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6−4 持ちつ持たれつ (2003年2月) 

これは、敢えて書くなら4章が関連するのであろうが、以前ご自身が書かれたことを見返す」というごく単純かつあたりまえのことを怠ったために起こった小失敗である。

まずは2003年2月25日のTOPを引用する。

2月25日
日曜日の夜、ジャッキーチェン主演の映画を見ていたら、三菱車が縦横無尽に活躍しまくっていた。翌日、苗場に行くとプリンスホテル本館の前にど〜んとコルトが展示されていた。松任谷由実さんと三菱も長い付き合いをしている。良い意味での「持ちつ持たれつの関係」は見ていて気持ちいいものだと思う。
美味しいところだけ食べようとする人やメーカーよりずっと魅力的に見えます。

さて、ダイムラークライスラーからやってきた三菱のエクロート社長は、クルマ好きだし意欲的である。御本人はゴーン社長と比べられるのが面白くないらしい
ゴーンさんと エクロートさんの”表向き”の違いは「元気だった頃のオリジナリティを尊重するかどうか」にあると思う。

例えばゴーンさんは、めちゃくちゃセンスの悪い日本人(誰か解らないけれど)が決めた「ヒゲグリルの全面展開」を白紙撤回したようだ。失敗路線を辿る前の日産に戻したということ。
エク ロートさんは、めちゃくちゃセンスの悪い「ブーレー顔」(ボッテリしたグリル)を全面採用するらしい。

モータースポーツもそう。
ああ見えてゴーンさんはモータースポーツに理解あって、厳しいリバイバルプラン実行中でもGT選手権は続けることを許可した。今年も全面改良モデルで参戦する計画だ。エクロートさんは、三菱が長年なんとか遣り繰りして参戦してきたWRCを容赦なく切った。やっと育てた大きな柱なのに。F−1と同じくWRCを戦うということは自動車を作っている会社にとっちゃ最高の名誉だと思う。

言うまでもなくメーカーにとって最も大切なのは「その会社の製品を好んでくれているファン」である。何で三菱ファンになったかと言えば、三菱のオリジナリティが好きだったからに他ならない。その点、
ゴーンさんは日産のオリジナリティを上手に引き出しているように見える。

三菱の復活はブーレー顔を止め、今シーズン途中からでいいから(三菱には木全さんという素晴らしいタフネゴシエイターが居る)WRCに戻ることから始まるんじゃなかろうか。
「夢」や「頑張り」を見せてくれれば三菱ファンも支えてくれると思う。それがメーカーとユーザ ーの間にある「持ちつも持たれつ」じゃなかろうか。エクロートさんの手腕に期待している。御自分の才能を信じて采配をふるって欲しい。

(kunisawa.netより引用)
この文章の明らかな構成ミスは、何を批判して何を持ち上げようとしているのかよく分からない点である。最初はエクロート氏は車好きで意欲的、かつゴーン氏と比較されるのを良く思っていない、と表現している。ここで読者は大抵は「ははあ、ゴーン氏の悪い面を指摘するんだな」と思うはずだ。しかしそれに反して、中盤以降はゴーン氏の方を持ち上げている感がある。このムチャクチャな構成はとても文筆家の書く文章とは思えない酷さである。

ともあれ、国沢氏はどうやら三菱車のフロントデザインの意匠とWRC休止に文句を言いたいということは確かであろう。

そして、彼はこのTOPではゴーン氏とエクロート氏を持ちあげているのだが、国沢氏の過去のTOPページでは、彼等に対してかなり批判的なものもあった。


以下の引用での色分けは

青色:TOPにおける日産の話題
緑色:日記における日産の話題
赤色:TOPにおける三菱の話題
桃色:日記における三菱の話題 

である。少し見づらいかもしれないが、ご勘弁願いたい。

(2000)

8月23日
三菱が依然大荒れである。ここまでくると「責任」という問題も出てくると思う。昨今の日本は、ほとんどのヒトが「よくない方向に向かっている」と 考えているらしい。その大きな要因の一つとして「無責任」というものがあるんじゃなかろうか。そういえば最近の大人や親は責任感が薄い。自分が生んだ子供の責任さえ取らないんだもの。三菱自動車の社長も、何らかの責任を取るべきだ。もし改革を実行する自信がないなら「辞任する」という簡単かつオーソドックスな選択だし、逆に「完全に立て直せる!」という信念と実行力をお持ちなのであれば、強いリーダーシップを発揮してこの難局を何とか切り抜けて欲しい。もちろん「売れるクルマを作れない」という問題も含む。ただその場合「ダメでした」は通用しない。その後の責任の取りようがないのだから。 三菱ファンのためにも、三菱社員とその家族のために、何とか責任を取って欲しいです。

8月29日
三菱のリコール隠し問題はドンドン拡大している。ただ未確認の情報が乱れ飛んでおり、もはや私のような専門家でも全容が掴みきれなくなってきた。次々に出てくる不良個所は本当に欠陥なのか、それとも単なる不具合なのかということすら解らない。最近の三菱、大幅に体制が変わっており、 会社から出てくる情報量まで急速に減っているのが気がかりだ。このままだと一段と悪い方向に進むような気がしてならないです。もし三菱に危機感があ るなら、悠長に新型車のTVCMなど流さず、リコール対象の公表や改善時期など最新の情報をユーザーに伝えて欲しい。

9月1日
三菱の欠陥車問題、まだまだ広がりそう。ここにきて欠陥なのか、性能の悪さからくる事故なのかという境目もなくなりつつある。ハンドリングや ABSの制御による事故までが欠陥の対象となりそうな気配漂ってきたからだ。こうなってくるとドロ沼。最終的に評価を落とすのは三菱になってしまう。
評価下げたといえば日産シルフィの広告も評判凄く悪い。せっかくホメているSULEVエンジンなのに、なんでハイブリッド車より排出ガスがクリーンだという宣伝するの? ハイブリッド車といえばプリウスとインサイトしかない。日産のハイブリッド車はすでに売り切れだからだ(100台販売したウチ、大半はメーカーが買ったらしい)。イルカの宣伝から始まり、フルラップ衝突でAの数多いと自慢したり、日産の良識はドコに行ってしまったのか?

(筆者注:筆者はシルフィのCFの評判が悪かったという噂など知らないのだが、もしソースをお持ちの方がいればお知らせ願いたい)

9月2日
「ついに」か「残念ながら」か「当然ながら」か、三菱の大株主であるダイムラークライスラーが出てくる可能性が非常に高くなってきた。最新情報ではダイムラークライスラーから副社長(実質的な指導者になるだろう)が送り込まれてくるらしい。これまでダイムラークライスラーは「三菱の独自性を尊重する」と言ってきた。しかし、ここまで事態が悪化すれば、そうもいかないと思う。
考えてみれば日産もゴーンさんは、全く同じ様なポジションで日産にやってきて、そして社長になっている。確かにダイムラークライスラーから副社長がやってきて今回のリコール騒ぎに対する大粛正を行えば、一件落着するか もしれない。三菱車を販売するディーラーなどにとってみれば、その方が良かったりして。ただ三菱ファンや日本車ファンにとってみれば大いなる痛手。もう自力で名誉回復することは出来ないのだろうか?

9月6日
三菱の『主体』がダイムラークライスラーになってしまう。持株比率40%といえば、三菱グループより多い。もはやグループでの再建を諦めたか? すでに副社長はダイムラークライスラーから送り込まれるらしい、その後は日産やマツダのように社長だと思われる。ここ数日、三菱のディーラーはガラガラ。リコール対応のために来るヒトしか訪れる客もいない状況。聞けばキャンセルも多いとか。こうなると自力で信頼を回復するのは無理だろう。 ディーラーにとってみれば、三菱がダイムラーに変わる方が結果的にいいのかもしれない。それにしても残念だ。大刷新が無い限り、三菱バッシングは続きそう。

9月9日
三菱はどうなってしまうのだろうか? 三菱グループの強力な支援も受けられず、実質的なリーダーはダイムラークライスラーからやってくる。さらに株価も値切られた。持ち株比率も現在の状況だと3年後に増やされ会社そのものが実効支配されてしまう可能性大きい。肝心の市販車も新規の型式認定を停止されてしまったため、4車種が中に浮いた状態とか(セディアベースのランエボやリベロ、オフセット衝突安全性強化型の軽自動車などか?)。まさに四面楚歌。こんな時こそ応援したいものだけれど、一体どうしたらいいのだろう。明るいニュースが欲しい。この際、先行研究してるような技術の一部を披露するなど思い切った作戦に出るべき。それにしても外資が入った自動車メーカーは活気がないです

9月11日
三菱続報。現在内部は大混乱している様子。こうなると何から手を付けたらいいのかも判らないだろう。例えば新聞などの報道によると、新型車の認定については1ヶ月間停止などとも言われている。これまた情報が錯綜。期限は決まっておらず、三菱が運輸省に対し今回の報告書と今後の対応策を提出。その内容によって認定を再開するということになっているらしい。報告書を提出した後、もし違う事実でも出ようモノなら致命的。三菱サイドも 今回は慎重な姿勢だ。もしかすると年内は難しいか?

9月22日
三菱の『品質諮問委員会』が動き出す。これは欠陥車についての対応を協議し、三菱に提案するというもの。9人のメンバーで更正されてお り、外部の委員は3名。うち1名は自動車ジャーナリストの岡崎宏治さんとなった。岡崎さんはワタシら自動車ジャーナリストの大先輩。きっとキチンと意見を通してくれるだろう。良い人選だと思います。ただ三菱の販売状況は依然厳しい。9月がどうなるか?

10月2日
日産の株価が高い。どうやら今期はゴーン社長の約束通り黒字決算になるとのこと。アナリストによれば現在600円少々の株価、800円くらいまで行きそうだという。大いに喜ばしいことながら、失ったものも少なくなかった。日産という企業の大きさが、ほぼ3分の2くらいになってしまったのだ。 すでに新聞などでもホンダを「日本で2番目の自動車メーカー」という表現をし始めている。気になるのが今後。シルフィは受注好調ながら、日産車の場合3ヶ月後の売れ行きを見ないと人気不人気は読めない。過去3年間、全ての新型車が3ヶ月売れたけれど、その後も好調なのはセレナとエルグランドだ け。パリサロンで発表されたエクストレイルもサイズが大きく、スタイルに不安要素あり。今後1年は売れ筋のミニバンやコンパクトカーなど出る予定なく、 さらに縮小均衡(小さい会社になれば少ない販売台数でも利益は出る)を狙っていくのか?


12月25日
三菱復調の気配か? やっと再建策が動き出している模様。第一弾がランエボ。どうやら様々なエレクトリカルデバイスが投入され、メチャクチャ速いというウワサ。割高だった価格もライバルであるインプレッサSTiバージョンに並ぶらしい。デトロイトショーにもSUVを出展する。来年中盤くらいから明るい状況になるかもしれない。三菱ファンは、もう少しの辛抱です。

(2001)

1月15日
三菱の存在感がここにきて急上昇している。というのもダイムラーに飲み込まれたクライスラー、全くの不調だからだ。アメリカで景気が悪く成 るや真っ先に販売台数を落とし、非常に厳しい状況。しかもダイムラーが援助しようとしても、クルマを安く作る技術を持っていない。今後、排気ガス規制 はドンドン進むも、これまた適当なコストで乗る切れる技術が無い。そればかりかダイムラークライスラー自体、経営責任に問われる株主訴訟を起こされ ており大騒ぎである。三菱ならクライスラーを救う技術的ノウハウを持つ。あまり知られていないことながら、前回クライスラーが苦境に立った時も三菱に救われたようなもの。その三菱、ここにきてトヨタに乗り換えるユーザーが続出しているそうな。トヨタのディーラーに聞いても「三菱車からの乗り換えが驚く ほど多いんですよ」。一度トヨタに乗り換えたユーザーを取り戻すのは容易でない。今年は三菱にとって正念場になりそう。頑張って欲しいと強く思う。

1月24日
先日発表されたダイムラークライスラーのクライスラー部門の赤字が大きい。(中略) しかしダイムラーとしてはクライスラーを立て直す技術を持っていない。先日も書いた通り三菱に対する期待値が日毎に大きくなっており、もしかするとクライスラー部門の乗用車は三菱の担当になる可能性出てきた、というウワサまで飛び始めた。三菱にとっては起死回生の大チャンスである。

2月5日
ランエボ7に筑波サーキットで試乗した! あまりの進化ぶりにビックリギョウテン! なんせ派手なシーン撮影のため10ラップくらい全コーナー流しまくったタイヤで(相当ダレてたと思う)、最後1ラップだけ軽く流すようなタイム計測にもかかわらず1分6秒45。(以下略)

3月2日
三菱が大幅なリストラを行う、というニュースはすでに御存知だと思う。日産にもあてはまることながら、リストラ以上に大きな問題は「魅力的なクルマを作る」ということ。リストラしなければならない事態になった問題点でもあるだけに、難しいテーマじゃなかろうか
。日産に関して言えば、とりあえず今年は売れ筋の商品が間に合わない。デビューしたばかりのプリメーラも、受注が一段落したらなかなか厳しいそうな。三菱も、すぐに魅力的なモデルを出すことはできないと考えるのが自然。日産も三菱も、クルマの原点を考えるといいかも。両社、技術は十分あるのだから。

3月10日
昼から東北新幹線と上越新幹線を乗り継いで越後湯沢へ。日産の人達とスキーの約束。しかし本来ならあるべき電話が無く、ドコで滑っているのかサッパリ解らない。どうなってるんだぁ〜?

5月20日
意外なことに日産の再建は大成功してる、と判断している経済ジャーナリストが多いようだ。TV見てたら「日本政府もゴーン日産を見習え」みたいなことを言っている。しかも驚いたことにフェアレディZが日産再建の目玉だと考えているらしい。日産は企業だから大幅なリストラも出来た。思い出し て欲しい。前の年に赤字部門を全て切り捨て過去最高の赤字を出し、さらに今年度は換金出来る資産や財産をことごとく売却するという強引な手法。結 果として日産という企業は『余裕』を一切無くしてしまう。贅肉を落とした、という言い方も出来るけれど、健全かつ素性の良い筋肉まで一緒に落としてし まったような気がしてならない。再建の目玉にするのはフェアレディZでなく、新しい技術を投入した次世代のクルマじゃなかろうか。現在の日産は大病の後の痩せた身体だと思う。カゼすら致命的になる可能性大。今まで以上に慎重な舵取りを望みます。


6月5日
終了後、再び大磯で行われているランサーセディアの試乗会に寄って対談。今日は 木全親分だけでなく増岡さん(パリダカでフランス人ドライバーにインチキされて2位になった)までおり、あれこれ三菱のハナシなど聞く。それにしても今日は蒸し暑い!


6月14日
三菱の人事異動があった。驚くのはダイムラークライスラーから送り込まれた執行役員の多さ。開発セクション以外は、ほとんどリーダーがダイムラークライスラー側になった感じ。ここまで露骨に侵略されてしまうと、三菱ファンでさえ引いてしまいそうになるんじゃなかろうか。そういった意味から すれば、日産の方がずっと独自性あります。ただ開発セクションに手を付けないあたりがダイムラークライスラーの巧妙さ。もし優秀な技術者が辞めてしまえば、三菱と提携した意味までなくなってしまうから。三菱の技術者って、トヨタや日産、ホンダに負けないくらいレベル高い。WRCのランサーだって三 菱で直接開発しているのだ。ただダイムラークライスラー飲み込まれてしまうのか、三菱らしさを再び前面に出してこれるかは今後の努力次第だと思う。

6月19日
朝御飯たっぷり食べてスカイラインの試乗会をやっている御殿場に移動。するとトンネル抜けた途端に雨と霧という最悪のコンディション。会場に行くと、ムカシのノンビリとした日産的試乗会でなく、輸入車メーカーのよう にキッチリした対応で少々驚く。駐車場の誘導係までしっかり居るのだ。御殿場側は雨なので河口湖方面まで行って撮影する。クルマは期待し過ぎたせいかガックリ。スカイラインらしくないのはいいと思うけれど、個性薄いのが残念です

9月4日
数日前、日産の広報から電話あり「プリメーラの悪口を書く以上、全部のモデルに乗らないとアカンでしょうぞ」というので、2リッター204馬力エンジン積む追加グレードの味見に行く。試乗してみたら果たして今までのプリメーラとハッキリ違う。カ ヤバのエンジニアを助手席に乗せ「うりゃ!」と気合いを入れたそうな。う〜ん! ここまで良くなれば、カヤバもいいです。リアのダンパーはモン ローを使っているとのこと。興味有る方はぜひともディーラーで試乗させてもらって欲しい。価格だって納得出来る。プリメーラ、日産にしちゃ珍しく熟成を重ねる方向とか。残るはフロントグリルですね。

10月19日
10時に出発し河口湖で行われているダイハツ・マックスの試乗会。終了後、近所で行われている三菱ekワゴンの試乗会へ。スタイルにクセ有りすぎるマックスと対照的で、なかなか好ましい。三菱にとって久々のヒットになりそう。このクルマ、雑誌で試乗記書く予定ないため日曜日に試乗記をお届けします。


10月30日
9時に家を出てステージアの試乗会が行われる軽井沢へ。(中略)久々に日産の実験担当の方々とあ〜だこ〜だ論戦カマし(珍しくテストドライバーのボスキャラである加藤氏が居た。試乗会にはめったにこないのに)、4時過ぎまで盛り上がる。

11月1日
日産がルノーの株を買って持ち合いとなるのは歓迎すべきことに思えるが、なぜ議決権の無い株なのだろうか? ルノーにとって日産はフラン ス政府に次ぐ大株主になる。普通なら取締役の一人くらい送り込めて当然なのに。お金出すが口は出せないワケ。一方、ルノーが買う日産の株は議決権 あるだけでなく、1株400円だという。本日の日産の株価は終値で540円。しかもルノーと日産で持株会社(ルノーと日産を傘下に入れる親会社みたいなもの)を作るが、日産の代表はルノーから派遣されたゴーン氏だという。これじゃ全部ルノーの思うままじゃないの! もはやボコボコといった感じ。植民地政策を思い出す。さらに日産の発行株数は増えるため、1株あたりの価値が下がってしまう。試算によれば11〜14%もの価値低下になってしまうという こと。株主にとっても悪いニュースである。どうしてみんな黙っているのか不思議でならない。日産の中にレジスタンスやろうっていう勢力はいないのか? いやレジスタンスはフランスが外部から侵略に対しやったこと。無血のフランス革命を強く希望する。ゴーン社長はリバイバルプランを『ルネッサンス』に例えた。その後にやってくるの、フランス革命です。それには魅力あるクルマが必要だ。日産の開発チームの方、売れるクルマをぜひ作って下さい! 応援します。


(2002)

2月17日
お台場で行われている『三菱チャンピオンズミーティング』に行く。(中略)とても良い 取材になりました。来年は皆さんぜひ見に行って下さい。太っ腹なことに入場無料! いろんなお店も出てるから1日楽しめると思う。来年はここでも告知します。

5月23日
続いて最近御無沙汰していた三菱に寄る。少しずつ明るさも見えてきたようだけれど、ここから頑張りドコロだと思う。

(筆者注:このあたりから暫く三菱・日産に対し風当たりが強くなる。対象は主に外国人に向けてである。)

5月24日
10時に家を出て日産の新しい広報部長主催の昼食会。驚くことにフランス人である! 広報というのはメーカーの顔。ワタシらユーザー側と、どうやって意思の疎通をするつもりなのだろうか? 通訳を通して? それともユーザー側に英語力を要求する? 商売をするバアイ、一般儀礼としてアメリカなら英語を。イタリアならイタリア語、中国なら中国語を少なくとも日常会話レベルでこなせるスタッフを配す。やむをえず英語しか出来ない社員を駐在させ、英語が出来る現地のスタッフを雇うのは、あまり戦略的に重要でないマーケットくらい。なのに日産にとって本拠地である日本の広報部長が英語とフランス語(イタリア語もイケるらしいが、この際関係ない)しか使えないと言う。ま、この業界は仕事の内容が重要。言葉など関係ないか? 日産のために頑張って下さい。


5月28日
驚いた! 日経新聞によれば、フォードジャパンの「お客さん」状態だった岩国氏が三菱の販売担当取締役になるという。フォードジャパンで岩国氏が抜群の業績を残したというなら理解できる人選なれど、そういったウワサも全く聞かない。ホンダ出身(アメリカホンダの営業力は素晴らしい)ということで海外での評価が高いのかもしれないが、岩国氏は国内の営業担当だった。言いたいこと、解りますよね。やっぱり外国人にゃ日本の事情は解らんだろうなぁ。

5月29日
昨日書いた岩国氏は三菱から正式な発表があり、販売担当の副社長に就任すると言う。年間販売台数6千台程度(三菱なら中規模の県単位の販売台数)の社長から、軽自動車まで含めれば40万台以上販売する三菱の副社長になるという猛烈な抜擢である。欧米なら珍しい人事でないかもし れないけれど、日本じゃ異例中の異例。こうなると社内のコンセンサスが取れるかどうか、最大の問題になると思う。ひらたく言えば「部下が言うことを聞 いてくれるかどうか」だ。外国人の采配なら多少メチャクチャでもガマンする国民性なれど、日本人となれば厳しい抵抗に合うこと必至。岩国氏のお手並み拝見といったところ。

6月11日
三菱の篠塚氏が会社を辞めるそうな。(中略)ただパリダカのイメージじゃクルマを売ることが出来なくなってきているのも現実。パジェロに頼り過ぎたのが三菱低迷の最大要因だと私は思っている。今回の件、お家騒動のニオイを感じてならない。

6月26日
秋に発売される(11月上旬か?)三菱期待の新型車、Zカーのネーミングが『コルト』に決まった。ダイムラーからやってきた新しい社長の意向 らしい。コルトに対するイメージは人によって違うと思うけれど、私自身は若干違和感ある。上手に説明できないが、古くさい上、語感も気になってしまう。 ま、50歳以上の方や、若い人達は懐かしかったり新鮮だったりするかもしれない。このあたり、外国から来た社長さんの決断が正しいのか正しくないのか、大いに興味有ります。いずれにしろ日本人の経営者なら使わない車名であることは間違いなかろう。今気付いたのだけれど、逆から読むとトルコ。 サッカーでやられたものの、対日感情が極めて良い国である。いつかカッパドキアの遺跡を見に行きたい。

10月25日
日産の累積赤字が急速に少なくなっている。計画通りに進めば来年3月で完全に無くなるそうな。ゴーン社長がやって来た時は3兆円近くあったのだからタイしたもの。自動車メーカーの体力って凄い! 激しく痩せてしまったけれど、これで病気は治ったということ。キチンと身体作りから始め、元気で強い日産に戻って欲しいと思う。ただ遅れてしまった分野も多い。特に燃費を良くする技術(軽量化や効率の良いエンジン、ハイブリッドシステムなど)は、真っ先に取り組まねばならないだろう。

11月11日
三菱はコルトに社運を賭けている。そりゃそうだ。コルトが売れなければ相当厳しい状況になってしまうのだから。エクロート社長もしっかり認 識しているらしく「発表会の日に1000台受注するまで帰らない!」と宣言した。日本人だってここまで気合い入れないと思う。というか、今まで見たことも 聞いたこともない。ダイムラークライスラーからやってきた社長なれど、その意気込みたるや大いに評価したいと思う。果たして目標は達成されたか? 夕 方三菱広報の中村氏に忙しいのを承知で電話してみると「3時時点で533台売れたよ。何とかなると思う! 1000台になったらすぐ連絡するから」という 返事。こうなると我が事のように心配してしまうのが悪いクセ。ハラハラしていると8時に電話あり「7時50分くらいに達成したよ!」とのこと。いやぁ良かっ た良かった! ただ勝負はこれから。頑張って欲しい。12〜13日はCOTYの選考会。

12月3日
お台場でコルトの試乗をしたのだが、やっぱり飛び抜けた部分を持たないものの良くできたクルマだと思う。その割に受注台数延び ないのが不安材料。以前「コルトの成功はホンダ出身の新しい副社長の手腕に掛かっている」と書いたけれど、今のところ上手く行ってないように見えます。しかもeKワゴンがコルトに喰われているという分析をするディーラーもあるそうな。ナニよりディーラーにお客さんが集まってこない のは心配。WRCの休止といいコルトの売れ行きといい、まだ三菱から明るいニュースは聞こえてこない。


12月4日
三菱がWRCを休止するという発表を行った。内容は「2004年から新しい体制で出場するため1年間休止する」というもの。漏れ伝わる情報によれば2004年はコルトをベースにしたWRカーで参戦すると言う。ラリー活動から撤退するワケじゃ無い、というのは嬉しいニュースだと思う。今やWRCは三菱にとって非常に重要なツールになっている。もしWRCから全面撤退ということになれば、コアなサポーターを失ってしまうだろう。ただ三菱の社長は「WRCよりパリダカが大切」と認識しているらしい。パリダカには新型車を投入するなど意気込みを見せる。この選択、正しかったろうか? 残念なのが ランサーエボリューションの今後。この手のクルマはWRCに出ていることに意義があるのであり、単なるスポーツモデルでは魅力薄い。そういえば三菱筋 から「ランサーエボリューションは8まで」という話、聞いていた。返す返すも残念だ。やがてセリカのように「昔はラリー車だった」となってしまうのか。ランエボはインプレッサと並び世界に誇れるスポーツカーなのに。こうなればランエボの分までインプレッサに頑張って欲しい!

(これは逆。ランエボはWRCに出るためのホモロゲを取るために作られた限定生産車)

(2003)

1月13日
<その1>アメリカ在住のエコノミストと日本政府の財政状況について意見交換した。御存知の通り今年度は国家予算の44%を借金に頼っ ている。このまま行くとどうなるか? というのがテーマ。破綻の始まりの現象として最も可能性高いのは、国債(国の借金)の買い手が居なくなることでは ないか、という結論になった。確かに破綻した国の通貨の『借金札』など何の価値もなかろう。国債が売れなくなれば魅力的な金利を付けなければならず、結果として凄いインフレに襲われるだろう。続いて発行済み国債を早めに換金しようという流れになる。こうなると金融はパニックだ。自分自身「ホント かね?」と思うけれど、冷静になって考えてみると明日起きてもおかしくない状況にあります。現在はチキンゲームやってるようなもの。定期預金をドルとユ ーロにしようと本気で考えている。皆さんも国の破綻を真剣に考えた方がいいと思う。明日から5日連続で詳しく解説します。
1月12日の日経新聞1面に 掲載されていた日産・塙会長のインタビュー、非常に興味深かった(無記名原稿だったけれど素晴らしいインタビュアーです)。ゴーン体制になる前の「日産」を「日本」に置き換えると、今の日本に必要なのはゴーンさんと塙会長だということが解る。ぜひ御一読を。

1月17日
8時に家を出て湯沢に向かう。(中略)10時半に湯沢到着。12時頃到着するという日産のスキー部隊を待ちながらワイン飲む。1時過ぎに合流し、本格的に飲み始め「そろそろ寝ましょう」となったの4時。ワタシはワイン1本空けてしまいました。

1月19日
朝8時起床。今日は加山キャプテンコーストへ行く。(中略)小岩井師匠や現役で競技をやってる日産広報の鈴木さんに教えてもらう。的確なアドバイスを貰い、今シーズンの課題が出来ました。さんざん滑った頃、ホンダのスキー部隊登場。

(かなり日産広報の鈴木氏と親密であることが分かる)

1月23日
昨シーズンまであれほど多かった三菱のジャンパーを着ていた人が全く居ない。モータースポーツから撤退するというのは寂しいものである。情報通に聞くと、10中8か9まで来期のカムバックは無いとか。新しいランサーエボリューション8もWRCあってこそ。単なるスポーティセダンになってしまえば魅力半減だ。エボ7が未だ売れ残っているそうだからいかがか?


2月26日
一体家に帰って仕事を済まし、夕方からカーセンサーのパーティ。何の意味もないパーティなのだが、大いに盛り上がる。明日、写真をアップします。
途中、日産の鈴木氏と抜けだし、かつてないほど厳しい修行に向かう。

筆者注:「何の意味もない」→「特に目的もない」 とした方が正確だと思われる)

(kunisawa.netより引用)
ゴーン氏及びエクロート氏に対し、(恐らく)「外国人社長だから」という理由で感情的に批判的な時期が存在したことがお分かりになるだろうか。(日産は2001年〜2002年中盤、三菱は2002年5〜6月頃)。

細かく見れば、日産に対しては2001年5月には「回復したと周りは言うがそんなの回復でも何でもない」と半ば意固地に日産(=ゴーン氏)批判をしているし、同11月ではゴーン氏を植民地支配者のように扱っている。
広報部長がフランス人になった時の日記などはあからさまな拒絶反応である。
だが、2002年10月(COTY選考中-最有力候補はZであった)以降、何故か突然手のひらを返したようにゴーン氏を褒め上げている。
2003年1月13日の内容など、2001年5月の意見とはまるで正反対であり、唖然とさせられる。意見が変わるのは構わないが、以前の意見の分析も何も無くいきなりこうもコロリと意見を変えられるとさすがに読者は戸惑う。

また、外国人の日産広報部長は思い切り批判しているが、同社広報で同じ趣味を持つ鈴木氏とは一緒にスキーをしたり酒を汲み交わしている。これでは、大半の読者に
「なんだ、これまでのように日本的な接待をしてもらいたいだけなんじゃないか」と疑われてもしかたがあるまい。

三菱については、2001年頃までは「応援する」と書きながら、2001年の役員交替でダイムラーから役員が来て以降、批判的になり、2002年の5〜6月頃にはそれがピークとなりエクロート氏を小馬鹿にしたような意見になっている。
コルト発表後は多少トーンが下がっているものの、やはり批判は続いている。矛先はやはりWRC参戦休止を決断した社長と外国人デザイナーのブーレイ氏である。


と、ここまで書いてはきたが、結局のところ国沢氏は外国人(が決めたこと)が嫌いなだけではないか、と仮定すれば、これらの批判も納得できてしまうのだが。

しかしそれにしても…である。三菱がリコール隠し事件で大変な時期には
  • 応援したいけど、外資が入ると活気がなくなる(2000年9月)
  • 三菱はダイムラークライスラーに露骨に侵略された。三菱ファンも引く(2001年6月)
  • 外国人(エクロート氏)には日本の事情など分からない(2002年6月)
  • 日本人は外国人(ゴーン氏?エクロート氏?)の采配なら多少は無茶でも聞く(同6月)
  • 古臭い名前を復活させるエクロート氏のセンスを疑う(同6月)
このように、次第に批判の度を強めていき、コルト発表(及び販促対策での評論家接待の再開?)の時点を境にして
  • エクロート社長は気合が入っている(2002年11月)
  • エクロート氏は車好きで意欲的だ(2003年2月)
とコロリと方向転換をしてしまった方が

良い意味での「持ちつ持たれつの関係」は見ていて気持ちいいものだと思う。
美味しいところだけ食べようとする人やメーカーよりずっと魅力的に見えます。


という意見を述べられても説得力は無いと思うのだが。

真剣に忠告するが、国沢氏は日々の(やっつけ)仕事を減らしてでももう少し自身を省みられた方がよいのではないか。このままでは読者はおろか周囲の信用を失うのも遠い日のことではなくなってしまいそうである。

もちろんこれも彼にとっては無用なアドバイスなのであろうが。



補足だが、パジェロでのパリダカ参戦はかなり古くから行われている。
PAJERO -KING OF DESERT から転載:

三菱パジェロ、パリダカ初挑戦
市販車無改造クラス優勝

三菱のパリ〜ダカールラリーへの初挑戦は1983年だった。

この前年の1982年に発売さ れた本格的4WDマシンのパジェロを投入した最初の挑戦において、三菱は早くもその 技術力の高さを証明した。1973年の東京モーターショウで参考出品されたパジェロは その9年後にようやく発売の時を迎えたが、その9年の開発期間はパジェロを発売当初から優秀な4WDマシンへと仕立て上げていた。そして 三菱はパジェロの優秀性を示す舞台として、すでに開催5回目を迎え、世界の広 く知るところとなっていたパリダカ を選んだのだった。パジェロの初挑戦は、改造 の許されない市販車無改造クラスでの エントリーだった。1983年パリ〜アルジェ 〜ダカールラリーは総走行距離約13,000km 、広大なサハラ砂漠は一般の市販 車と変わらない車両にとっては、非常に過酷なラリーだった。しかし、1960年代からサザンクロスラリー等への参戦で三菱とは深い関係にあるアンドリュー・コーワ ンが駆るパジェロは、無改造車ながら市販車改造クラスのマシンをリードする走 りを展開し、初出場にしてクラス優勝、総合でも11位に入る快挙を達成した。これで一躍パジェロの名は世界に知れわたることとなり、4WDブームの先鞭をつけるマシンとなった。
対するWRCであるが、A73ランサーのサファリ優勝は1974年。
これはほとんどJ.シンのプライベーター参戦に近いものであった。その後も散発的に出場はするが、これといった優秀な成績はない(期待のランサーターボもスタリオン4WDもコケた)。
そして本格的参戦を始めたのは1988年のギャランVR-4からとなる。
WRCで輝かしい成績をあげていくのは1994年のランサーエボリューションII以降である。

対するパジェロは、1984年にはもうかなりの成績を残すようになっていて、以後、毎年出場している。金食い虫でかつ短期では投資効果が望めないWRCよりも、優勝の可能性が高いパリダカ参戦のみに注力するすると経営陣が判断したのは、まことに理にかなっている。

三菱には失礼だが、2002年の惨憺たる成績を考えれば、もし2003年にWRCに出場していたとしても、昨年の二の舞あるいはなお酷い成績となり、かえってファンは離れていったであろう。


付け加えれば、有力メーカーの参戦中止(次期マシンのため)は意外に多い。スタリオン4WD以前からの三菱ファンならば、1〜2年の休止など屁とも思わないのではあるまいか。

それに、パジェロやディアマンテ、ディオンなどの三菱車ユーザーも多いはずで、そのような人たちはランサーがWRCに出場しようがしまいが関係ないはずだ。
国沢氏の言う三菱ファンとは一体どのような層なのであろうか。また、そのファンの人口とはどれだけいるのだろうか。
三菱自動車 今後のWRC活動の方針決定

04年からのWRC(世界ラリー選手権)年間総合優勝を目指し,03年WRC参戦一旦休止
2002年12月3日

三菱自動車は12月3日(火)今後のモータースポーツワークス活動についての方針決定を発表し,
2003年の世界ラリー選手権(WRC)参加を一旦休止し,再来年2004年の年間シリーズに総合優勝を目指し再参戦することとした。

三菱自動車は目下「ターンアラウンド」のもとに着実に業績回復をしているが,今回モータースポーツ活動においても,そ の現状資源のあらゆる検討を重ねた。併せて,モータースポーツパイオニアメーカーの伝統も踏まえ,
トップクラスのWRCチームとして2004年の復帰を狙うという判断に至ったものである。具体的には,日本側と活動の拠点になる欧州側 のモータースポーツ活動の体制・開発などの資源の再構築を実施する。尚,この再構築に向けては,今までのWRCの活 動の拠点であったRAE(ラリーアートヨーロッパ,在英国ラグビー)は引続き最大限に活用され, 03年行われる幾つかのラリーにはRAEとして出場を予定する。

三菱WRCチームは1974年のサファリラリーでの総合優勝をはじめとして,過去「1998年のFIAのマニュファクチャラーチャ ンピオン」,「ドライバーチャンピオン4回」などの輝かしい戦績を持つ

2002年12月3日 から転載

チーム三菱ラリーアート
WRCドライバーのフランソワ・デルクールを自由契約  2003年2月17日

三菱自動車と同社のモータースポーツ事業会社ラリーアートは、チーム三菱ラリーアートのWRC(世界ラリー選手権)ドライバー フランソワ・デルクールを自由契約としました。三菱自動車は2002年の年間シリーズ開始時に締結した契約の債務を履行しますが、これによりフランソワ・デルクールは今シーズンより自由な交渉が可能となります。

チーム三菱ラリーアートはフランソワ・デルクールと2002年より2年間の契約を結んでいましたが、昨年12月に2003年のWRC参加を一旦休止しすることを表明しており、今回の決定に至りました。

去る2月15日に東京、お台場で開催された三菱自動車チャンピオンズ・ミーティングにおいて、三菱自動車の取締役執行副社長ウルリッヒ・ヴァルキャは次のように語りました。

三菱自動車は2004年に世界ラリー選手権での復活に向け、全力で取り組んでいます。我々はモータースポーツの新体制を構築するため、優れた実績を誇るエキスパートを雇用しました。それがヨーロッパにおけるモータースポーツ活動の 責任者スヴェン・クアントであり、新しいチーム三菱ラリーアートのチーフエンジニアのマルコ・フォナリスです。そして、 我々は2004年シーズンの世界ラリー選手権にランサーエボリューションで復帰し、必ず勝利を掴みとります。

2003年2月17日から転載
さてこの日、国沢氏はチャンピオンズミーティングよりも目先の利益を優先したようだ。もし現場で取材をしていれば、ヴァルキャ氏の発表も聞けたはずだし、取材もできたかもしれないが…
2月15日

5日前まで今日の予定は「午前中はお台場に行って三菱のチャンピオンズミーティングと、RVショーを取材。午後から軽井沢に行って夕ご飯 までスキー。夜に原稿を1本」だった。しかぁし! 自動車ヒョウロンカの毎日って極めてフレキシブル。こう書くとカッコいいけど、その日暮らしなのである。 4日前に原稿たっぷり1日掛かる分を受注。この時点でスキーを断念。「駆け足でお台場行って原稿書き。夜は軽井沢で夕食から合流」に。しかし! 2日前に11時から2時間という対談の依頼入ると、
お台場も行けず。「朝原稿書きし、対談。さらに原稿書きし夜は軽井沢」。ところが対談は4時間の熱戦。 結局軽井沢の夕食は不可能になり(ウマかったそうな)、夜中到着になってしまう。ワタシはB型だからあまり気にならないけど、A型のヒトだと厳しい仕事 かもしれない。それにしてもチャンピオンズミーティング、行きたかったなぁ。

(kunisawa.netより引用)
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