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(2) JHはカルト宗教のようだ  
● 天界と地獄


6-13 に続いてオカルトめいた話で申し訳ないが、中世スウェーデンに エマニュエル・スウェーデンボルグ(1688〜1772)という方がいた。彼は最初れっきとした科学者であったが、52歳頃から霊的体験が現れ始め、遂には霊界と人間界を行き来できるようになったという。それらのことを、科学者としての視点で緻密に綴った神学の著作をいくつも残している。かの哲学者カントは、「霊に関する著作という点を除けば、これほど論理的文章は見たことが無い」と驚嘆したというエピソードが残っているくらいである。

この著作を読んだオカルト漫画家つのだじろう氏は、彼の著作を参考にして、漫画(恐らく「うしろの百太郎」)でこのようなことを書いていた。

主人公が霊界の下の方(いわゆる地獄)に行くと、面妖な背格好をした生き物(もとは人間?)が何人もいた。
彼ら(悪魔?)は主人公を見て言った。「変な格好の奴が来たぞ。悪魔じゃないか?」
主人公は驚き、「違う。そっちの方が悪魔じゃないか?」
悪魔は「何をいってるんだ。俺たちは普通じゃないか。本当におまえは悪魔のようだな。やっつけてやる」
と言って主人公に向かってきたが、どこからか雷が落ちて彼らを撃退し、主人公は難を逃れた。
現実世界に戻った主人公は、心霊研究家の父親にこのことを話すと、父親は言った。
「地獄にいる者は、自分たちが善と思い込んでいるからこそ地獄にいることも分からないし、善を見て悪と思ってしまうのだ。彼らの中では悪が善なのだ」

(細かな点は違うと思うが、このような内容であったと記憶しているが…なにせ最後に読んだのは20年近く前の話であるから…訂正は歓迎する)

つまり、「自分が正しいと思っている人間は、他の者は正しくないように見える」ため、反省もしないし成長もせず、地獄にずっと居つづけるということなのである。

実際のスウェーデンボルグの著作にもかなり深いことが書かれてある。以下はその一部であるが、「うーむ」と唸られる方もおられるのではないだろうか。
霊界の下の方の世界、 いわゆる地獄には、たくさんの人間(の魂)が行っているわけですが、そこへ時々天使が降りてくるそうです。それは、天国に行く用意のできた人々を引き上げるためなのですが、地獄の住人の多くは天使の光に耐えられずに物陰に隠れて「早く立ち去ってくれ」と天使に頼むそうです。地獄を卒業する用意のできている人は、逆に天使の光を慕って近くに来るので、天使はそういう魂だけを連れて天国に帰っていくのだそうです。

真冬に身体の冷え切った人が風呂に入ると、いつも入っている温度のお湯でも熱く感じるように、地獄にいる心の冷え切った人には、天使の愛の光が熱くてたまらないのです。仏教にも、不動明王のように、仏の怒りの姿を表わすものがありますが、私は、仏が怒るとは考えていません。
仏はつねに慈愛のエネルギーを送って下さるのですが、それを受け取る人間が、熱すぎて耐えられないと感じ、仏の怒りの炎と感じるのです。

意識と宇宙についてのチェシャ猫とアリスの対話 対話55より引用)
悪人を特徴づけるしるしは、その思考や言葉に含まれる観念が善から始まるのが普通だが、結局は悪に終わる。
善人のそれは、その思考や言葉に含まれる観念が悪から始まる可能性があるが、善に終わる、という事である。

なぜなら、悪人においては悪が普遍的に支配しており、そのためその観念は悪の方へ揺り動かされるが、
善人においては善が普遍的に支配しており、そのためその観念は善の方へ揺り動かされるからである。

普遍的に支配しているのは、目的であり、肯定する基準である。
そのため、あらゆるものを引き寄せる面(plane)となっている。


さんたのはっぴーわーるど 「ニューエイジな名言」 より引用)
4.悔い改めと再生

これはスウェーデンボルグが信仰者がなすべきことの中心として挙げているもので、信仰生活の上では非常に重要です。つまり
人間は、生まれたままの自己中心的な精神状態から、その生涯のいろいろなことを通して学び、人格的な向上をするためにこの世に生まれてきたのだということです。(フィンドホーンでいう「学び」)そして 具体的に信者は何をすればよいかというと、自分のその日の行動や心の思いを振り返って点検し、十戒や自分の宗教の教えに照らして反省します。(略)こうして具体的な罪を認めて実際にそこから足を洗うことで、神によって少しずつその精神が育てられてゆくのです。これが「再生」です。(略)

5.高い倫理性

(略)もうひとつ、
「自己愛」に関する著述があります。

自己愛とは、自分だけによかれと願うことですが、その自分の中には、自分の子供や身内、自分を誉めるもの、 自分を評価する人をも含みます。つまり、
自分の身内や自分を誉めてくれる人は愛するけど、自分の仲間でない者や自分の考えに反対するもの、気に食わない考え方をする人を敵視するのは、隣人愛に背くことになるというのです。これは「あなたの敵を愛しなさい」という聖書の教えそのものですが(略)

スウェーデンボルグより引用)

● 続・ETC

国沢氏のETC批判は、掲示板やHPのみならず雑誌記事にまで及んでいくことになる。まずは掲示板から派生したHPのTOPにて、このような論調となった。
6月25日

ETCゲートのいわゆる「スリップストリーム抜け」(先行車の開けたゲートが締まる前に通過する違法行為)投稿欄で話題になっている。
(1)「見た」「システム的に出来るワケない」など様々な意見が出ているけれど、こればかりはテストしてみないと解らない。かといって脱法行為だけにテストするワケにもいかないし。個人的には自分でやるつもりもないから(2)どうでもいいと思っているが、(3)もし「システム的に出来ない」派の主張通り「ETC車載器の付いていない後続車にピッタリ付けられた状態でゲートに入ったらゲートが開かない」なら大いに怖いです。だってゲート開かなければ急ブレーキ踏む。直後にクルマが続いていれば追突されますから。ちなみに首都高の錦糸町料金所で見た人によれば「ETCゲートじゃないトコロに並んでいたクルマが、ETCゲート通過車を見た途端、並んでいる列から抜け出してスリップストリーム抜けした」というから、(4)常習者はいるんだと思う。(5)本当に可能なら、まぁそのウチ話題になるでしょう。


6月26日

ETC情報。近所のオートバックスはすでに乗用車ワクの5千円引きの受付終了となっていた。27日一杯までOKの店もあるらしい。ただ確認しようとすると、一軒一軒聞いてみないとダメ。車載器の在庫が無いと、これまたダメ。いずれにしろ狭き門になってきた感じ。スリップストリーム抜けについてはJHに問い合わせ中。いずれにしろ来週あたり、JHまで行って取材してみるつもり。
(6)これまた最新情報なのだが、どうやらETCの車載器の電源をシガーライターから取って複数のクルマで使いまわすことも可能のようだ。車載器のセットアップにはナンバーの登録など必要で、本来なら申請した車両しか有効じゃないのだけれど、黙認しているらしい。(7)ETCのナゾはどこまで広がるか?


(kunisawa.netより引用 (1)〜(5)は筆者追記)

しかし、この時点で現実の事象とは微妙にズレが生じ、ある方向に話が向いているのが分かる。
  1. まず「見た」と言っているのは1年も前の読者のメイルとav誌の三沢氏のみで、「できるわけない」はT氏のみ。加えて決して「様々な意見」が出ているわけではなく、国沢氏の意見にT氏が理論的に反論してきて、T氏に掲示板の常連が詳細な質問をしているだけのことである。
  2. 「どうでもいい」のであれば話題をひきずらず、T氏にも「そうなんですか、どうも」という返答で終わる話題ではないか。これはとりもなおさず国沢氏がこの件に非常に関心があるが、それを否定するためのポーズにすぎない
  3. この主張はある意味正しいが、行間より「またひとつETCの問題点の情報を手に入れた」という気持ちが伝わってくるのは筆者だけであろうか?
  4. これは少し発想が飛躍しすぎである。所詮はあくまで「怪しい挙動の車の目撃談」にすぎない。それ以外の可能性も考え、それらを否定して最後に残った状態でなければガセネタのままである。
  5. 話題にしているのは筆者の知る限り国沢氏だけなのだが。
  6. これは恐らく、先の掲示板での「ETC車載器は工夫すれば使い回せる」という発言と、T氏の「今はナンバー認識をしていない」等の情報を合成したものであろう。
  7. UFOじゃないのだから・・・と思うのは筆者だけではあるまい。
このように、国沢氏の頭の中では掲示板でのやりとりが全て入っているのではなく、パラレルワールドのように微妙な差違をもって格納されていっている。 そして、これらTOPに続いて掲示板では以下のような書きこみがあった。
ETCいろいろ 投稿者:E  投稿日: 6月27日(金)20時26分03秒

早期にETCを導入しました。カーショップ独自のキャッシュバック(1万円)、ETC期間割引(2割引?)などで機器代は早々にチャラになりました。キャッシュバックは使用してない時は振込んでくれるという念の入れよう、期間割引(首都高560円、アクアライン1,856円等、普通車)は未だ継続中です。
住所変更でナンバーが変わった時、カーショップでは「そのままで大丈夫ですよ」と言われましたが気持ち悪いので再セットアップを依頼、きっちりとシノギを取られました。
(1)最近ETC利用車が増え、料金待ちの列から突然飛び出してくる車があり、ETCレーンに侵入する場合はとても気をつかいます。同時に専用レーンも増えてきまして便利になりました。ETCカードが何かのはずみで飛び出してる可能性もあり、スピードを出して侵入するのはとても危険です。またETC入り口がないところでもETCカードを渡せば処理してくれます。
私は自営業なので「時は金なり」の感覚(それと左ハンドル)で買いましたが、料金を払うのに機器を買う、というのは納得いかないが本音です。高速は無料にして欲しいですね。

Tさま 投稿者:国沢光宏 投稿日: 6月29日(日)22時33分09秒

ETCの件、こちらからも取材し、次号のベストカーのコラムで書きました。
(2)Tさんに教えていただいた内容、システム的には間違っていないと思います。
ただ運用面は、(3)当初のコンセプトからズレてきているようです。
Tさんも書かれていましたけれど
、(4)セットアップされた車両でなくてもゲートが開く、という点事態、おかしなこと。
(5)スリップストリーム通過も、問題視され始めているようです。


(kunisawa.netより引用 (1)〜(5)は筆者追記)
  1. ここで重要な経験談があるのに国沢氏は気付かないか無視している。「一般レーンから飛び出してくる車が増えた」というのは、ETCレーンを目指して走行中の車の前に出るということとみて間違いあるまい。これが逆であれば、「ETCレーンに進入する車の後ろに急激に車線変更してくる車もまた増えているのではないか?これが「スリップストリーム抜け」の正体の1つではないか?」と何故発想しなかったのであろうか?
  2. これは「理論(理屈)上は間違っていない」という意味であろうかとは思うが、恐らく専門家であるT氏に対しての返答としては謙虚さに欠ける表現である。
  3. どのような点がずれているのか書かれていないので読者には何のことか理解できない。
  4. 初期の混乱を避けるための時限措置と書いてあり、大半の常連も理解できているのになぜ国沢氏だけ理解できないのだろうか?
  5. 問題視され始めているのであれば、その痕跡たる回答がJHから得られたのだと連想するのが普通で、それはBCに書かれているのであろう。
このように、国沢氏は一体何をどう考えているのか分からない状況となり、それを知るにはBCの発売を待つしかなくなった。

● まるでカルト宗教だ


日記からうかがえるのは、国沢氏がBCの記事としてこの件を執筆したのは、6月29日〜30日頃と思われる。その後、JHに出向いて話を聞いたらしい。そのためHPの読者の目に触れたのはこちらが先なのだが、その内容は一方的にJHを批判するものであった。
7月7日

ETCの件でJHに行って話を聞いてきた。結論から書くと「7月10日号のベストカーに書いた通り」。こちらのルートで取材した情報より新しいモノは何も無し。

役所(JHは準役所) の都合の悪い内容について取材する度に感じるのだけれど、全く前に進まないからむなしさばかり残る。「スリップストリーム抜けは脱法行為である」とJHが宣言し、警察が車間距離不保持による安全運転義務違反で捕まえるべきことだと思うのだけれど、当面「見えぬ。知らぬ。存ぜぬ」で通すみたいだ。

JH広報の「犯罪例を公表すると誘発することになる」という主張に半分同意し、
ここでは何(複数あります)が出来るか書かない。でも犯罪者は無視すべきじゃないと思う。ベストカーの記事に付け足すとすれば「ETCゲートを通過する際はバックミラーを必ず確認。もしピッタリ付いてくるクルマがあれば、追突されない速度まで最徐行してゲートを通過しましょう」という自衛手段で安全をキープするしかなさそう。ま、これだとETCの原点である「停止しないので不要な排気ガスが出ない」という目的は諦めないとダメなのが笑えますけど。

取材に対応してくれた方は違う場所で会えば魅力的な人物なのかもしれないが「何でハイカを取り上げてまでETCを普及させなければならないか?」という質問に対し「ETCの普及率が50%になれば渋滞は無くなります。絶対普及します」。激しい行楽渋滞の原因になっているのは大半がETCを導入するメリットの無いサンデードライバーですけど、と言っても「普及する」の一点張り。
流通や生産の知識を持っている役人が居ないためか「ボトルネックが移動するだけ」という観点もJHには無い。その割に「ハイカの偽造が多いならJRのSUICAのようなICカードにしたらどうか?」と聞くと、黙ってしまう。カルト宗教の受け答えみたいだなと、思った。この件、さらに多くの情報があるので、近いウチにどこかでレポートを書きます。

いずれにしろJHや役所に大きな期待はしないこと。そんなことで腹を立てるのは時間のムダです。もちろん私は知っておくべき情報として書き続けますが。間違った考え方の組織はほっといても破綻すると思う。長期国債の金利もジワジワ上がり続けている。


(kunisawa.netより引用)
よくもここまで悪しきざまに言えるものだと思われるほどの文章である。 そして、そのベストカー誌2003年8月10日号 「クルマの達人になる」Vol.149は、国沢氏のHPでのETC騒動の総括的な記事となっていた。

それは同時に国沢氏の曲解ぶりと「あがき」が明らかに分かる内容であった。
「クルマの達人になる」 Vol.149
ついにETCを購入!しかし言いたいことだらけ

今までETCについて書かれた記事は、基本的にETC大好き派のチョウチン持ちから見た内容だったと思う。しかし5万円ハイカの販売停止により「なんで強引にETCなんか導入するんだよ!」派(それはワタシです)もETCを使わざるを得なくなった。イヤイヤ使わざるを得ないだけに、言いたいことや疑問がたくさん出てくる。興味深いことに「ETC買った」とHPで書いたら、ETCへの苦情や新情報も続々メールで届くようになってきたから面白い。

(中略)

最初に届いた情報は「スリップストリーム抜け」という『犯罪』。なんでもETCゲートを通過する車両の直後にピタリとつけ、そのまま通り抜けてしまう、というもの。こら困ったもんだ、とHPで書いたら、「そんなことできない」という情報が。

警察もJHも不正通過を見逃すな

なんでも「車載器をセットアップする時にクルマの全長も登録。ピッタリ後続車がついた状態では、牽引車両と見なされるため、前車共々ゲート自体開かない。仮に前車が普通車と認知されゲートが開いても、ナンバーの登録情報から全長が分かるため即座にゲートは閉じる」のだという。これが本当なら、スリップストリーム抜けは警察が即座かつ厳密に取り締まらなければなるまい。だって追突事故に直結する。ゲート開かなければ急ブレーキかけるでしょ。

そこに後続車がいたら、確実に事故だ。首都高の綿糸町料金所で目撃した人の情報によると「通常ゲートに並んでいた1台が、ETCゲートを通過しようとしたクルマを見て突如走り出し、
車間1mくらいで一緒に通過した」。何件かの目撃例は、いずれも車間距離極めて小。危険である。なんでゲートが閉まらないのか?翌日、意外な情報が寄せられた。「現在ナンバーは無視している。車載器の電源をシガーライターから取れば、なんでも通過可能です」

だとすれば全長など関係ない。一律にゲートの開け閉めをしているということ。そこでゲートの開閉時間を測ってみた。すると
車速にもよるが、40km/hなら(JHの推奨は20km/h)前車のリアバンパー通過後、平均して12m過ぎるまでゲートは下がらず。充分可能だ。それに前車にビタづけした状態だとナンバー読み取りもできず。JHに「不正通過はどうするつもりなのか?」と問い合せたトコロ、すばらしくトンチンカンな答えが返ってきた。

曰く、「不正通過は犯罪行為であり、それについてのコメントはできません」。大笑いである。ドロボウがいるか論議すること自体、おかしいというのだ。(以下略)


(ベストカー誌2003年8月10日号 113p より引用)

● 根本的勘違い

まず最初から読者に誤解を生む表現がある。国沢氏が情報を得たのはメイルだけではなく掲示板の書きこみも含まれる。メイルと掲示板のシステムは根本的に違うので全てをメイルと括るのは明らかに不適当である。
国沢氏は掲示板を「読者投稿板」としており、ご自身は似たようなものと解釈しているのかもしれないが、一般読者にとっては掲示板とメイルの違いは明らかに存在する。
掲示板は気軽に書きこめるが、メイルは「何か公表しがたい情報が含まれるのではないか」という先入観が加わる。メイルで続々と情報が来た、ということで書くと、国沢氏の下にはいかにも極秘情報が集まっているかのような錯覚を読者に生じさせる。
実際は、怪しい挙動の車の目撃証言が2例(しかも1つは内部)、そしてそれへの理論的反論と質疑応答が掲示板上でなされていただけである。


次に、国沢氏は読解面でも失敗している。筆者にはなぜ国沢氏がT氏の説明後も「ETC不正通行は可能だ」という主張を崩さないのか不思議であったのだが、上記BCの記事ではっきりしたのは、国沢氏は、ナンバーを読み取らないので車両情報を全て読みとっていないのだ、という大いなる勘違いをしているということである。

ここで、もう一度、6-13で引用したT氏の書き込みを一部引用する。


そして前車の登録情報をチェックし普通車登録であれば、前車共々ゲートは開きません。
仮に、前車が普通車と認識されゲートオープン時に、後続車が猛スピードでゲートに進入した場合でも前車がゲート通過後に、問答無用でゲートを閉じます。
これはゲートバー脇に設置された車両センサーで車両通過を認識できているのと、登録情報から車長が判明しているからです。

・・・
>複数の車があるのですが、ETC車載器は1台しかないので
>この1台を他の車にも使い回しは可能でしょうか?
禁止事項ではありますが、料金形態が同一であれば現システムでは通行可能です。
・・・

>機器を小型車(最近の小型は全長は軽+数センチ程)に無理やり付替えていった場合認識はどうなるのでしょうか?
車幅やナンバーの色も測定していますので駄目です。


お分かりだろうか。T氏は、ETC車載器の登録情報と述べているのであって、国沢氏の記事のようにナンバーの情報から全長が分かるとは述べていない。ナンバー読み取り判定*だけ*は改造車(車内に置くなど)、プレートの汚れなどで読み取りエラー率が高いため、ETCの稼働率をあげるためやむを得ず現在は使用していない、と読み取るのが自然である。実際、T氏に質問したkunisawa.netの掲示板参加者もそれが理解できている返答であった(じゃあ同じ車種を希望ナンバーで全部そろえたらどうなのかな、とか)。

加えてETC車載器をセットアップした人ならお分かりと思うが、セットアップには車検証(又はそのコピー)が必要である。カー用品Q&A に詳しいので参考にしていただきたい。該当部分を引用すると、
Q. セットアップとは?

A. ETCを利用するには、ETC車載器を取り付ける車両の車両情報をETC車載器にセットアップする「セットアップ作業」が必要になります。
※ETC車載器を車に設置する「取付工事」の事ではではありませんのでご注意下さい。

(略)

セットアップの際、車両情報(ナンバーやサイズ、重量等)を設定するのでETCを取付する車の車検証の写しが必要となります。(所有者等の個人情報は登録致しません。)
これらのことを考えると、ナンバー読み取り・照合機能を使用していないとはいえ、全長と幅、牽引車両情報等の読み取り・照合はしていると考える方が自然である。なぜなら、牽引車両かどうかとか、車両情報(車軸数)の判定は、通行料金に関わるファンクションのためカットできないからである。

もしスリップストリーム抜けをしようと試み、先行も自車も全長4mで、車間距離約1〜2mでレーンに進入したとする。
万が一、連続して通行しようとした2台を1台と判断されてしまったとすれば、通過車は全長が9m以上で4軸の車として認識される(6-13にも書いたように、軸数&車両重量判定のための踏み板があるようだ)。これでは料金区分が大型車となるので料金区分が違ってくる。
T氏は「現状では料金区分が同一の場合は通過できてしまう」と述べているので、このようにETCレーン進入前にベタづけしているような状況ではゲートは開かない、と考えられる。

それゆえ、スリップストリーム抜けをしようとしたら、筆者が6-13で考察したように先行車の通過許可が出てゲートが開いてからレーンに突入(ETC車載器情報通信可能圏内)に進入しなくてはならない、と思われるのである。
ちなみに車載器情報読み取り用ETCアンテナの受信距離は旧型が4m、新型が10mであるそうであるから、、先行車のためにゲートが開いた時にETCの通信装置から4m以上離れている必要があるともいえるわけで(読み取りエラーの再試行回数と時間は不明であるから、これを考慮するともう少し短いかもしれない)、そこからゲート通過までに前車に追突しないよう速度調節して突入するのは、やはりかなり困難と言わざるをえない。
つまりゲートが開いた時点で車間が1m程度であった場合は、やはり後方の車もETC車載器を積んでいる、と考えざるを得ないのである。

しかし彼は、「問答無用でゲートを閉じる時間」にだけ興味が移っているため、このような
誰しもできてあたりまえの考察をまったくできなくなっているのだ。

ちなみに牽引免許が必要ないのは牽引車と被牽引車を合せた全長が12m以下となっているので、このことからも恐らく車間3〜4m程度では牽引車かどうかの判定がされると思われる。

● 書くたびにどんどん詳しくなる目撃談の怪

次に、錦糸町の料金所の目撃談が日を経るにつれて具体的になっていっているのが興味深い点である。順番に引用してみることにする。

「首都高の錦糸町料金所で、前のクルマに続いてゲートを通過する”スリップストリーム抜け”を見ました。あれはヒドイ」とあった。(6/20)

ETCゲートじゃないトコロに並んでいたクルマが、ETCゲート通過車を見た途端、並んでいる列から抜け出してスリップストリーム抜けした」(6/25)

「通常ゲートに並んでいた1台が、ETCゲートを通過しようとしたクルマを見て突如走り出し、車間1mくらいで一緒に通過した」(6/29/BC記事)
最初は「不正通行を見た」だけで、次は不正通行車?の挙動、次が車間距離である。もし仮に次があるとしたら、「ETCゲートを通りそうなクルマがいるかどうか、うかがうような走り方をしていた」とか「ドライバーが斜め後ろを気にしていたふうだった」となるであろうことは容易に予測できる(苦笑)。

こういうように、書くたびに詳しくなるのは別に取材を重ねて信憑性が増したからではないと思われる。(そういう場合もあるが)。子供がよくやるように、自分の意見が苦しくなってきたので、信憑性を増そうとして付け加えていっているだけであろう。

というのは、もし仮にETCの不正通行を問題提起としたい場合は、1つの決定的事象を挙げるか、曖昧な目撃証言であるが多くの例を挙げると説得力が増すことになる。しかし、彼のもとに寄せられた情報は、筆者の知る限り2つであり、これが曖昧な証言では「単なる見間違い」で片付けられる可能性が高い。
そのため、数少ない例がすべて「不正通行なのである」という説得力をもたせた書き方をしなければならず、それが上のような表現の変化となって現れたものと推察される。

しかし、これが
*やりすぎ*となっている。

もし仮に本当に不正通行ができるかどうか調べたい場合は、ゲート前からゲート通過直後だけではなく、その後の行動などについても書くべきであるし、またどの位置で車間が1mとなっていたかも重要となる。上で考察したように、ETCレーン進入時に車間が1m程度であれば恐らく牽引車判定がされているであろうので不正通行は不可能であるし、ゲート突破時だけであれば不正通行の可能性が出てくる。

ところで、レーン進入時からゲートを出るまでを目撃したのであれば、料金所待ち状態の車中で目撃したとみて間違いないだろう。ということは、それらを斜め後方から見たと考えられる。この場合、
「車間1m」という値の信頼性は乏しいのではあるまいか。 試してみられるとよいのだが、読者諸氏は片側2車線道路で信号待ちで止まった場合、隣の車線の数台先の車の車間を正確に言えるだろうか?恐らく実際よりかなり短い値を言ってしまうはずだ(遠近感のせいで)。たとえ目視でも数値を正確に言うためには、できるだけ測定物と正対しなくてはならない。 交通事故の調査時の目撃証言でも「どこから見たか」を聞かれ、状況証拠を複数の人物から詳しく集め、図まで書いて調査を行うはずである。

まあ、それでなくてもこういう場合の
目撃談に出てきた数字は、多分にオーバーなものが多いので、文面通りに1mではないのではないかと疑って当然だし、評論家であればそれはお分かりになっていると思うのだが、国沢氏は率先してそのオーバーな値を誌面に載せているのである。

これはもう、意図的ものであると断言してよいだろう。

うがった見方をすれば、目撃者であるav誌の三沢氏が本当に「車間距離は1mくらいで…」と言ったかどうかも怪しくなるのだが。
● 目測か、実測か

これも実に面白い表現の変化であるので、紹介しておきたい。
本日観察してみました。
ETC付き車両が通過した直後にゲートが締まるワケじゃないですね。
車間距離を詰めていれば十分ゲートが締まるまでに通過出来そうです

(6月24日夜 kunisawa.netの掲示板)

そこでゲートの開閉時間を測ってみた。すると車速にもよるが、40km/hなら(JHの推奨は20km/h)前車のリアバンパー通過後、平均して12m過ぎるまでゲートは下がらず。充分可能だ
(6月29日執筆? ベストカー記事)
お分かりであろうか。掲示板では、「観察した」「できそうだ」という、推定を含めた意見であるが、BCの記事ではこれが「測った」「可能だ」と、言葉での信憑性というか断定度合いが向上しているのだ。
仮に後日測ったとしても、果たしてこれらの数値をどうやって測ったのかということが疑問として残る。

ある料金所で通過車を観察していたのだとしたら、安価なスピードガンもあるにはあるのだが、ゲートが閉じるまでの距離を正確に距離を測るには通過車を真上、または真横から見ていなくてはならないはずであるし、なによりスピードガンを持って料金所近くにいたら、単なるあやしいオッサンである。

ということで、国沢氏の日記を見てみると、そのヒントとなる記述があった。
6月29日
(略)
朝ご飯食べ、懸命の原稿書き。合間に手紙のチェックをすると、26日夜にネットで申し込んだETCの前納割引のIDが届いていた。これでやっとETC前納システムのフル機能が使えるワケ。準役所の仕事らしく、車載器購入から丸10日間掛かる(昨日届いた)。
ベストカーのコラムにETCネタの原稿書くため、夕食後セットアップしたトラヴィックに車載器取り付けいろんなゲートを通り、計測など。さすがに1回目はキチンとセットアップされているか信用出来ず、開かなかった時に後続車が追突してこないよう、兼用ゲート通りました。夜、赤ワイン開けようとしたら在庫切れ。
(略)

(kunisawa.netより引用)
どうやら、夕食後に、ご自身の車を使用してテストされているようである。ということは速度に関しては自車の速度計を見ていればいいのだから問題はないだろう(誤差は無視しておく)。そして、「いつ閉まるか」という距離についての測定は
  1. ETCゲート通過の状況をゲートの横で見て測定している人がいる
  2. トラヴィックの3列目に誰か座って、後端がバーを通過じた時点とバーが閉まる時点との時間差を計測し、その時の速度から距離を換算する
の2通りが考えられる。しかし、1.の場合は同じゲートを何度も通らなければならないので非常に効率が悪くなる。更に距離を計測するには、道路上にスケールがあるわけでもないから「目測」に頼ることとなってしまう。

よって測定者(仮に自分自身としても)も同乗しているとみなすのが自然であろう。

ところで、国沢氏はどのような計測装置を用いたのであろうか?ETC通過時の動画が、2002SPRING ETC連続通過オフミーティングにあるが、例えストップウォッチで計測するとしてもバーが閉じるタイミングはかなり凝視していないと「あっ」という間に見逃す上、40km/hの場合12mとはわずか1秒強である。つまり、仮に2.の方法を用いたとして、時間の測定における誤差が、その数値に比較してあまりにも大きい可能性があるのだ。この方式で正確に測るにはビデオカメラででも撮影してから後でPCに取り込んで検証でもせねばなるまい(DVカメラであれば1秒間に29.97コマであるから、ここから計算すれば何とか可能である)。

またこれらを全て個人の車でテストしているとすれば、テスト回数はかなり限られたものになるはずだ。筆者の予測ではせいぜい2〜3回、多くても5回であろう。なぜなら、
首都高速の場合テストするたびに700円かかるのだ。前納の優待があったとしても、何千円も使う気にはなれないのが人情であろう。つまり統計上の平均値を出すためのサンプル数があまりにも少ない可能性が大いにあるのだ。

それと、この測定は夕食後に行ったというが、料金所付近が照明で明るくなっているであろうとはいえ、夕闇〜夜という、よりによって1日のうちで
一番周囲が見づらく厄介な時間帯にテストを行うというのはいかがなものか。

もう1つ。JHの指定速度が20km/hであるのに、40km/hでの測定値のみを記述するのは何故であろうか?このような試験の場合はまず*基本*から行うのが定石であるし、その数値も記述するのが当然である。書かないのはなぜかといえば、自説を展開する上において都合が悪いからではないか、と疑われても仕方あるまい。

そして面白いのは、
27日にJHの回答がきて、29日に測定したという点である。もちろん国沢氏自身のスケジュールの都合もあろうが(湯沢や北海道で取材があったようだ)、27日の日記では既に次回のBCにETCネタを書こうと決めていた節がある。それで29日に測定し、しかも夕方からということは何を意味しているのか?

以上のことを合わせると、この測定は「自分の意見(スリップ抜け)が出来るということを裏付けるデータをとるため」だけのものと見るべきではあるまいか。

これがどういうことかと言えば、国沢氏は
「だいたい10mくらい間があれば、スリップ抜けは可能だと読者は思うだろうな」という前提をあらかじめ作っていたのではないかということだ。そして20km/hで通過したら1秒程度で閉じたが、これでは車間が5〜6mとなって説得力がないので、次に40km/hで通過したら1秒強(片手運転でストップウォッチにて計測したのかも?)でゲートが閉まったので、もう1回別のところを通って同じくらいと確認し、「40km/hでの1秒は11.1mだから、まあ平均12mと書いとけばいいか」として、記事を書いたという可能性も大いに考えられるのである。

もし仮にこういう流れであったとしても、確かに測定はしているので記事自体は嘘を書いていることにはならないのである。

これらが筆者の妄想からくる「いちゃもん」であることは自覚しているが、しかし国沢氏にはやはり
測定地点、測定方法と測定回数の生データくらいはHPに掲載して頂きたいのだが。筆者のような詮索をされないためにも。

雑誌に掲載したのだから、測定地点以外は別に取材源の秘匿の必要もないはずであるが…。



● 自分が正しいと信ずれば…

このETCの件であらためて浮き彫りにされたのは、国沢氏の思考の拙速さと硬直性である。
もっと言えば、国沢氏は「1つの事象でも見方によって多様性がある」という概念を持ち合せていないかのようなのである。

分かりやすい例として、以下のような状況を考えてみてほしい。 部屋の真ん中に椅子が置いてあり、女性が1名座っている。 正面から見たのが左の絵であり、後ろから見たら右の絵のようであった。(絵がど下手糞なのはご容赦)

それを前後左右四方からそれぞれ違う人が見て証言したとしよう。

後ろから見た人は、「髪の長い女性が赤と黄色の模様の髪飾りをつけ、上半身裸で座っているのではないか」と答えた。
左から見た人は、「髪の長い女性がキャミソールを着て黄色の髪飾りをつけ座っている」と答えた。
右から見た人は、「髪の長い女性がキャミソールを着て赤い髪飾りをつけ座って目をつぶり笑っていた」と答えた
前から見た人は、「カメラを構えたら、髪の長い、キャミソールを着て座っている女性が右目でウィンクした」と答えた。

この場合はこれら全ての証言を合わせた、「後ろに赤と黄色の髪飾りをつけ、キャミソールを着た女性が座っていたのを、正面の人が写真撮影しようとしたら女性は右目でウィンクした」というのが、現実に起こった事象である。

国沢氏の評論の多くは、この場合で言うところのたとえば「左から見た状態」だけの視点なのである。そして見たままをすぐに発言してしまうのだ。
(拙速さ)

対して、右から見た人が「目をつぶって笑っていたようだ」と言うと、「
あなたは女性が瞬きした一瞬しか見ていないのだ。 こちらから見たらキチンと開いていた」と主張し、認めようとしない。また正面から見た人が「私が写真を撮ろうとしたのでウィンクしていたのだ」と言えば、「大笑いだ。あなたはいつもカメラを持ち歩くのか?それこそ信用できない」と難癖をつけて否定するのだ。 (硬直性)

そして後ろから見た人が、左から見た人を信用すれば、「そうかあれはキャミソールだったので裸に見えたんですね、左の人は的確ですばらしい」となる。 この後ろの人こそが国沢氏が読者対象としている人達である。

そして後ろの人が「髪飾りは左が黄色ですが、右は赤でしたよ」と答えると、国沢氏(左から見た人)は「なるほど!参考になります。ということは、キャミソールを着た女性が赤と黄色の髪飾りをつけて座っている、ということですね」と結論づけてしまうのである。その女性が、正面の人に対してウィンクをしていたという重要な事実はここで無視される。

それだけならともかく、後ろの人が見えないままなのをいいことに、ただ左横顔を見ただけなのに「女性は右の口元にホクロがあります」とか、「女性は20歳で、松たか子似の美人です。恐らく性格はキツめでしょう」とまで言ってしまうのである。
(発想の飛躍)

だが、少し動いて見れば女性がウィンクしているのは分かるし、近寄って話を聞けば実は25歳というのも、松たか子にはまるで似ていないのも、おっとりした性格であることも分かる。右から見た人や正面の人がそれを指摘すれば、「あなたは女性を見る目がない」とか「文句あるなら来るな」などと切れてしまうのだ。
(異見の排除)

そして後ろから見ていた人の何人かは「あれっ?」と思い、右に回ってみて真実を知り、kunisawa.netを去っていくのである。

1方向からだけ見て事象を判断してしまうことは誰しもあるのだが、別の方向から見た意見を統合していけば、視点を変えずとも全体の把握はできる。 異なる意見にも耳を傾け、自分も移動してみれば補正はいくらでも可能であり、現実の事象に限りなく近づくことができる。
しかし、視点も変えず、自分の意見と相反しない意見だけを取り込んでいけば、それは全体を見ることには決してならない。その結果として重要な事象を見逃し、事実とは微妙に(場合によってはかなり)異なった事象が彼の中で一人歩きしていく。

今回の「スリップストリーム抜け」などその最たるものであろう。

(ネタばらしをしておくが、これは以前筆者が理髪店で待っている間に読んだミステリー漫画の中に書いてあった内容のアレンジであるので筆者のオリジナルの発想ではない)


● 1つの意見だけを盲信するな

国沢氏の視点は、多くの場合反抗期からモラトリアム世代にかけての青少年の視点そのもののように見うけられる。「権力への理由もない反抗心」と「何かしたいがそれができずにあがいているもどかしさ」、「自分はこんなもんじゃないという虚栄心」、そのようなものが入り乱れている。恐らく、その気持ちをストレートに表現するため、それが痛快に感じられ、ファンもいるのであろう。

しかし、それはあくまで「その視点」から見た、「事象の一部」にすぎない。国沢氏の場合、同一の視点のまま齢を重ねたため既に
極端な視野狭窄に陥っており、せいぜい事象の20〜30%程度を現わしている程度であろう。国沢氏の意見を参考にしてもよいが、それを100%であると信ずればいずれ大失敗をするか、大恥をかくこととなるだろう。

これは別に国沢氏に限ったことではない。世間にはあらゆる視点の人がいて、それぞれの視点で意見を述べている。その意見がどういう立場からのものかを考慮せず、1つの意見を信じきるのは危険である。Internetが発達して情報があふれる今、少なくとも視点の違う2つ以上の意見を吟味してから自分の意見を決めるのが大切であろう。
また当初の自分と同じ意見であればそちらだけに傾きやすいのだが、むしろ反対意見にも耳を傾けるべきだ。その中にはきっと違った視点からの情報が含まれている。それを探し出すことは、事象をより深く知るためには決して意味なきことにはならないはずだ。



● カルトはどちらか

冒頭の話題に戻るが、「地獄にいる者は、自分が地獄にいると分からないため、普通の人が悪魔に見える」のである。

国沢氏は決して悪魔崇拝をしているわけではなかろうが、ご自身があまりにも固定観念が強いため、別の意見がカルトのように見えてしまうのではあるまいか。まず自分が柔軟に考えることができれば、相手が言っていることに納得はできないまでも理解はできる。そうすると、見えなかったものが見えてくるのである。

しかし相手に対して頑強なままだと、相手が心を開くことは決してない。「こいつには何を言っても無駄だ」と思った瞬間に、相手は発言の内容をあたりさわりのないものに変えたり、まともに相手をしようとしなくなる。
相手の反応は、自分を映しているだけなのだと国沢氏には気がついていただきたいものである。

最後に、国沢氏をはじめETCに否定的な方々は、次期ETC(フリーフローシステム)についての情報はご存知だろうか。
ETCの最終目的はゲートすら無くしてしまうもので、そのためにレーザーで車両を測定する。その精度は50mmの牽引バーですら認識する(現在は側面から光電管で測定している?)し、当然バイクも、バイクの並走も識別できるようだ。またフリーフロー様のETC通信装置は10mの受信性能があり、現在の車載器はそのまま使えるらしい。そして撮影装置は違反車の前方と後方から撮影するようである。
このフリーフローシステムは1998年に既にシンガポールで採用されて実績を積んでいる。

国沢氏が自己の視点から抜け出せず、あら探しにも見える批判をしているのをせせら笑うかのように、ETCシステムは着々と研究・開発が進んでいるようである。

日立評論2002年1月号ハイライト:14
三菱重工業株式会社 機会事業本部
レーザ車形センサの開発 (pdfファイル)
臨時ページ タコの部屋より)

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