ワタシも後者。上記3つの性能は、一つだけ達成することさえ難しいからだ
ただ技術的なブレークスルーがあった可能性も捨てきれない。これ99%の残りの1%分。案の定、調べてみると性能は「理論的な目標値」に過ぎないことが判明。
問題は報道の側で、新聞やTVのニュース見たら電気自動車の凄い技術革新のように取り上げられていた。
バラエティ番組や、ニュースでも息抜きのネタならとにかく『報道』のテーマとは思えない。以後、いろんな方から「電気自動車も実用化されるみたいですね」と聞かれたほど。
電気自動車の持ち味は、ハイブリッドでは暖機終わらないような1回の移動距離が10km以内のシティコミューターにある
正しい方向へ育ていきたい技術です

(kunisawa.netより引用)
「これは夢物語だ」として完全否定の上、「邪道である」と馬鹿にし切っているのが分かる。しかも「報道のテーマにも値しない」とまで。まさに言いたい放題である。
ここで国沢氏が「自動車メーカーの電気自動車担当者は」と強調してある点と、電気自動車はコミューター向け、と断言している点を覚えておいて欲しい。

[Intermission]
ところで、電気自動車は最初から遅かったわけではない。HONDA NS Press Vol.24 を見ていただければ分かるのだが、今から100年以上前、世界で初めて時速100km/hの壁を越えた「乗り物」は電気自動車だったのである。その後、ガソリンエンジンの技術が急速に発達した反面、電気自動車はバッテリーの技術が向上せず大きく差をつけられてしまったのだ。


● 清水教授がKAZに至る経緯

さて、国沢氏の最初の失敗は、「?」がなかったことである。もし国沢氏が最初にKAZの記事を見た時、「この形、この性能を目指したのは何の意味があったのだろうか?」という疑問が沸き、WEBを少しだけでも検索していれば、その答えを容易に導き出せるほどの多くの情報が既にこの時点で存在していたのである。

まずKAZ公式ページの中に、このプロジェクトを指揮した清水教授のProfileが載っている。ジュネーブショー目的で作られたため英文だが、それを引用する。
HIROSHI SHIMIZU

Born in 1947 Professor of the Faculty of Environmental Information, Keio University.
His major research lab is in K-square Town campus where Keio has its high-tech research centre. He runs the Electric Vehicle Lab where 2 teaching staffs, two researching staffs, 3 part time assistants, 8 graduate students and 34 under-graduate students are working on electric vehicle research and development.
He started research and development into electric vehicles in 1978. He participated in 6 major projects to develop original designed electric vehicles.
IZA, developed in 1991, held two world records with a maximum speed of 176 km/h and the maximum range per charge of 270km at a constant speed of 100km/hour. It has four in-wheel drive system. In 1997, he developed a two-seater small electric vehicle Luciole. It has two in-wheel drive system and a battery built in frame. KAZ is the evolution of these 6 electric vehicles.

(KAZ Project より引用)

読者諸氏には読めない英語でもないであろうが、念のため一部を日本語訳する。

  • 清水浩(1947生まれ) 慶応大学 環境情報学部教授。1978年から電気自動車の研究・開発を行っている
  • 1991年に開発されたIZAは、最高速度176km/hと100km/h定地速度での航続距離270kmという世界記録を持っていた
  • 1997年にはフレーム内蔵電池でインホイールモーターの2座席小型電気自動車ルシオールを開発した

ということを書いている。1978年から、ということは23年(上記記事の時点で)も電気自動車の研究開発に携わっている大ベテランということになる。

次に清水教授を検索してみる。「清水」「電気自動車(又はEV)」のand検索が有効だろう。そうすると実に数多くHITするのだが、その中で面白かったのはこれである。

手作りEVの歴史と現状を教えてください。

日本で最初に始めたのは誰ですか?
 手作りEVを日本で最初に始めたのは、元国立環境研究所技官で現在は慶応大学教授の清水浩さんではないかな。公害の研究をしていた清水さんは、トラックのスターターモーターを自分のクルマに取り付け、走行実験をするという、手作りEVの経験を踏まえてEV普及の可能性を探ったのです。


手作り電気自動車入門 より引用)
日本で最初に手作りの電気自動車を作成された方でもあるらしい。下のルシオールの記事からも考えると、恐らくこれは1980年頃のことであろう(筆者注:後のエリーカの紹介ページにて1983年であることが書かれていた)。そしてそれは国立環境研での公害の研究の一環として始められたのである。それから23年、公害の研究はもっと古くからされているだろう。自動車をめぐる環境問題に関してはどう考えても一家言以上をお持ちとみて間違いはない。

● 世界記録を作ったIZA

次に、IZAとは何か?ということを探してみる。探す前にピンときた読者諸氏も多いかと思うが、この車は1991年の東京モーターショーにも出品された、東京電力が作った4座席クーペの電気自動車なのである。(株)東京R&Dのページの中にIZAの写真及びスペックがある。参考までにトヨタ自動車の市販電気自動車、RAV4 EVのスペックも載せておく。

写真=東京電力(株) 高性能電気自動車 IZA
出典:電気事業連合会「環境とエネルギー
車名 IZA RAV4 EV
定員 4名 5名
寸法(全長x全幅x全高) 4850mm×1770mm×1260mm 3980mmx1695mmx1675mm
空車重量 1573kg 1540kg
電池種類 ニッケルカドミウム電池 シール型ニッケル水素電池
電池電圧 288V(×100Ah) 288V(95Ah/5HR/12V x 24個)
電池重量 531kg -
充電時間 - 単相200V /6時間
電動機 DCブラシレスモーター(4個) 交流同期モーター
最大出力 25kW/個(100kW) 50kw
タイヤ 205/50R17 -
最大トルク 42.5kg-m 190Nm
最高速度 176km/h 125km/h
加速性能(0-400m) 18.05秒 -
一充電走行距離(100km/h定速走行) 279km -
一充電走行距離(40km/h定速走行) 548km -
一充電走行可能距離(10.15モード) - 215km
装備 エアコン、パワステ、パワーウィンドウ エアコン
発表 1991年 1997年(457万円)
表1:IZAのスペック
2002年の今でも流麗で美しいと感じるデザインである。これは東京R&Dの力によるところも大きいだろう(清水教授と東京R&Dとの関係は「その後」で述べる)。
そして、最高速度176km/hと100km/h定速走行距離279kmというのが当時の世界記録となり、これは2002年現在市販されている電気自動車の性能を遥かに越えた性能である。40km/h定速であれば548kmも走る。ちょっと燃費が悪く燃料タンクが小さい悪いスポーツカー並であり、まさに驚きのスペックである。 この車に試乗した自動車ジャーナリストの館内氏はその後の彼の人生を決定づけられるほどの感銘を受けるのだ。ということは、館内氏を電気自動車に開眼させたのは清水教授の成果といっても過言ではないのである。
(略)

――八方塞がりになっちゃったわけですね。

これはもう、もう一回移動っていうことの原点に立ち返るしかねえんじゃねえかって思った。それで(東京日本橋から)鈴鹿まで自分の足で歩いてみたんだ。
(略)
それがあったんで歩いて鈴鹿に行けたの。肉体が変わって、精神状態が変わって、で、鈴鹿まで歩いたことで、さらに身体が変わるんだよね。すごく感覚的に鋭くなったし、ナチュラルなものに対して、感覚が拓かれていく。

ちょうどそこに、たまたま東京電力のIZAというEVが登場するわけですよ。試乗して即、こりゃあイケるって思った。これはね、身体や頭ん中がそういうふうになっていないとね、わからないんだよね。それが不思議なところでね。バカなエンジニアが乗ると「ダメだこりゃ」って思っちゃったりするんだ。僕はそうじゃなかった。ここに命があるなって思った。

――舘内さんは『800馬力のエコロジー』にそのときのことをくわしく書かれていますけど、EVは「破壊の神」だって直感したという話が出てきますよね。「破壊の神」というのはEVの一般的なイメージとずいぶん違ってますが。

それは複雑な意味なんだよ。まず、今までの自動車の概念をすべて否定するってこと。音がして振動がして排気ガスが出てっていうクルマのイメージ、加速特性とか発進特性っていう操作感、そういう感覚的なものを全部破壊しちゃうんだ。

それから産業構造を破壊する。自動車産業の中核はエンジンなんだ。エンジンであるがゆえに、トランスミッションやマフラーや燃料噴射装置やラジエーターや防音装置やらなんやらいっぱい必要になる。エンジンを中心にした部品工業のヒエラルキーができてる。それがドーン!と一気に破壊されちゃうんだ。あと、評論家(笑)。淘汰されるよ。評論家の感覚を全部破壊するからね
(略)


(館内氏インタビュー より引用)
しかしながら、このIZAは自動車メーカー等のフォロワーが続かなかった。それは当時高価すぎるニッカド電池を使ったこともあるが、最大の特徴でもあるインホイールモーターのせいでもあったようだ。ホイールインモーターは、ばね下重量がタイヤにモーターの重量を足したものとなってしまう。既存自動車メーカーはそれによる乗り心地とドライバビリティの低下を極度に嫌ったようなのだ。 なにしろサスペンションの設計を全く1からやらねばならないのだから。

● 高性能を誇るコミューター、ルシオール

高価すぎたIZAから6年後、清水教授は小型のシティコミューター、ルシオールを作ったとある。それを少し検索すると茨城新聞のページで以下のような紹介がなされている。
(略)
七〇年以後、自動車公害が大きな社会問題となり、その対策の一つとして電気自動車が取り上げられた。通産省(現経済産業省)による五年間の電気自動車の開発プロジェクトにはほとんどの自動車メーカー、電池メーカー、大手の充電器メーカーが参加
当時としては画期的な成果を出したが、実用にはほど遠いという理由でプロジェクトは終了した。

そして、八〇年ごろ、その報告書をみた一人の研究者、清水浩さん(現慶応義塾大学教授)によって電気自動車に関する研究が、つくば市の国立環境研究所で始まった。電気自動車は、バッテリーに蓄えた電気でモーターを回転させて走行する。排出ガスを出さないうえ、騒音も少ないなどメリットは多い。それでもガソリン車に比べ、「遅い、重い、走らない」などの障壁が立ちはだかった。

しかし、清水さんらによる九四年からの三年間に及ぶ研究の結果、ガソリン車に匹敵する走行性能を持つ電気自動車が完成した。

開発に成功した電気自動車は「ルシオール」と命名された。ルシオールはフランス語でホタルの意味。車体のデザインが、「自然の中で美しく小さな明かりを放つホタルを想像させる」ことから名付けられた。車の総重量は 900kg。電池は鉛を使い、電池本体の重さは270kg。二人乗りで最高速度は150km/h。40km/hの定速走行では290km、80km/hだと140kmは走る。

それでもガソリン車に比べ、一回の充電での走行距離はまだ不足している。しかし、ルシオールの完成以後、ニッケル水素電池、リチウムイオン電池が実用化されてきており、この問題を解決しつつある。

だが、実用化に当たっては性能や価格の問題など、まだまだ課題も多い。最大の障壁となるのが燃料等供給施設の設置に代表されるインフラ整備だ。
(後略)


( 電気自動車 脚光浴びる燃料電池(2001年1月12日付) より引用)
さて、ここでもう1つ分かることがある。清水教授は自動車メーカー、電気会社などが参画し、研究した結果「実用化不可能」とさじを投げた電気自動車の研究を、手作りEVから独自にコツコツと研究していたということである。そしてパフォーマンスを示すのがIZAであり、実用化を目指したのがこのルシオールだったのではあるまいか。

そしてルシオールのページも容易に見つけられる。そのページよりスペックと写真を引用する。参考までに、日産の電気自動車ハイパーミニ、トヨタのe-com、そしてコンバートEVであるスズキ エブリィEVのスペックも掲載する。

写真=ルシオール(1997.12 京都低公害車フェア出展中の1号車)

出展http://www.gaura.com/ev/luciole/ 
車名 Luciole ハイパーミニ e-com エブリィEV
定員 2名(又は大人1、子供2) 2名 2名 2名(4名)
寸法(全長x全幅x全高)[mm] 3295×1220×1335 2665x1475x1550 2790x1475x1605 3395×1475×1870
空車重量 910kg 840kg 770kg 1270kg
電池種類 密閉式鉛畜電池 リチウムイオン電池 ニッケル水素電池 密閉型鉛蓄電池
電池重量 269kg - - - (20個)
充電時間 - 4時間(200V) - 8〜10時間
電動機 DCブラシレスモーター(2個) 交流同期式 交流同期式 DCブラシレスモーター
最大出力 36kW/個(72kW) 24kW(33ps) 18.5kW 20kW
最大トルク 77Nmx2(154Nm) 130Nm(13.3kgm) 76Nm 95Nm
最高速度 150km/h 100km/h 100km/h 95km/h
加速性能(0-400m) 17.9秒 - - 0-40km/h 6.2秒
一充電走行距離(10.15モード) 130km 115km 100km 110km
一充電走行距離(40km/h定速走行) 290km - - 160km
一充電走行距離(80km/h定速走行) 140km -
- -
実験(販売?)開始 1997年(開発費2台で数億円?) 2000年1月(約400万円/台) - ?300万円
表2:ルシオールと他のコミューター型電気自動車のスペック比較
ハイパーミニ、e-comが横2人乗りであるのに対し、ルシオールは縦2人乗りである。サイズはどちらも軽自動車並。例えれば、ルシオールがメッサーシュミットKR200、ハイパーミニがBMWイセッタといったところであろうか。
しかし性能はご覧のようにルシオールの圧勝である。リチウムイオン電池よりも性能的に劣る鉛電池を使用(低コストのため)していながら、日産のハイパーミニをことごとく上回る性能であることがわかる。開発費も、量産自動車の開発費を考えたらむしろ安いほうであるといえまいか。

参考までに鉛電池とニッケル水素、リチウムイオン電池を比較すると以下のようになる。単純計算したら、ルシオールがハイパーミニと同じ電池を積んだら航続距離は10.15モード時でなんと400km近くに達することになる。
エネルギー密度 出力密度 寿命
密閉型鉛電池 35Wh/kg 150W/kg 400-800 cycle
ニッケルカドミウム電池 50Wh/kg 170W/kg 500-
ニッケル水素電池 65Wh/kg 200W/kg 500-1,000 cycle
リチウムイオン電池 110Wh/kg 200W/kg 500 cycle
このことは、清水教授が講師を行った1996年の第4回運輸政策コロキウム[1996年1月30日]でも明言されている(この時点ではルシオールはまだ開発中である)。
7.科学技術庁の新プロジェクト(エコ・ ビークルの開発計画)
エコ・ビークルの開発内容は、電気自動車に新しい技術を導入し、太陽電池による充電で走行エネルギーを一部まかない、車体を小型化することであり、
開発目標は、小型だが極めて高性能・安全・ 快適で、低燃費な車を実現する所にある。
(略)

8.エコ・ビークルのスタイル
(略)
エコ・ビークルの性能目標は、10モードで1充電走行距離が150キロとした点である。
10モードで150km走行するということは、 町中を約9時間走ることができるというこ とになる。遠出をしなければ町中での使用に耐え得る車である。加速性能は18 秒を切っている。10モード相当の燃費ではリッター当たり50km走る。これは今の軽自動車と比べてもかなりいい数字である。

9.最近の電池の開発状況
最近は性能のいい電池が開発されてきている。その1つにリチウム・イオン電池がある。
この電池は、電気自動車が実用化される時の本命の電池になるかもしれない。新しく開発されたリチウム・イオン電池を今回のエコ・ビークルの鉛電池に置き換えると、1Oモードで450kmの走行が可能になるということになる。もし、この電池が実用化された場合には、 あらゆる場面での電気自動車の利用が可能になってくる。

(財団法人 運輸政策研究機構 第4回運輸政策コロキウム より引用)
加えて、清水教授は自著「電気自動車のすべて」第2版 (1995年刊)にて電気自動車の問題点や解決方法などを述べている。
その内容を一部抜粋すると
1) バッテリー:
バッテリーの開発が電気自動車普及のキーポイントであることは周知の事実
。各種電池の中ではリチウム電池の可能性が一番高い。

2)省エネ効果:
原油1Lを精製してガソリンとして1800cc乗用車を走らせると,60km/h定速走行の場合18km/Lの燃料消費率になる。火力発電所で原油1Lを使って発電し,バッテリーを充電してIZAが走ると46km/L。

3)発電所の増設:
自動車全部が電気自動車に置き換わったとしても発電所の増設は不要。試算では夜間電力で足りる

4)長距離ドライブ:
  1. バッテリー専用リヤカー牽引方式(小さな車に電池を積んで引っ張って走る)
    1充電で250kmとして、もう1台分引っ張れば500km。
  2. バッテリー交換方式
    ディーラーや修理工場、あるいは高速道路上の拠点で交換
    電池のレンタルまたはリース・システムが必要
(「電気自動車のすべて」第2版:清水 浩著 より (1995.11刊))
電気自動車にとって「バッテリー」「インフラ」が重要である、ということは、清水教授自身も明言している。そしてルシオールはIZAで使用した高価なニッケル系(RAV4EVやe-comが使用)電池や更に高価なリチウム系電池(ハイパーミニが使用)の使用はせず、安価な鉛電池を用いている。これは退化ではなくコスト重視と見るべきであって、本当に市販化を視野に入れていたと考える方がよいだろう。当然、将来は(安価となった)リチウム電池との置き換えられるだろう。そうすれば走行距離は400km以上である。そして、パワーも申し分ない(動力性能はスマートを凌ぐのだ)。交通の流れをリードすることすら可能だろう。

以上のように、清水教授は1997年時点で電気自動車のコミューターの研究開発は一応の成果をあげているのである。


参考までに、プリウスの登場は同年、1997年である。
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